第11話
『お前は出来損ないの上に裏切り、あまつさえ敵まで助けるとは何事だ』
怒気をはらんだ一度聞いたら耳から離れないような粘着質な声が僕に投げつけられた。この声を僕は知っている。この声は僕を生み出した
顔をあげるとボロボロになった豪華な刺繍の施された赤いローブを身にまとい、くすんだ金色の環をつけた漆黒の骸骨が血よりも赤く輝く双眸で僕を睨みつけていた。
腹の底から湧き上がる震えが止まらない。
怖い
怖い
怖い
殺される
死にたくない
死にたくない?
どうせもう主から与えられた魔力も残り少ない。魔力が無くなれば僕はただの鎧に戻るし、それに主が倒されれば造物である
……そっか、僕はルイーゼと一緒に生きたいんだ。
自分の気持に気づいても伏せたまま起き上がれない僕のもとに滑るように主は移動してくる。主の漆黒のつま先が容赦なく僕の腹めがけて叩き込まれた。小石を蹴り上げるような軽さで僕の身体は宙を舞い、ルイーゼの眼の前に落下しガシャーンとけたたましい音をたてた。
「鎧くん!あぁ……酷い」
僕を気遣って声を掛けたルイーゼの目に涙が溢れる。いつの間にか左側の視界が欠けていた。落ちた時に打ち付けて
『先ずは目障りな聖女から処分するか』
そう言うと主がルイーゼに迫ってくる。ルイーゼに伸ばされた主の漆黒の腕を僕は咄嗟に左手で掴んでいた。
『一度までもならず二度も邪魔をするのか。ならばお前から処分してやろう』
ルイーゼに迫っていた主の骨の左手が僕の首に伸び掴むと軽々と僕の身体を吊り上げた。
『楽に
暗い嗤いを浮かべた主の手から赤黒い炎が溢れ僕の首に燃え移り、炎は瞬く間に僕の全身を覆うと身体の内側から無数の短剣が突き破ってくるような激痛が脈打つように襲ってきた。
たまらず悲鳴を上げる僕に冷笑を浮かべ
『裏切り者には妥当な末路だ』
苦しむ僕の姿を主はルイーゼに見せびらかすように掲げてみせた。
「もう止めて。わたしはどうなっても良いから」
懇願するルイーゼに主は嗤って返す。
『小娘、命乞いなど無駄な事。ただ順番が変わるだけ。先にお前が死んでこいつも消滅するだけだ』
愕然とするルイーゼに主は僕を高く持ち上げ彼女の眼前で揺らし、僕を覆っていた炎の勢いを更に強めた。今まで以上の激痛が僕を襲いこらえきれず呻き声が漏れる。
『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』
だんだん意識が遠のいてきた。このまま僕は死ぬのかな……。僕が死んだら主は次はルイーゼを手に掛けようとするのは明白だ。
僕にはもう未来なんて無いけど、ルイーゼにはまだ未来がある。そんな未来を奪わせはしない。
『……ルイー……ゼ』
かろうじて動く右手を剣の柄に這わせ握り、途切れ掠れた声で彼女の名を呼ぶ。一瞬、僕らの目が合った。
僕の意図はしっかりルイーゼに伝わっている。
歌うようにルイーゼは祝福の言葉を紡ぎ始めた。
『悪あがきを』
主がルイーゼに向かって僕の首で掴んでいない右手を向けると同時に僕は剣を引き抜き掲げると純白の炎が刀身に灯る。間髪入れずに炎の灯った剣を主の背中から胸に向かって突き刺すと、ガキンと硬いものが削れる音と共に純白の聖炎が主の胸骨に燃え移った。
白い炎は静かに主と赤黒い炎に包まれた僕らを労るように優しく包む。
『お前も聖炎に焼かれれば消滅するんだぞ』
初めて聞いた主の焦り声。主に殺されて終わるくらいなら一緒に焼かれてルイーゼの役目が終わるならそのほうがずっと良い。
『貴方が倒れて、友達が助かるならそれでいい』
僕の答えは主の想定外だったのか、赤い目が激しく瞬いた。
『おぉ、何ということだ。
白い炎に焼かれた僕の身体は剣の時と同じようにポロポロと錆が落ちていく。
『何故お前のようなものがあの場にいたのだ……』
錆の落ちきった僕の姿を見て主は恨めしそうな声を上げながら灰となり崩れていった。
支えるものの無くなった僕の身体は地面に叩きつけられガシャンとけたたましい音を立て、落ちたはずみで視界がグルグル回った。
視界の先に兜がはずれ、バラバラに解体された鎧が見える。あれ?僕の身体なんであんな事に?
「サロス、しっかりしてサロス」
ルイーゼの半泣きの声がやけに遠い。視線を声の方に向けたけれどもう何も見えなかった。
『お勤めお疲れ様、ルイーゼ』
労いの言葉をかけるとふわっと頭が持ち上がり、抱かれている感じがした。
「うん、終わったよ。だから一緒に帰ろうサロス」
耳の近くでルイーゼの声がする。さっきから聞くサロスって僕のこと?
『サロスって僕の名前?』
「そうだよ。勇敢なって意味だよ」
『弱虫な僕には過ぎた名前だよ』
僕が否定すると強めにルイーゼに否定された。
「うぅん、君は勇敢だよ。弱虫なんかじゃない」
『そっか。……素敵な名前をありがとう』
サロス、サロスか。名前もない量産品の一つの僕に名前をくれてありがとう。僕という存在を認めてくれてありがとう。
もう意識を保っていられない。
さよならだねルイーゼ。
でも口に出したら半泣きのルイーゼが号泣してしまう。
だから僕は最期に嘘をついた。
『……少し休んだらきっと…元気になる…から……』
言い終えると同時に僕の意識は闇の中に静かに沈んで行く中、以前にも誰かにサロスと呼ばれていたような気がした。
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