第14話
ロヴィーサさんの墓標の前で佇む僕らの間に言葉はなかった。伏し目がちに墓標を見つめるルイーゼは何を思っているのだろう?しばらく続いた沈黙を破り口を開いたのはルイーゼだった。
「ねえ、サロス。私の騎士になって」
突然の彼女の提案に僕は直ぐに返答できなかった。大切な友達に必要とされるのは嬉しい。でも、僕なんかが聖女の騎士になんてなれるんだろうかという不安が口を噤ませる。
ロヴィーサさんの騎士さんから受け継いだ知識や技術はあっても僕はまともに剣なんて振ったこともない。
『僕なんかに騎士が務まるのかな……』
不安が言葉になって溢れるとルイーゼは僕の手を両手で包み決意のこもった眼差しで僕の目を見つめ
「君じゃなきゃ、サロスじゃなきゃダメなの」
とはっきりと告げた。これだけ必要とされているのに弱虫な僕ははいと言えず、
『僕、剣なんて全然扱えないよ』
「知ってる」
『じゃあ、なんでまともに剣も扱えない僕なんか騎士に選ぶの?』
村での戦いを見れば分かるよね、僕が剣士じゃないのなんて。伏し目がちに尋ねる僕にルイーゼは淀みなく理由を語ってくれた。
「技術は練習すれば身につくけど、その人の本質は生まれ持ってもの。貴方の持っている純粋な優しさ、自分を犠牲にしても他者を守ろうとする勇敢さは誰でも持っているものじゃないわ。サロス、貴方は生まれ持って騎士としての素質を持っているの。そんな貴方だから私の騎士になって欲しい」
ルイーゼの熱い眼差しに僕はどう答えれば良いんだろう。
騎士になって彼女の期待に応えられ無いかもしれない、練習しても才能がないかもしれない、無いと思っていた未来が不安になって心にのしかかってくる。
「大丈夫、サロスならきっと大丈夫だよ。あんなに怖い相手を前にしても君は逃げなかった。君なら出来る」
ルイーゼがここまで言ってくれているなら出来る気がしてきた。でも、どうしてもあと一歩が踏み出せない。
なかなかはいと答えない僕にしびれを切らしたルイーゼは言葉を飾ることを止め、耳を真っ赤にしながらボソリと呟いた。
「す、す……好きな人に守って欲しいじゃない」
好きな人って僕?えぇ?えぇ?
なんだか僕の頬も熱を持っている気がする。
未来には不安しか無いけど、僕を好きだと言ってくれたことに応えたい。覚悟は決まった。
『僕、ルイーゼの騎士になるよ』
僕の返事がよっぽど嬉しかったのか、ルイーゼは目に涙を貯めながら僕に抱きつき首に手を回した。
「これからもよろしくね。サロス」
そう言うとルイーゼは首に回していた腕を解き僕の手を握ると「さあ、行きましょう」と行先も告げず駆け出した。
ルイーゼに連れて行かれた先は騎士たちの修練場で、そこには黒髪の壮年の騎士と赤髪の中年の騎士が待ち構えていた。
僕らの姿を見て先に声をかけたのは壮年の騎士だった。
「やっときたかルイーゼと聖鎧殿。聖鎧殿、礼を言うのが遅くなってすまない。
深々と下げられた頭になんと返して良いのかオロオロする僕を横目にルイーゼは満面の笑みを浮かべている。
『僕が出来ることをやったまでで、結果助かって良かったです』
そう、彼の部下が助かったのは結果であって、僕がそうしようとしてなったことじゃない。だから、僕に礼を言うのは違う。
「君という存在が、あの日、あの場所にいてくれたお陰で生き延びられた。ありがとう」
こちらも頭を下げる赤髪の騎士。この人には見覚えがある。あの日ルイーゼの頭を撫でていた人だ。
『ルイーゼが大事に思っている人達が無事で良かったです』
僕が笑うと騎士たちとルイーゼも笑った。
「あの日の礼と言っては何だが君の稽古を私につけさせてもらえないか?」
えぇ?現役聖騎士から教えを請えるなんてそんな贅沢なことを僕に?驚いてあたふたする僕に壮年の騎士がいたずらっぽい笑みを向ける。
「うちの副団長の稽古は厳しいぞ。まあ、付いてこれたら一流の騎士になれるのは保証する。頑張るんだな聖鎧殿」
そう言うと黒髪の騎士は手を振り去っていき、残された僕と赤髪の騎士とルイーゼは今後のことを話すことになった。
眠る必要のない僕は寝る間も惜しんでと言わんばかりの計画が提案され、午前中は世間知らずな僕にルイーゼが一般教養を教え、午後は赤髪の騎士と剣術の稽古、その後は一日の復習。そんな一日を半年間続け、やっと赤髪の騎士から一勝をもぎ取り、騎士としての実力を認められることになった。
「半年でよくぞここまで成長しましたな」
負けたのに清々しい笑顔を僕に向ける赤髪の騎士に姿勢を正し深く一礼する。
『今日までご指導ありがとうございました』
下げた頭に「聖女様のこと頼んだぞ」と親の情にも似た重さの言葉が託された。
『はい。この身に代えてもお守りします』
赤髪の騎士の紺色の瞳に誓いを立て、踵を返すと騎士は目を細め修練場を後にする僕の背中を見送った。
聖堂の前にはすでに旅支度を整えたルイーゼが僕が来るのを待っていた。
『待たせてごめん』
謝る僕に「うぅん、私も今ついたところ」と微笑むルイーゼ。
「では、行きましょうか、我が騎士」
『仰せのままに、我が聖女様』
恭しく跪き差し出された手を取り甲に口づけを添えた。
「ねえ、約束覚えてる?」
彼女と交わした約束は一つだけ。
『君の泣き顔は僕が隠すから』
「君が逃げ出しそうになったら後ろでしっかり見張ってるから」
笑いながら立ち上がる僕を微笑みながら見つめるルイーゼ。
「行くわよサロス」
『目的地は?』
問う僕ににかっと聖女らしからぬ元気な年相応の笑みで答えるルイーゼ。
「勿論、助けを求めている人がいるところならどこでもよ」
『君が行くところならどこでも付いていくよ』
こうして僕らは歩みを進めていった。たとえどんな場所だって二人でなら行けるから。
これは後の世に語られた最も勇敢な聖女とその聖女に付き従う一体の純白の鎧の騎士の出会いと旅立ちの物語。
泣き虫聖女ちゃんと弱虫鎧くん 犬井たつみ @inuitatumi
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