第6話

翌日。

羽那は電車の中で眠気と戦っていた。

昨晩は雛に勧められたゲームを始めようか渋っていたところ、雛に魅力を語ってもらうことにしたのだが、雛は終わることなく話し続け、羽那は寝不足なのである。

羽那は目を覚まそうとして、SNSを眺める。

羽那の画面にとある通知が降りてきた。それは美梅からのメッセージで、羽那はそれをタップし美梅とのメッセージ画面に飛ぶ。

『やばい。すごいことになってる』

美梅からのメッセージには、とにかく感情が籠っていることは羽那にもわかった。

美梅は羽那よりも早く学校に着いていることが多いため、恐らく学校で何かが起こったのだろう。

『どうしたの?』

『舘山くん、家出してきちゃったんだって。』

羽那は焦ってスマホを落としそうになる。

(どういうこと、?)

スマホを両手で持ち直し、言うことを聞かなくなり始めた指でなるべく早く返信する。

『くわしく』

『なんか、たまたまテストの点数良くなかったのをお母さんに見られてブチギレられて衝動でって、感じらしい。』

『お母さんヤバ』

『舘山くんてシンママらしいし、しかもモンペ疑惑あったらしいよ……』

『……』

羽那は一度情報を整理しようとスマホを伏せた。

地下鉄の揺れる音がうるさい。


可能な限り脳をフル回転させて情報をまとめる。

今まで声を出して周りに存在を主張することが嫌いだった羽那にとって、脳内で複数の事象を同時に考察することは得意だった。


次は△△駅、△△駅。地域密着△△不動産へおいでのかたはこちらでお降り下さい。


一年以上聞いてきたが実物は見たことなどない広告文と共に降車の時は来た。

思考が何一つまとまらないまま、羽那は鞄の紐を強く握って無理やり椅子から立ち上がり、人の流れに半ば呑まれるようにホームに足を下ろした。


(な、なにかのイタズラかもしれないし……)


羽那は急ぎ足でエスカレーターを止まらず行く。カンカンとローファーが足音を響かせるのがわざとで気取っているように聞こえるから羽那はそれが嫌いだ。

地上に出てから交差点のこちら側も向こう側も確認したが、春彦の姿は見当たらない。


DMで美梅から教えてもらった「母ブチギレ事件」は今朝ちょうど起こって衝動のまま春彦は家を出発したため、いつもの時間よりも時刻が早くなったのだろう。羽那はそう推測した。


羽那は多少の情報整理が完了したところで、脳の処理機能は春彦へ向けたものではなく現実へと切り替わる。

エスカレーターを駆け上がってきた疲労が羽那を襲い、羽那は膝が震え出す感覚さえした。


信号が切り替わったのを確認してから羽那はまた歩き始める。

羽那にとっては世界の中心である春彦が視界にない今、どこを見て歩けばいいのかすらよく分からなかった。

ただ、いつも春彦を一秒でも長くこの目で捉え、脳の処理機能を視界に映る春彦のために使用することを極め続けた羽那の身体は本人が意識せずとも、向かってくる疲弊した社会人をフラフラと避けて行く。進行方向さえ違えど、春彦を朝一で視界に捉えることのできない羽那は、まるでゾンビのように弱々しく歩く疲弊した大衆と何ら変わりなかった。

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純愛と狂愛は恋を知らない。〜無自覚ストーカー女が純粋無垢な想い人と同居することになった話〜 寒なの @kobun_tango

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