第10話
ルイーゼが走るよりも彼女を抱えて僕が走ったほうが断然に早い。だから僕が抱いて走っているのだが、村を出てからずっと僕の腕の中でシクシクとルイーゼのすすり泣きが止まない。
『引き返そうか?』
と問うと彼女は小さく首を横に振るだけ。何度かそんな問答を繰り返しているうちに僕とルイーゼが出会った場所に差し掛かった。最終確認の意味で何度も聞いた問いをルイーゼに投げる。
『今ならまだ引き返せるよ』
また同じようにルイーゼは小さく首を横に振る。
『もう、戻れないよ。それでも良い?』
僕の言葉にルイーゼはしっかりと首を縦に振り、小さく震える声で答えた。
「神官のおじさんも聖騎士のお兄さんもみんなわたしに優しかったの。だから死んでほしくない。怖いけど……みんなが死んじゃうのはもっと嫌。お願い、鎧くん。泣き虫で一人じゃ行けないわたしをみんなの所に連れて行って」
『……分かった』
答える僕の手もわずかに震えている。正直、あの場所に戻るのは僕も怖い。でも、友達が勇気を出してそこに向かうというのなら僕も手伝いたい。
どの道、何をしようと僕の未来は変わらない。それなら少しでも僕が大切だと思える人の役に立ちたかった。
『行こう、皆のもとに』
前日に書いて残されたままの書き置きを一瞥し僕は血の海に向かって足を進めた。
もう少しで森を抜けルイーゼの仲間の下に着くという所で突然僕の両足の力が抜けカクンと両膝を付いて倒れた。その勢いで抱いていたルイーゼが宙に舞うも慌てて伸ばした両腕で受け止める。
「大丈夫、鎧くん」
驚きでまだ目が大きく開いているものの僕に心配の言葉をかけるルイーゼ。
『驚かせてごめん。小石かなんかに躓いたみたい』
「もう、鎧くんたらそそっかしいんだから」
咄嗟についた僕の嘘を信じて小さくルイーゼが笑う。立ち上がろうとして愕然とした。左足の膝下の感覚が無くなっている。
もう時間はあまり残ってないのかもしれない。
なんとか立ち上がった僕に「みんなはこっちにいるはず」と言うとルイーゼは僕の手を引き先導していった。
彼女の向かった先には確かにルイーゼと同じ神官服を身にまとった老年から青年の男女と精悍な顔つきの純白の鎧に身を包んだ騎士たちが傷だらけになりながらも
その中で一人だけ神官帽を被った老年の男性にルイーゼが声を掛けた。
「神官長様、遅くなりました。火の聖女、ルイーゼ到着しました」
「おぉ。ルイーゼよく来てくれた」
駆け寄るルイーゼを神官長は包み込むように抱きしめる。
「到着早々悪いが火の加護を皆に授けてはくれないか」
神官長の頼みにルイーゼは力強く頷くと凛と響く声で周りの騎士たちに向かって叫んだ。
「騎士の皆さん、剣を掲げてください。清めの炎を灯します」
ルイーゼの言葉に反応した騎士たちは一斉に剣を掲げると、歌うような祈りの言葉が紡がれると共に刀身に白い炎が灯り、炎を宿した剣の一振りで数体の不死者が灰になって消えていく。あっという間に視界を埋め尽くさんばかりにいた不死者は綺麗に灰となり更地となった。
「よく来てくれた、ルイーゼ」
一人の中年騎士がルイーゼの頭を撫でると彼女は嬉しそうに「無事で良かったです」と微笑み返した。一安心した多くの神官や騎士が彼女を囲み感謝の言葉を伝える。
こんな僕でも役に立てて良かった。
少し離れた所で微笑ましい再会を眺めていると、ぞわりと背筋を悪寒が襲った。嫌な予感しかしない。根拠はない。それでも僕は叫んでいた。
『みんな伏せて!』
驚きながらも皆一斉に伏せた次の瞬間。さっきまで人が立っていた高さの所を黒紫の球体が豪球の速さで通り過ぎ、後方にあった木々を豪快に粉砕して消滅した。
立っていたら確実に上半身を持っていかれていた。
その場にいた僕を除いた全員の額から冷たい汗が流れていた。
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