第12話

 何も見えない何も聞こえない、闇の中をゆっくりと沈んでいく感覚だけがある。

 僕という存在が少しずつ闇に溶けて薄れていく。

 僕は……

 完全に闇に溶け切りそうになった時、一点の光が現れ僕の手を握り闇から引き上げた。

 徐々に光量を増していく光とともに


「逝かないで。帰ってきて。わたし貴方と一緒に生きたいの」


 と言う少女の声が聞こえると同時に世界に音が溢れ出した。


 内容は聞き取れないがざわざわと人の話し声に少しずつ意識が覚醒していき、目を開くと僕の周りには白い貫頭衣を着た老若男女がキラキラと輝いた瞳で熱い視線を僕に向けている。

 何?どういうこと?僕何かしたの?

 一定の距離を保ちながら僕を見つめる貫頭衣の人々の口から発せられる単語に「せいがい様」というのは聞き取れた。

 せいがい様?

 困惑して目を瞬かせる僕をよそに喜ぶ人々。

 一体何が何やら。

 辺りを見回すと木製の長椅子が左右に規則正しく並び、その中央には赤い絨毯の敷かれた通路が僕の方に向かって伸びている。首を後ろに向けると、等身大の白い大理石で掘られた女神像が美しい装飾の施された台座の上で柔らかな笑みを浮かべて人々を見つめていた。

 あぁ、あの白い貫頭衣の人達は女神の神殿に礼拝に来た信徒たちか。

 ここが神殿だとしてどうして僕はここにいるんだろう?……そもそも僕は何者?

 自身の身体を見てみると見える範囲には純白に輝く傷一つ無い新品のような全身鎧。聖なる鎧だから聖鎧なのかな?

 信徒達の騒ぎに神官服を纏った女性が何事かと慌てて神官達の控室の扉を開き、僕を見た途端


「聖女様にお伝えしないと」


 と叫ぶとまた控室の方へと戻っていく。暫くして女性神官が戻ってきた時には後ろに流れるような銀髪を腰まで伸ばし、深海のような紺色の瞳の女神と見紛うほど美しい十代後半の少女が息を切らせながら現れた。


 銀髪の少女は僕を見ると全力で駆け出し、僕の胸に飛び込み「サロス!」と叫んだ。


 サロス?……サロス……サロス!……そうだ、僕はサロス。ルイーゼが僕につけてくれた名前。なんで忘れていたんだろう。名前を思い出すと同時に今まであったことも全て思い出した。

 ということは今、僕の胸の中で豪快に涙を流し、ちょっと人前には見せられない顔になってている大人びた少女はルイーゼ?


『ルイーゼなの?』


 僕の問いに少女は大きく頷き返した。


「そうだよ。私、ルイーゼだよ。ずっと君が起きるのを待ってたんだよ」


 ルイーゼの言葉にだいぶ待たせてしまったんだなと申し訳無さが湧き上がる。最後に見たルイーゼはまだ十代前半の少女だったのに今は後半に近い。何年待たせてしまったんだろう。


『待たせちゃってごめん』


 僕が謝るとルイーゼはふるふると首を横に振る。


「凄く無理させちゃったんだもの、むしろ謝るのは私の方。ごめんね、それから皆を助けてくれてありがとう」


 礼と謝罪が終わると彼女は僕に「おはよう、サロス」と飛び切りの笑顔を向けた。


『おはよう、ルイーゼ』


 僕も笑い返すと、僕とルイーゼを囲っていた信徒達が一斉に歓声を上げる。


「聖女様、せいがい様、再会おめでとうございます」


 歓声と拍手に包まれる中、僕は先程からずっと気になっていた事をルイーゼに尋ねた。


『さっきから、僕の事「せいがい様」ってみんな言うんだけどどういう事?』


「あぁ、それはね。君が数代前の火の聖女様に仕えていた聖騎士の鎧だからよ」


 ????ルイーゼの説明を聞いても訳が分からない。錆だらけの鎧が実は聖女付きの聖騎士の鎧だった?だから不死者アンデッドなのに聖炎に焼かれても灰にならなかった?

 そういう事なのかな?

 いまいち納得がいかず首を傾げる僕にルイーゼが笑いかける。


「細かいことは良いじゃない。今は生きていることを喜びましょう」


 生きていることを喜ぶ。そう、生きて……生きて?あれ、僕は死霊使いに生み出された不死者。基本、死霊使いに生み出された不死者は術者が消滅すると一緒に消滅するはず。主は僕と一緒に燃えて消滅した。じゃあ、なんで僕はこうして存在しているの?


『ねぇ、ルイーゼ。どうして僕、動いてられるの?』


 なんだか答えを聞くのが怖い。でも、知りたいとも思ってしまう。

 よくぞ聞いてくれたとルイーゼが自慢げに豊かに成長した胸をはり答えた。


「今のサロスは私の神聖力で動いています」


『そ、そうなんだ……』


 思わず、乾いた笑いが浮かぶ。

 神聖力。死霊使いの魔力と対をなすもの。魔力が空っぽになったからって神聖力を注ぐなんて、トドメを指しに来てるのでは?……よく無事だったな僕。それもこの身体、聖騎士の鎧のお陰だったのかな。

 不死者は神聖力では動かない。神聖力で動いている僕は何者なんだろう?

 僕が何者なのかと悩んでいるのを察したルイーゼがそっと僕の頬を撫でた。


「何者であろうとサロスはサロスだよ。しいて言うならば聖なるものに宿ったモノってことで聖物かな?これが答えじゃダメかな?」


『うぅん、そうだね。僕は僕だね』


 何者であろうとルイーゼが僕をサロスと呼んでくれるなら関係ない。

 僕が笑うとルイーゼも微笑み返し僕の手を握る。


「君が目覚めたら一緒に行こうと思っていた所があるの、付いてきて」


 そう言うとルイーゼは銀の髪を大きく揺らしながら僕の手を引いて正面の扉に向かって駆け出していた。

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