第31話 結婚式ーエピローグ

 結婚式の前日に陛下と王妃殿下を乗せた馬車隊がクレッセン領に入った。

 久しぶりの再会にエルシドは真っ先に二人に頭を深く下げた。

 レイアードとして最後の言葉は「ありがとうございました」という感謝の言葉で、王妃殿下は泣きながらエルシドを抱きしめ陛下は目頭を押さえていた。

 私も改めて挨拶をしたが普段砂糖に関わる商談をしている間柄だけになんとも気まずいものとなった。

 またお二人はたくさんの祝いの品と手紙を運んで来てくれた。

 弟である王太子殿下やレイアードの元側近たち、それに元婚約者である公爵令嬢。

 レイアードは王家より出奔のち王籍から除名となり、断種の撤回の処理が行われた。

 魔法があるってこういうところだよね、万が一物理的にされていたら取り返しつかなかっただろうし何はどうにかしたかったからこその魔法での処理だったのだろう。

 レイアードはエルシドとして正式にクレッセンに名前を連ねることになった。

 その日のうちにアーノルドが隣国からやってきて、本邸に最後に訪ねてきたローガン子爵夫人が集まった顔ぶれを見て卒倒する一幕があった。

 

 よく晴れた秋晴れの中、騎士団の演習場を飾りつけた会場は笑顔で溢れていた。

 私は本邸の客間を使い身支度を整えていた。

 身につけたドレスは薄く軽やかな絹がマーメイドラインを描き後ろにボリュームを持たせたオーガンジーが幾重にもふわりと柔らかなラインを作っている。

 白い絹に空色と銀糸で施した刺繍は私と母、我が家の使用人の女性陣の力作だ。

 この地に伝わる伝統でもある。

 白銀にアクアマリンを使ったイヤリングとペンダントを着けて迎えを待つ。

 コンコンと控えめなノックの後扉が開いて白いクレッセンの騎士服に身を包んだエルシドが入ってきた。

 私を見たエルシドが息を呑んだ。

 「リア、凄く似合っている」

 「ありがとう、エルも格好いいわ」

 私の手を取ってエルシドに引かれながら演習場に向かう。

 花のアーチで作られた門を潜り抜け、赤いカーペットの上を歩く。

 一番奥には村の教会の神父が、片側には陛下と王妃殿下にアーノルド、反対側には父と母、それにヘルマンドが。

 ビクターが既に泣いているのが見えて、私とエルシドは小さく笑い合う。

 学園に通っていた間、ずっとお世話になったローガン子爵夫人もハンカチを瞼に当てている。

 私の友人たちも今日は駆けつけてきてくれて笑顔で手を振っている。

 ガレス団長とジーバ隊長それにコニーとギース、マリアにルカにアンとベスとベン爺さん。

 我が家の使用人も集合している。

 たくさんの祝福の中、誓いと宣誓をして式の後は宴会が予定されている。

 簡易に設置した壇上で神父が優しく微笑んでいた。

 

 式の後は本邸のホールに移動して披露会が行われる。

 騎士団員や使用人はこの後は通常業務になる。

 私は空色のドレスに着替えてエルシドと会場になる普段滅多に使うことのないホールへと向かった。

 華やかな飾り付けのされたホールに拍手で迎え入れられ、またここでもたくさんの祝福を頂いた。

 

 全ての予定を終えて、私とエルシドは屋敷に戻ってきた。

 この日のために屋敷には改装が加えられ、私の部屋とエルシドの部屋の間に共有の寝室が作られた。

 ドレスを脱ぎ、張り切っているアンとベスに肌を磨かれ薄手の寝衣に着替えて寝室のドアをノックした。

 ガチャと小さな金属音を鳴らしてドアノブが回り扉が開く、目の前にはエルシドが立って寝室へ迎え入れてくれた。

 

 ベッドに二人で腰掛ける。

 気恥ずかしさに俯く私の髪をエルシドが掬う。

 「リア、あの日俺を拾ってくれてありがとう」

 そう言って一房取った髪にエルシドが口付ける。

 相変わらず耐性のない心臓はそれだけでどくどくと早鐘を打つ。

 「名前をくれて、クレッセンに連れて来てくれてありがとう」

 緩く笑んだエルシドの顔を見れば耳が赤くなっている。

 「私もエルにたくさんありがとうを言いたいのだけど」

 エルシドの空色の瞳を真っ直ぐに私は見た。

 「私を愛してくれてありがとう」

 感極まったように一瞬泣きそうに顔を歪めたエルシドが私を抱き寄せ耳元で小さく「愛してる」と囁いた。


 あの結婚式から十年の月日が流れた。

 今日からヘルマンドがクレッセン男爵となる。

 ヘルマンドは学園で見つけた辺境伯の五女を卒業と同時にクレッセンへ連れて帰り一年前に結婚した。

 私とエルシドには一男一女の子供に恵まれ、相変わらず毎日慌ただしく過ごしている。

 エルシドは隣国との商談以降積極的に商売に関わるようになると、メキメキと頭角を表した。

 元より高い教育を受けているだけあってその知識と王宮という国の中心で鍛えた社交力を惜しみなく使いイキイキと飛び回っている。

 父と母はヘルマンドに家督を譲った後暫くは諸外国を旅して回るのだと準備をしている。

 ビクターは結局見合い惨敗記録を更新し続けて十年経った今もまだ独身だったりする。

 マリアは子供たちの乳母としてまだ頑張ってくれている。

 ルカは今我が家の家令としてエルシドの補佐をしている。


 「あの日私が拾ったのは捨てられた王子さまではなく素敵な旦那さまだったのね」と隣に座るエルシドに言えばキョトンとしたあと「そうだな」と頷いて私の頬にキスをした。



end

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【完結】転生令嬢と捨てられ王子の辺境スローライフ 竜胆 @rindorituka

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