第8話 ケウケゲン

「大学、やめるのか?」


 僕の問いにケウケは肩をすくめた。そんな仕草をしないでくれよ。悲しくなるだろ。


「詳しい話は茶でも飲みながらにしよう。良いだろ?」


 僕は頷く。頷くしかない。詳しい話を聞きたい気持ちと、聞いてしまったらケウケと離れることが決定してしまうような、不安な気持ちがあった。


 ケウケの部屋で、彼はお茶を居れてくれた。麦茶かな。冷たくて、暑い夏には飲みやすい。これが、いつものようなお酒だったら、もう少し楽な気持ちでいられたのかも、なんて……思ったりして。


 向かい合って座るケウケは、すぐには話し始めなかった。黙って、頭の中で話すことを組み立てているんだと思う。それを待つ間、不安だ。


「……そうだな。簡単に言ってしまうと、親が倒れた。幸い、今は立って動けるくらいには回復したみたいだが、死期を悟ってしまったらしい」

「そう……なの」


 ケウケの話す言葉によっては、彼を引き留めることも考えていたけど、親が倒れたと聞いて、その気持ちは薄れてしまった。流石に、親より僕との友情を優先してくれなんて言えない。


「君には話していなかったが、私の実家は九州の酒蔵でな。父がまだ動けるうちに、私へ教えられることは教えておきたいらしい。そうして、私に酒蔵を継いでもらおうと考えているんだな」

「ケウケ、君は酒蔵を継ぎたいのか?」

「継ぎたいというか、私は父が好きだから、彼の願いを叶えてやりたいんだ」

「そうか……」


 なら、やっぱり僕が彼を止めることはできない。彼の思いを聞いて、それでも彼を止めようってんなら、それは傲慢というものだ。僕はそこまで傲慢にはなれない。


「……私の名前はケウケゲンと言うんだが」

「うん」

「これは妖怪のケウケゲンからとったものなんだ。父が名付けてくれた」

「そうなんだ。ということは君のお父さんも妖怪が好きなんだね」

「そうだ。父は私にたくさんの妖怪の話をしてくれた」


 なるほどね。彼が父親を慕う理由が分かった気がした。良いお父さんなんだと思う。


「ケウケゲンは希有に現れるもの、というようにも書ける。父にとって私が生まれたことは、それだけ特別な出会いだったそうだ。私は父にとって特別だと思ってもらえていることが嬉しい」


 ケウケは寂しそうに笑った。それはいつか、彼が見せた表情に似ていて、今の僕には、同じように悲しく感じられた。


「君は、私にとっては、父が私に感じたように、特別な存在なんだと思う。親友ってやつだ」

「そうだね。僕もそう思う」

「だから、君と分かれることになるのは寂しい」

「僕だって寂しい。でも、また会うことはできる」

「……そうだな。また、会いに来てくれると嬉しい」


 その後、夏休みギリギリまで、僕はケウケの元へ通った。そして、夏休みが終わるとケウケはアパートを去っていった。僕の親友は離れたところへ行ってしまった。


 僕はアルバイトを始めた。お金をためて、まとまった休みがある時にはケウケの元へ会いに行く。彼は僕を歓迎してくれて、二人で一緒に酒を飲む。彼との、そんな時間はとても楽しい。


 住む場所が離れても、僕は彼の元へ希有に現れる。

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あやかしで一杯! あげあげぱん @ageage2023

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