第30話 忙しい日々の始まり

 あれからもう一度改めてアーノルドと話し合いを持ち、ある意味友好的に商談を終わらせることが出来た。

 別れ際には金髪を掻き上げながら「君たちの結婚式には是非招待してくれたまえよ」などと笑いあっていた。

 購入したものに苗もあるため、滞在日数は予め少なく予定していた通りに私たちは三日ほどの滞在の後、クレッセン領に帰った。


 帰った私たちを待っていたのは、はらはらと涙を流していたビクターだった。

 「リア、本当に結婚してしまうのか?俺以外の奴と」

 「ええ」

 「な、なぜだ……エルシドなんて顔しか良くないだろう」

 「ま、まあ顔も、うん、好きなんだけどそれだけじゃあないからね?」

 「やっぱり顔か!顔なのか!」

 「ビクターいい加減、リアから離れろ」

 エルシドが私に掴み掛かりしがみつくビクターを引き剥がしジーバに本邸へ連れて行かれるのを見ながら私は思い出したように手を叩いた。

 「ビクターにお土産買ってきてないわ」

 「いらないだろう」

 買い込んだ荷物を屋敷に入れ、土産を本邸に送ってもらう。

 あれこれと指示を出し留守の間のことを聞いたりしているうちに夜になっていた。

 なんだかんだと長旅の疲れもあり、その夜はあっという間に眠ってしまった。


 翌日、本邸からエルシドと共に呼び出された私は応接室で両親と向かい合って座っていた。

 珍しく母が扇子で口元を隠しているし、父は腕組みをして目を閉じている。

 大事な話だからとヘルマンドに同席を許さず、応接室には私とエルシド、父と母が残った。

 私の隣に座るエルシドも目の前の二人の雰囲気に緊張しているようだ。

 父が咳払いをしながら話し始めた。

 「まず、エルシドとリアの婚約について正式に了承が得られた」

 父の言葉に私とエルシドがほっと息を吐く。

 貴族である以上は王室に結婚の申請をしなければならない、もしこれが受理されないのであれば私はその許可のいらない平民になるためクレッセンから除籍も考えていた、口には出さなかったけれども。

 王室から許可が出たならひとつ障害がなくなったということだろう、知らず口元が弛む。

 「ただ、そうなるとレイアード殿下はこの先ずっとエルシドとして生きることになる」

 それは、と私は隣に座るエルシドを盗み見る。

 元は王宮で何不自由なく生きてきたエルシドだから、この先もしかしたらレイアードとして王都に戻れるかもしれない、その可能性をひとつ潰してしまうのだと改めてエルシドの答えが怖くなる。

 私の動揺が伝わったのかエルシドが私の手を握った。

 「あの日、リアがボロボロの俺を拾った時から俺はもうずっとクレッセンのエルシドですから」

 そう言うエルシドの横顔に迷いはない。

 私の手を握るエルシドの手に力が入る。

 「そうか……エルシドは正式にクレッセンの領民として登録することにしよう」

 「それでね?ここからが問題なのよ」

 眉をハの字ににして母が小首を傾げる。

 「陛下と王妃さまがね、結婚式にどうしても来るってきかないのよ」

 「え?」

 「いやおかしいでしょう、俺はもうレイアードではないのだし」

 「でもねぇ」

 母はそこで言葉を区切り、目の前にあった紅茶で喉を潤した。

 「やっぱり親だから、私やこの人も陛下たちの気持ちはわかるのよ」

 優しく笑う母がエルシドを見る、エルシドはバツの悪そうな顔をして俯いた。

 「そうなると、村の教会でというわけにはいかんのだよなあ」

 バリバリと音を立てて頭を掻く父を母が手にした扇子でピシャリと叩く。

 「あなたたちの屋敷でも無理でしょうし、本邸だと中庭かもう一層のこと騎士団の演習場でも使おうかしら」

 母が遠い目をした。

 警備の面まで考えれば広さと見通しなど演習場が確かに広くて良いけども。

 勿論宿泊も本邸になるだろう、ならば遠方から呼べる人数は限られてくる。

 村の宿には流石に貴族を泊まらせるわけにはいかない。

 「それに招待客もねえ、王都から呼ぶならエルちゃんのことバレるのも覚悟しなきゃなのよ」

 「待って?エルちゃん?」

 「?」

 母が良い笑顔を見せる、エルシドは苦笑いをしているし父は知らぬ顔だ。

 「ビクターとローガン子爵夫人は呼ばなきゃ後が面倒でしょうし」

 「ビクターは呼ばなくてもいいんじゃない?」

 「そうはいかないでしょう?それにリアにも学友がいるでしょうし?エルちゃんだって呼びたい人がいるかもしれないでしょう?」

 「学友はまあどっちでも良いけど、呼ばないと後がすごく面倒な人がひとり……」

 私はエルシドと目を合わせた。

 そう、つい最近知り合った彼は呼ばなければクレッセンまで乗り込んで来そうだ。

 「隣国のアーノルド第三王子に声だけはかけないといけないかなと」

 「ああ、今回伝手が出来たんだっけな」

 「なかなかに面倒な性格をしているので声をかけないと後から多分」

 「絡まれるよね」

 話し合いの結果、結婚式は半年後の秋の終わりとなった。

 魔物討伐がひと段落すれば時間は取れる。

 時期的に一番動きやすいだろうという結論に至った。

 

 それからの日々は怒涛の勢いで過ぎていった。

 こんなに大変な準備をするのかと辟易しながらも、ウェディングドレスのために態々エルシドが自ら隣国へ買い付けに行ったりするものだから、面倒でも楽しかったり。

 往生際の悪いビクターが「リベンジマッチだ!」とエルシドに再戦するもコテンパンにやられて肩を落として王都に帰ってお見合いをしたり。

 たまに喧嘩したり相談したり、仲直りしたり。

 笑ったり怒ったりしているうちに春が過ぎ夏が過ぎ去り秋が来た。

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