day31 またね(次のきらきらな約束)

 静かな室内に、ノートのページをめくる音だけが響いている。

 テーブルの上には、先程仕上げたばかりの自由研究が。朝恵ともえは緊張の面持ちで、向かい合って座って、朝恵が調べたことをまとめたノートに目を通している真雅しんがを見つめていた。


 真雅の表情からは、何も読み取れない。ただ、かなり熱心に朝恵のノートを読んでいることだけしか、わからなかった。


 ノートをテーブルの上に置いた真雅は、口を開かずに次は画用紙で作った自由研究を手に取る。紐で閉じられたそれを、丁寧に開くとまたじっと読み始めた。


 お兄ちゃんは、わたしの自由研究について、どんな感想を持つのだろう。――正直、学校で受けるであろう評価よりも、真雅の感想の方が気になる。

 最後まで自由研究を見終わった真雅は、テーブルの上にその画用紙で作られた品をそっと置く。そして一口冷茶で唇を湿らせてから、ようやく口を開いた。


「――ここまでよく、調べたな。確か朝恵ちゃんは、小学一年生だったと俺様記憶しているが」

「うん。わたしは小一だよ」

「立派な、研究だ。俺様が朝恵ちゃんの担任とやらだったら、満点つけているところだ」


 その澄んだ黄色の瞳に喜色を浮かべ、真雅は鮮やかに笑んだ。――満点という言葉を聞いて、ようやっと朝恵も安堵して、冷茶に口をつける。今まで目の前の出来事があまりに気がかりで、時間の経過も遅く感じていたし、喉の渇きが異常なほどだったのにも気付かなかったのだ。


「どうやってこれだけたくさん調べたんだ?」

「あのね。本をたくさんかりてよんだの。うんもって、ふしぎだね」

「そうか。――字も丁寧で読みやすいし、絵も綺麗だ。よく頑張ったな」


 真雅と目が合うと、温かい眼差しが返ってきた。その穏やかな瞳を見ているだけで、胸が高鳴ってくる。


「これで、朝恵ちゃんの夏休みの宿題は全部終わりなのか?」

「あとひとつ、のこってるの。えにっきがあるから」

「絵日記? ――これを出して終わりと言うわけにはいかないのか」


 真雅は朝恵が雲母について調べたノートを指差した。表紙には『きらら☆絵日記』の文字が。


「これは、とても良いタイトルだと思うんだが」

「えにっきはね。なつやすみにあったできごとを、にっきにしてかかないといけないんだよ」

「そうか。――絵入りの日記を作らないといけないのか。小学生も、大変だな」


 真雅が心底そう思っているのが見て取れて、朝恵は小さく笑みを浮かべた。――大人を捕まえてこんなことを言ったら確実に両親には怒られるのだが、真雅は時折とても可愛く思えてしまうときがある。何かしてあげたくなるというか、抱きしめたくなるというか。――不思議な、感覚だ。朝恵がそんな風に感じる相手は、真雅だけである。


「その絵日記、またここで俺様が読んでも構わないか?」

「うーん……えがじょうずにかけてないの」


 そう、真雅の絵が上手に描けないのだ。――科学館に連れて貰ったときの話や、この前のはじめての料理の話なんかを既に絵日記にしているのだが、どっちも真雅の姿が全然まともに描けていない。真雅はとても綺麗なのに、その美しさの半分も表現出来ていなくて――そんな絵を当の本人に見せるのは、かなり躊躇ためらわれる。


「俺様、朝恵ちゃんの絵も見てみたいがなあ。――なら、こうするか。俺様も絵を描いておくから、それと交換で見せてくれるというのは」

「おにいちゃんのえを、みせてくれるの?」

「ああ。そういう条件では、どうだ?」


 真雅の描く絵は、見てみたい。物凄く惹かれる条件だ。何せ朝恵は、真雅のことなら何でも知りたいのだから。――長いこと考えた末に、朝恵は首を縦に振った。自分の絵を見せなければいけないという恥ずかしさに、真雅の絵を見たい興味が勝ったのだ。


「よし、決まりだな。――後で園城おんじょうさんに行って、スケッチブックを買っておくか。現在ここには白い紙なんてものは、チラシの裏くらいしか無いぞ」

「……チラシのうらには、よくおえかきするよ?」

「流石にチラシの裏では、朝恵ちゃんに失礼だからな」


 低い、よく響く良い声で真雅は笑う。それに釣られて、自然と朝恵も笑っていた。





 真雅と一緒に外へと出てみると、既に夕方であった。太陽の光が、オレンジ色になりつつある。


「きょうもありがとう、おにいちゃん」

「それは俺様もだな。自由研究を見せてくれてありがとう、朝恵ちゃん」


 二人の影が、長く伸びる。夕日は今日も、きらきらと輝いていた。まるで今日も一日、きらきらの日々だったねと言うように。


 これからも、きらきらの日々をたくさん過ごして行けたらいいな。そう――きらきらと輝く、雲母のように。出来たらその日々に、この人がずっといてくれたらいいのに――朝恵は横目でそっと、真雅を見上げた。朝恵の日々を彩ってくれたいちばんの人は、間違いなく真雅だから。


「――絵日記は、いつ頃仕上がりそうなんだ?」

「えっとね。なつまつりのあとかな。さいごのひとつは、なつまつりのはなしをかくの」

「夏祭り。――ここの商店街の夏祭りか。それならあと少しじゃないか」

「うん。わたし、おまつりがたのしみなの。おにいちゃんはおまつりのとき、どこにいるの?」

「俺様か? ――それは、内緒だな。当日、探してみたらいい」

「わたし、がんばっておにいちゃんをさがすね」


 真雅は食べ物の屋台をやるのだろうか。それとも、射的などの遊ぶものの屋台だろうか。両親が言うには、朝恵が生まれた頃の夏祭りに、真雅が屋台で出していたカレーが、凄く美味しかったらしいのだが。


「わたし、そろそろかえるね。――またあした、おにいちゃんのところにいってもいい?」

「勿論だ。朝恵ちゃんの好きな時間に、来たら良いぜ」

「ありがとう。――じゃあまたね、おにいちゃん」


 朝恵が手を振ると、真雅は応えるようにその大きな手を振ってくれる。たくさんつけている指輪に太陽の光が弾かれて、金色にきらきらと輝いた。


 真雅に見送られながら、朝恵は歩く。といっても、隣の裏口までなのだが。


 ――次のきらきらな約束が、また出来た。家に帰ったら、もう少し絵日記の真雅の絵をなおしてみないと――。

 そんなことを朝恵は、考えていた。

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きらら☆絵日記 月雲 @yueyun

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