day30 色相(色鉛筆売り場の前で)

「いらっしゃいませ。――おや、ミヤコ屋のお嬢さんだ。何を探しているのかな?」

「こんにちは。いろえんぴつと、がようしをかいにきました」

「色鉛筆ならこっちにたくさんあるよ。画用紙はあそこの棚だね」


 朝恵ともえはその日、文房具屋の『園城おんじょう』に来ていた。いよいよ自由研究を提出物としてまとめる段になったので、必要な道具を揃えにきたのだ。


「わあ……」


 園城のおじさんに案内された色鉛筆売り場には、色鉛筆が溢れんばかりにあった。同じメーカーのものだけでも、何十種類とある。色鉛筆は一種類ではなく、何種類もあったので、これは色鉛筆の山と言う他無い。


 朝恵は売り場の前で、正直悩んだ。――こんなにたくさんあったら、どれを買って帰ったら良いのだろうと。試しに好きな黄色の色鉛筆を手に取ってみたが、少しずつ色の違う黄色がたくさん存在する始末だった。


「うーん……どれにしたら、いいのかなあ……」


 色鉛筆によって、値段の違いもかなりある。ますますどれを選んで良いかわからなくなって朝恵は首を傾げる。

 外から聞こえてくる音楽に耳を傾けながら売り場でうろうろと悩んでいたそのとき、よく知った低い声が外から響いてきた。


「園城さん。今いいか?」

「ああ、清遊堂せいゆうどうさんか。どうした?」


 真雅しんがは真っ直ぐ、この店の店主の方へと歩いて行く。漏れ聞こえる話の内容からすると、どうも夏祭りの打ち合わせのようだった。彩花商店街あやはなしょうてんがいでは、毎年一日がかりで夏祭りをやっているのだ。


「詳細はまた明日の夜の会合でだな」

「そうだね。――ここで今、あまり細かい話は出来ないからね。夏祭りの主役が買い物に来ているんだよ」


 ここで初めて、真雅は朝恵の存在に気がついたようだ。お、と小さく声を漏らすと朝恵の方へと歩いてくる。


「朝恵ちゃんじゃないか。どうしたんだ?」

「あのね。じゆうけんきゅうでつかうものを、かいにきたの」

「そうか。園城さんでは大概の文房具が揃うからな」


 真雅はすぐには店へと戻らずに、朝恵と並んで色鉛筆を眺め始めた。


「また色鉛筆だけでたくさん揃えてるな。こんなにあると、綺麗な色相環が出来そうだぜ」

「……しきそうかん?」


 真雅の口から、朝恵の知らない言葉が出てきた。それはどういうものなのだろう?


「おにいちゃん。それはなに?」

「色相環か? 簡単に言うと、こういう色の変化を環にしたもののことを言うな。――園城さん、色相環の現物は無いか? 朝恵ちゃんに見せてやりたいんだが」

「勿論あるよ。――はい、これだね」


 園城のおじさんは、一枚の紙を持ってきて真雅に手渡す。そこには綺麗な色で描かれた環が印刷されていた。


「これが色相環だ、朝恵ちゃん。近い色が近似色、正反対の位置にある色が補色という」

「――おいおい、清遊堂さん。ミヤコ屋のお嬢さんはまだ小学生だよ。そこまで難しいことを教えなくても」

「俺様、興味を持ったことなら、いくら相手が幼くとも全部教えて良いと思っているからな。例えそれが難しいことでも、そこから広がることがあるだろう」


 そう返事をしながら、真雅は朝恵に笑いかけた。――それで真雅は、朝恵が興味をもって質問したことは、大体何でも答えてくれていたのかも知れない。

 真雅は雲母のときのように、朝恵が一人で調べるヒントをくれることもあるし、自らが体験したことを話してくれることもある。難しいから今は教えない、と言われたことは、ただの一度も無かった。――その真雅の行動を、朝恵はとても嬉しく感じた。


「こういうきれいなまるにするには、たくさんのいろがいるね。だからいろえんぴつが、おなじいろでも、たくさんあるんだね」

「そういうことだな。――朝恵ちゃんはもしかしたらどれを買ったらいいか迷っていたのかも知れないが、そういうときは自分のイメージを大事にしたらいいと思うぜ。使いたいと考えた色に一番近いものを、買えばいい」

「ねだんがぜんぜんちがうのはどうして?」

「大方ブランドとか、あとはメーカーによる付加価値とかだろう。あとは素材の違いもあるか。――朝恵ちゃんが選ぶなら、まずは色の雰囲気を大事にすればいいと、俺様思うがな」

「うん。わたし、そうやってえらんでみるね」


 真雅と話しているうちに、だいぶ頭がすっきりしてきた。もう迷わなくて済みそうだ。

 朝恵は何本か、課題に使いたいと思う色鉛筆を売り場から選び取ったのであった。

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