第2話 思慕

 水の音が聞こえ、再び目を開ける。

 私は、水の溜まり場近くにある、大きな木の側で横になっていた。

 松空の目を盗んで走ってきた日に通った、山の山腹あたりにいるのだと思う。

 右手には皮膚に触れている感触があり、自分の右手の方に顔を向ける。

 男性の大きな手が私の手を包み込んでいる。大きな手を辿って視界を上の方に向けていく。

「しょうくう?」

 うとうと寝かけている松空がいた。私の声は、きっと小さかったはずなのに、松空は目をパッと開ける。

 私は起き上がり、震えた声で言う。

「ごめんな、さい……。ごめんなさい」

 泣いたらダメなんだと言い聞かせても溢れていく涙を止めようと、手のひらで拭く。

「ごめんなさい。勝手に地球を知ったように自慢してるみたいに話して。教えてくれたのは、松空なのに。連れてってもらいたくて、自分のことばかりしか考えてなくて」

 松空の青い瞳が見開いていく。

「ごめんなさい。わがままで、松空を危ない目に合わせちゃって」

 松空の唇が少し震えている。鼻をならしだした。

「私、二度とあんなことしない。いい子でいるらから、ちゃんとするから、もう地球に連れてってなんて言わないから! だから、側にいさせてください。おねが――」

「――ごめん、ごめんなあ」

 松空は、私の顔を真っ直ぐ見て謝った。みるみる目に涙をにじましている。

「俺が、悪いんだ。ごめんな」

 私は顔を歪ませた。涙がドアッと溢れてくる。

「違う、違うの! 私が悪いの。松空に教えてもらったこと、ありがとうって言わなきゃいけないことがたくさんあるの! 私が悪い子なの、ごめんなさい」

 松空は、辛そうな顔で大粒の涙を流した。

「ありが、とお。結藍、ありがとう」

 私は松空に抱きついた。

「そのままの、明るくて、憧れを抱いたままの結藍でいてくれ。お願いだよ」

 涙を拭くことを忘れたように、頬を伝ったまま、私に強くお願いした。



 それから、寝床に帰ってひと段落した時、松空は結梅ゆいばいと呼ばれる女の子のことを話してくれた。

 パワフルで、ずっと前を向いている女の子だった。私は、すぐにお友達になりたいと思った。

「結梅は、俺の幼馴染。それでいて、結藍のお母さんだ」

「私にお母さん、いるの?」

 不思議でたまらなかった。今まで、会ったこともなかったのだから。

「みんな、いるんだ。王族じゃなくてもいる。そうじゃないと俺たちは生まれない」

 松空の言っていることが、私の胸の中にスッと入っていく。

「結梅に地球の話をしたんだ。そしたら、『自分の子どもにも絶対聞かせてあげるんだ』って言っててさあ」

 松空は、私に向かって微笑んだ。

「いつか、見せようと思ってたんだ」

 松空は目線を、大きなリュックサックに向けた。私も合わせて見る。底は擦れないようにと工夫が施されているものだ。

「あの中の書物、好きに読んでいいから」

 枯れた笑いを浮かべて、松空は先程の水の溜まり場の方に歩いて行った。

 

 この出来事から、私は青い星について話すことを避けた。

 けれど、一度だけ。目の前の宇宙船を燃やす前に、青い星を遠くから見たことがあった。

 松空が、私を小型宇宙船に無理矢理乗っけて、操縦を始めた。

 どうして宇宙船が運転出来るのかと聞いたら、王家の者は万が一に備えて、自ら運転できるように操縦の訓練を受ける者もいるのだ、と笑いながら話しをする。

 それから、松空は思い出話を語ってくれた。主に、私のお母さんの話であったが、話してくれることが嬉しかった。


「ほら、あれが地球。青い星だ」

 窓の外をじっと見る。

「結梅は、『何があっても最後まで赤い星にいる』って言ってたんだ」

 その時、私は感じ取ったのは、どんな大きな翼を持っていたとしても、あの青い星には届きそうにない、ということ。

 突きさされるように、思い知らされた。

 お母さん、見える? あれが青い星だって。青くて綺麗、だね。

 そっと、肩を抱かれている感覚がした。

「お母さん?」

 隣には、誰もいない。

 松空をチラリと見る。松空の鼻を啜る音が聞こえた。

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