第13話 二人で居る、ということ
2月になった。
ちーちゃんは結婚式の打ち合わせだとかで、休日も忙しくなり遊ぶ機会が減っていた。
そんな中で、時間を見つけて慌ただしいスケジュールの中で会ってくれたちーちゃんは、どこか眩しかった。
充実している。言葉にせずともそれが分かる様な、そんな幸せそうな雰囲気が出始めている。
「え?なにそれ?被害妄想じゃないの?」
馬鹿正直にそんなことを口走ると、ちーちゃんは呆れ返った様に注文したコーヒーセットのケーキを口に運んだ。
「大体、結婚願望も大してない癖に嫉妬するのはお門違いでしょ?」
ちーちゃんは私の言葉を待たずに続けて追撃する。
「結婚願望はあるよ。そりゃ、将来ずっと一人ってのは怖いし、老後どうするのって話だしさ」
予め用意されていた言い訳がするりとでる。本当はそんなこと考えてなんかいない。それでも、この歳になって結婚のことについて訊かれると、そんな言い訳が自然と出る様になっていた。
「……はいはい、言い訳は良いから」
そんな先延ばしでしか無い言い訳は、職場の同僚や両親に通じても、幼馴染であるちーちゃんには通用しなかった。
「それにさ、それって結婚願望じゃないよね」
彼女が言うには、その言葉は健康保険や個人年金保険と同じでしか無い、という。
以外にちーちゃんというのはロマンチックな性格をしているらしく、私なりに彼女の言葉を分解すると、「恋愛感情の無い、或いは薄い結婚っていうのは、結婚とは現せられない」というのだ。
逆説的に言うのなら、役所に書類を提出しなくてもお互いの認識次第では、結婚していると呼べるのかもしれない。
内縁とか、そういうことには容認派なのだろうか。
しかし、私は。
そんな純粋な認識に改め直すには、少しばかり歳を取りすぎた。
出来るのであれば、私も彼女の様に、それを信じ続けていられれば、とは思った。
◇
ちーちゃんは式場の下見があると言って夕刻には別れた。
仕方が無いので、適当に買い物を済ませて家に戻るなり、なんとなく一人で居る気分にもなれず、未来を呼んだ。
丁度大学の図書館でレポートを書き終えたらしく、自室にも寄らずに私の部屋にやってきた。
ちーちゃんと話した内容を彼女に話してみると、変な笑い声を上げた。
「風間さんって、結構メルヘンチックなんですね」
「でしょ?私の言い分、間違ってないよね?」
未来が同調してくれるのを良いことに、今頃彼氏と楽しく過ごしているだろうちーちゃんに向けて憤慨する。
「でも、見方によっては、現実的ですよね」
「……えーっと、どういうこと?」
突然、彼女は何か思いついた様な顔で、そんなことを言う。
私には彼女の意図が分からず、真正面から訊き返す。
「結婚って結構ハードル高いじゃないですか。お互いが若かったら、お金の問題とかもあるし、子供が欲しいとか欲しくないとか、そういうお互いの主張と嗜好の違いもありますよね。それに、お互いの義実家の問題とか、色々」
「そこら辺は考えるとキリ無いよねぇ」
酷く現実的な言葉をずらりと並べる。それらを聞くと、殆ど無かった私の結婚願望は、いよいよ萎びていく。
「でも風間さんは、お互いが好き合っていれば、結婚と同意義だと定義してるんですよ。ま、拡大解釈ですけど。結婚に纏わる、面倒で粗雑な要素を無視しても、それでも良いって言いたいんじゃ無いですか?」
でも結局それは、問題の後回しというか先延ばしというか。
でも、そうか。
問題が直面するまで、私は色んなことを後回しにしてきた。大体、後々後悔するんだけど、でも、なんだかんだここまで上手くやれてきている。
そういう風に享楽的に生きていける、そういう解釈でいいんだろう。
「肩の力を抜いて生きても良いんですよ、風間さんはそう言いたいんじゃ無いですか?」
「ふふっ。ちーちゃんはそこまで考えてないよ。未来の言葉でしょ?私、そんなに肩肘張ってるように見えたかなぁ?」
「考え方が真面目なんですよ。志乃さんは」
少し意地悪っぽく彼女は笑うと、立ち上がった。時計を見ると、バイトの時間が近づいている様だ。
「志乃さんは、人を好きになることとか、付き合うこととか、そんなことが凄い重大な出来事だと捉えてますよね。そんなことないと思いますよ。一緒に居て心地良いとか、そんな理由で人を好きになっても良いと思います」
私に説教臭い言葉を言ったからなのか、それとも真面目な言葉を吐いたことが気恥ずかしいのか。未来は言い終えると、私の顔も見ずにそそくさとバイトへと向かって行った。
「人を好きになる理由は、軽いものでも良い、ね」
そう考えると、一緒に居て心地が良いという理由で好きになったのは、例のホストである。
でもそれは、見た目以上に、前提条件として「付き合うとか結婚とかまではいかない」というものがあり、更にいうのなら金銭的やり取りがありお互いに罪悪感無く、現実の人付き合い以上に公平感があったからだ。
未来は、ホストと同じくらいの気軽さで、誰かを好きになってみても良い、と言うのである。
「一緒に居て心地良い人、ねぇ……」
ふいに、未来の顔が浮かんだ。
単純に、最近一緒にいる事が多いだけだと。私はそんな理由をつけて、一笑した。
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