第13話

 ルイーゼに連れられた先は炎のように赤く咲き誇る薔薇の生け垣で囲まれた庭園だった。生け垣の一部が開かれているのは入口だろう。迷わずルイーゼは入口を潜ると白い石を切り出した墓石が並ぶ墓地が広がっていた。

 ルイーゼの家族の墓だろうか?

 尋ねると違うと返ってきた。それじゃあ誰の墓なんだろう?

 悩んでいると墓石の一つが淡く輝き僕を呼んでいるような気がした。ルイーゼの足もこの墓石へと向かっている。どうやらあの墓の主にルイーゼは僕を合わせたいみたいだ。

 墓石の前に到着するとルイーゼは恭しく墓石に一礼し、微笑み声をかける。


「ご機嫌いかがでしょうかロヴィーサ様。貴女に合わせたい人を連れてまいりました」


 ルイーゼの声に反応してか墓石がいっそう輝きを増すと神官服に身を包んだ、腰まである長い髪を緩やかにうねらせた半透明の美女がすぅっと墓石から現れた。


『うわぁぁぁ』


 !?何?幽霊ゴースト

 僕自身も元は不死者アンデッド。幽霊と同族なのだけど思わず悲鳴を上げその場にへたりこんでしまった。

 そんな僕の姿を見て半透明の美女、ロヴィーサさんはクスクスと楽しそうに笑っている。


【あらあら、幽霊に驚く不死者なんて珍しいわね】


 ロヴィーサさんの声からは嘲りはなく純粋に面白がっている。

 突然へたり込んだ僕をルイーゼは不思議そうに見つめていた。


「どうしたのサロス?なにか見えるの?」


 僕の視線の先にルイーゼも視線を移すが何も見えない様子。ロヴィーサさんは僕にしか見えない?試しに、ロヴィーサさんに心の中でルイーゼにも見れるようになりませんかと頼むと同時にルイーゼが驚きの声を上げた。


「ロ、ロヴィーサ様!お初にお目にかかります。現在、火の聖女を努めさせていただいてるルイーゼと申します」


 慌てて名乗り頭を下げるルイーゼにロヴィーサさんは柔らかな笑みを向け


「火の聖女、ルイーゼ。貴女の活躍はここからでも拝見しています。よく努めていること感謝します」


 ガチガチに緊張し縮こまっていたルイーゼもロヴィーサさんの優しい声色でねぎらいの言葉をもらい少しだけ緊張が溶け「ありがとうございます」とはにかんだ笑みを浮かべた。


 ロヴィーサさんの視線が僕に移る。

 これは僕も名乗らないと。立ち上がり姿勢をただしロヴィーサさんに一礼し僕は名乗りをあげた。


うごく鎧リビングアーマーのサロスと言います。ルイーゼの友達です』


 僕の答えにロヴィーサさんは小さな声で「えっ?恋人じゃなくて友達なの?」と零し、ルイーゼの方に視線を向けると恥ずかしそうにうつむくルイーゼの姿があった。


「まだ、時間は一杯あるわ。頑張ってね」


「はい」


 いたずらっぽく笑うロヴィーサさんにルイーゼははにかんだ笑みを返した。ロヴィーサさんの視線がルイーゼから僕に戻ると真面目な口調で僕の名を呼んだ。


「サロスくん」


『何でしょう?』


 応えるとロヴィーサさんは僕の胸に手を当てると本当に嬉しそうに微笑み僕に礼を述べた。


「ありがとう。彼を連れてきてくれて」


 言い終えると僕の胸からにゅーと精悍な顔つきの半透明な男性が浮かび上がってきた。


『うわぁぁぁぁぁぁ。何か出てきた!』


 またしても僕は盛大に尻餅をつく羽目になった。


「もお、人の旦那様に向かってそんなに驚くなんて失礼よ」


 少しばかりご立腹なのか眉根を寄せるロヴィーサさんを現れた男性がたしなめる。


「ロヴィーサ、彼は怖がりなんだよ。私の方こそ驚かせて済まなかったね」


 男性は穏やかな口調で僕に謝罪してくれた。


『いえ、僕の方こそ悲鳴をあげてすいませんでした』


 下げた僕の頭を完全に僕から分離した男性に優しく撫でられたような気がした。


「君が生まれてくれたからこうして私は彼女と再会できた。君がルイーゼくんと出会ってくれなければ私は未だにあの場に縛られていただろう。本当に生まれてきてくれてありがとう」


 創造主に早々に役立たずと見限られて捨てられた僕なのに……。僕が生まれて良かったと言ってくれる人がいる。

 胸の奥が暖かくなり気づけば僕は泣いていた。涙の流せない僕は声を上げて泣き、そんな僕をルイーゼ、ロヴィーサさん、男性は僕が泣き止むまで優しく包んでくれた。


 僕が泣き止んだのを見計らって少しだけ寂しげな表情でロヴィーサさんが口を開いた。


「そろそろ、約束を果たしたから私達は逝くわ」


 満足気に微笑むロヴィーサさんにルイーゼが問う。


「約束って何ですか?」


「彼が戻ってくるまで待つって」


 男性の手を握るロヴィーサさんの姿が約束が果たされた事を如実に現している。


「それじゃあ、私達は逝くわね。これからを頼んだわ、現在の聖女様と騎士様」


「世話になったね」


 微笑むロヴィーサさんと男性の姿がどんどん輪郭を失っていく。完全に消えてしまうという直前で男性が何かを思い出したように声を上げた。


「そうだった。サロスくん。これからも彼女と一緒にいるなら君にも力が必要だ。私の技術を君に授けよう。今のままで満足せず精進してくれることを祈るよ」


 男性の手から小さな種火がふわっと浮かび僕の胸の中に消えていった。あぁ、あの時燃えた種火は彼のものだったんだ。


『ありがとうございます。これからも精進していきます』


 僕の返事に満足したのか頷くと、男性とロヴィーサさんの姿は完全に消えた。

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