最終話 関係素描

 一つの答えを出すと、そこでそれまでの全てが終わってしまうということは無いけど。

 何となく、それでも一つの区切りになってしまうと思う。

 海外ドラマはまだまだシーズンが続くというのに、大抵続きを見なくなるのは、どこかシーズンが切り替わるタイミングだろう。

 終わりじゃ無いけど、区切りというのは、現在から過去へと認識を変える力があると思う。

 友人関係はまだまだ続く可能性は多大にあるのに卒業式を境に連絡を取らなかったり、章が変わるキリの良い所で一度小説を閉じたり。

 そういう事象にも似ている。

 好意というのは、一種の持続的エネルギーであって、それ自体浮沈する存在だ。


 ただ一つ言えることは、志乃さんがまだ私のことを歳下の仲の良い友人でしか無く、未だに私の男装した姿を一つの理想の恋愛対象像として捉えているとしても。

 彼女と気兼ねなく過ごせる関係性にあるということは、無常の優越感に浸れるということだ。


「ねぇ」

 と、志乃さんがゴソゴソと自分の出勤用カバンを漁りながら声を掛けたのは、三月のとある昼下がり。

 来年から四年生になる私は、周囲が就職活動の焦燥感に駆られるまま慌ただしく動き出し、その余韻につられて何となく私も就活を始めた時期だった。

 私達はいつものように——これを、いつものようと言えること自体、私にとっては特別ではあるのだが——志乃さんの部屋で何をするでも無くぼーっと過ごしていた。

 思い出したように志乃さんが鞄から取り出したのは一つの小さな箱だった。

「はい、これ」

「何です?これ」

「未来ももう四年でしょ?しかも、就活も始めたし。これ、必要かなって」

 と、渡された箱を開けてみるとそこには革製の名刺入れが入っていた。

「いいんですか?」

「いいのいいの。私、これまで部活とかやってこなかったからさ、後輩に何かしてあげるって結構嬉しいんだよね。だから、受け取ってよ」

「ありがとうございます、これ使わせてもらいます」

 恋をした相手から貰うプレゼントにしては、少し実用的過ぎて、無骨すぎるかもしれない。

 けれど、私にとっては今すぐ小躍りしたいほどに嬉しいものであった。

「そういえば、風間さんの結婚式どうでした?」

「あー……、何だろうね。旦那さんは良い人そうだったし、ちーちゃんも幸せそうだったよ」

 含みのある言い方に、私は貰った名刺入れを箱に入れ直しながら彼女を見た。

「あ、その顔」

 と、私は志乃さんの持つ子供っぽい部分に気付いて少し意地悪してやろうと少し笑う。

「友達が取られたみたいで、嫉妬しました?」

 そして、私は彼女の見た目とそぐわない、そういう子供っぽい部分が好きだったりする。

「違うってば!ただ、あんなに幸せそうなちーちゃんを見てさ、思ったの。やっぱり何だかんだいっても、人生で一番幸せな瞬間って、結婚なのかなって」

「……そうかも知れませんね。でも、こういうじゃないですか、ゴールした瞬間より、ゴールまでの過程が大切って」

「……未来は良いこと言うねぇ」

 単純な慰めだと思ったのか、志乃さんは薄く笑ってから大きく伸びをした。

「恋人になるまでが楽しかったり、恋人になってからは結婚までが楽しかったり、子供が成人するよりそれまでが楽しかったり、そう言うことですよ」

「あーそれはあるかもしれないなぁ。乙女ゲームでも、対象を攻略した後よりそれまでの方がシナリオ面白かったりするからねぇ」

「例え話が志乃さんらしいですね。まぁ、そういうことです」

 私はそう言うと、立ち上がって眠そうに目を擦る志乃さんの肩を揺する。

「今日、鍋するんですよね?そろそろ、買い物に行きませんか」

「あ、そうだね。よし、じゃあ行こうか」

 志乃さんはそう言いながら大きな欠伸を噛み締める。


 一つの区切りをつけるのは、それまでに飽きてしまってからでも遅くは無いだろう。

 私はそうやって言い訳する。

 志乃さんが私の気持ちに気づかないこの時間も、私は好き。

 城ヶ崎未来という架空のホストは、実は私だと言うことを明かす日を想像するのも楽しい。

 つまりは、こうしてなんて事ない日々を彼女と過ごすのは何よりも幸せだと感じる。

 つまりは、まだまだこの関係を続けることへの否定材料は無いわけだ。


「未来、行くよ?」

 彼女は扉の前で私を呼んだ。

 慌てて私も彼女の元へと走り寄る。

「あ、そういえばさ、この間人を好きになるには、軽い理由でもいいって言ってたじゃん」

「あーなんか、そんな話もしましたねぇ」

 鍵を閉めながら、志乃さんはふとそんな事を言う。

「それってさ、こうやって一緒に休日をダラダラ過ごしたり、約束が無くても何となく一緒に居るのご心地良いっていう理由も、該当するのかな」

 志乃さんの言葉に、どういう意味が含まれているのかは分からない。

 だけどまだ、私は一区切りなんていう小休憩をするつもりは無い。

 だから、少し笑う。


「それは、人によるんじゃないですかね」


 そこに少しの期待を込めながら、私と彼女ともう一人の私の奇妙なサンカク関係は、まだまだ続く未来を想像する。


 もう少しだけ、このあやふやな関係が続いてくれる事を祈りながら。

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たった二人のサンカク関係【完結】 カエデ渚 @kasa6264

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