第3話 赤い鳥と青い星

 私は、松空が座っている隣に座る。宇宙船の火の粉が舞い上がっているのを見て、ふっと笑った。

「環境に適応できない。人間らしくない体質だ。人間が地球でしか生きられないのと同じなのかもしれないな。俺たちも、見た目は人間なのにな」

 松空は、たまに自虐的なことを言う。それが私には理解できない。

「いいと思うよ」

 火の粉が舞い上がっている。私はそれを見て笑った。

「柊雁星は赤い星になりそうだね」

 私は、自分が発した言葉に、なんだか悲しくなった。

 松空は慰めるどころか、鼻で笑う。

「もう、この星は赤い。争いで流れた血、目の前で宇宙船燃やしてる炎だって赤く見えるだろ。鳥も……もう飛んでいないな」

 私は、何も言えずに黙ってしまった。

「かなりの変わり者で、よく溜息ばかり吐かれていた結梅も、血筋でいったら柊雁星の王族。他の星の話をし始めて、外交に興味を示したかと思えば、青い星の話ばかりだ。俺たちが地球に行ったら、酸素で殺されるというのにな」

 私は立ち上がり、燃えている宇宙船を見る。宇宙船は黒焦げになりかけていた。燃え尽きるまで、時間はかからないだろう。

 松空が、ゆっくり振り返りながら語るのを側で黙って聞くことは苦ではない。

 だが、暗い話に心が少し沈んでしまいそうだ。

「男も女も、王家の奴らも争い参戦するようになっていたが、俺は争いが生むものは好きではなかった。生まれて一年しか経っていない結藍を連れて、誰にも知られないように柊雁の山奥で潜むように暮らした。争いから逃げるようにな。結梅は、母親になったと言うのに、すぐに冥界へ旅立ってしまって」

 私は、宇宙船を見続けていた。周りは砂漠地帯である。砂嵐も吹き始めた。

「結梅は、結婚が決まった時、俺に言ったんだ。『松空。やっぱり、私は赤い星にいる』って」

 私は目を伏せ、松空の書物にかいてあったことを思い出した。



『結梅は、政略結婚をした。柊雁星と異星人の混血である男との間に、女の子を産んだ。しかしながら、産後の肥立ちが悪いと聞き、幼馴染であった俺が駆けつけてた時には、変わり者と言われることもない、弱弱しい女になっていた』


 また、ページを飛ばして目に入ったのは、私の父親に関することでもあった。



『結梅は、俺の父親と同じ種族の異星人を旦那に持ったが、価値観が違って仲睦まじい姿をみたことがない』


 書物、というよりは日記である。

 手書きの文字の筆跡からするに、松空が書いたものだ。


 松空とお母さんが、何を話していたのかはわからない。

 けれども、松空は私のお母さんに好意を抱いていたのかもしれないという推測を、私は何度もしている。書物に結梅のことが書かれたページには、幾度も読み返している跡があったから。

 もしくは、後悔しているのかもしれない。結梅が結婚してから、松空は結梅からの連絡を無視したという。幼馴染という仲であったというのに。

 



「あれから、もう十五年は経った。結藍は、もう二十歳間近。結藍が大きくなる頃には、柊雁の皆も地球で過ごせる方法が見つかると思っていたが……」

 松空は喋るのを辞めた。沈黙がしばらく続いたが、松空は宇宙船から目をそらして私を見た。

「争いで、何も無くなってしまったな」

 松空のその言葉は、私の胸に木霊した。

「俺たちぐらいだよ。生き残ったのに他の星に移住せず、柊雁星と最後まで共に過ごす奴らなんて」

 松空は一つ長い溜息を吐き、続けて話す。

「宇宙船を燃やすにしてもだ。結藍までここに残り、柊雁星と共に滅ぶ必要なんてないだろう?」

 松空は私の方を見た。

「青い星、宇宙船で遠くから見れたからいいの」

 私は、松空の顔を微笑したまま見る。

「ほら、まだ燃えてる宇宙船があるよ」

 私が指さした方向には、黒焦げになっている宇宙船に炎が燃え移っていた。

「松空、あれが私たちの宇宙船だよ」

 松空は頭を抱えた。私は宇宙船を見たまま、言葉を発することなく目を少し細めた。




『結藍! もうやめて!』




 頭の中でお母さんの声が聞こえた気がした。

 私は、宇宙船から目線を外して、ずっと遠くを見た。今日は空が少し明るいような気がする。

「お母さんが呼んでる」

「結藍?」

 私の名を呼んだ松空は、私が消えてしまうんじゃないかと思ったのか、少し動揺している。

「お母さんが悲しそうな声で、もうやめてって言ってた。何をやめてほしいんだろう」

 遠くを見たまま、呟いた。

「結梅が結藍に望むのは、生きてくれることだろうな」

 松空がガスマスクを外す音がした。

「この星に残っているのが幸せなのか、ってことを聞きたいんじゃなんじゃないの? 結藍、もう俺の側にいなくたっていいんだ」

 私は、松空を見た。

 すると、松空は手を大きく広げた。

 松空は言っていることと、行動が裏腹である。

「俺にも言えることなんだろうけどな。俺には結梅の声は聞こえない」

 目の前にいるのは、私以外に柊雁星で生きている赤い鳥。

 私は、青い鳥を捕まええることはできない。

 私はニッと口角を上げ、答えるような形で飛びついた。




『結藍! もうやめて!』




 再び、頭の中でお母さんの声が聞こえた気がした。私はガスマスクを外す。

「やめない。青い星に行くことよりも、青い目をした松空と一緒にいたい。それが私の幸せだから」

 いつしか、私は松空のことが頭から離れなくなっていた。

 松空は私のことを、結梅としてみているかもしれない。

 でも、それでもいい。


 私は目を閉じて、柊雁星の未来を考えてみる。この荒地に未来なんてあるのだろうか。

「俺も、結藍がいてくれたらいいんだ」

 私は、松空から離れて、宇宙船の方を見た。黒焦げになった宇宙船は、もう燃やすものがなくなったのか消えていた。

 私は微笑んだ。水鳥みたいに空を優雅に泳いでいるような錯覚はできるが、この荒地に未来はないかもしれない。  


 青い光が私たちを包み込んだ。

「松空、見て!」

 私は松空に手を差し伸べた。私は笑って手を差し出したのに、松空は泣いていた。松空の泣き顔が綺麗に見えた。


 柊雁星の未来が私たちの未来に重なった気がした。この荒地には未来なんてないと思っていたが、まだあるのかもしれない。私は幸せに満たされていた。

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赤い鳥は青い星に飛ばない 千桐加蓮 @karan21040829

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