第17話 兎は被食者側でした




 何匹もの小型犬が走り回る厨房の中、彼女達は阿鼻叫喚になりながら事態の収拾に努めていた。


「騎士様!!そっちそっち!プードルが隠れてますわ!」

「助けて、助けて姫様ァ!耳が、私の耳が食べられてるっきゅゥ!」

「おねーちゃん、きゅーちゃん!一匹捕まえたよぉ!」

「「きゅーちゃん!?」」


 即座に冷蔵庫によじ登って安全圏に入った姫、兎の姿で為すすべなく襲われるきゅーちゃん(騎士)、楽しそうに犬と戯れるまーちゃん。

 そして、「そりゃこうなるよ」という顔をした勇者は、また滅茶苦茶になった厨房の中で犬捕り物を繰り広げていた。


「いいですわ騎士様、勇者様の手が空くまでそこでデコイになるのですわ!私はここで全体の動向を把握して指示を…痛い痛い助けて勇者様ァ!」

「ざまみろだっきゅ!!」

 予想を超えたプードルの跳躍によって襲われる姫。


「何事だ!?」

 あまりの騒ぎに、魔王が慌てて厨房へと駆け込んでくる。

 最終的に、彼によってプードルたちは捕獲されて解呪の魔法をかけられ、粉末状に戻されることで事態は収束した。



「…惜しかったですわ。上手いことアンラッキーは私と騎士様で二分割されていましたのに。普通にプードルも二倍出現してくるとは」

 床に倒れ込んで、天井を仰いだままで姫は呟く。


 噛みつかれた兎耳を抑えて蹲る騎士は、「どうして私がこんな目に」と半泣きになりながらぶつぶつと独り言を吐いていた。


「まーちゃん、楽しそうでしたわね。わんちゃんは好き?」

 姫が尋ねると、まーちゃんは「うん」と頷く。

「楽しかったよ。でも、またお料理失敗しちゃったね」

「次こそは成功させるのですわ。そうだ、歌でも歌いながら作れば上手くいくかも」

「それも楽しそう!」

 まーちゃんはいつも通りの笑顔で答えた。


「魔王がもどしてくれたアーモンドの粉はもう使えないんだっきゅ?」

 覗き込むように騎士が聞くと、姫が「使えませんわ」と答える。

「一度変異してしまったら、もう元の物質には戻せないのだそうです。今魔王様が粉末に戻したそれは、最早食べ物と呼べる代物ではありませんわ」

「諸行無常だなぁっきゅ」

 騎士は残念そうに天井を仰ぐ。


 彼女は寝ころんだまま、続けざまに姫に問いかけた。

「それにしても、姫様。どうしてそこまでしてお菓子作りに励むんですっきゅ?正直、魔王ご一家だけで作ったほうが手っ取り早いと思いますけど、っきゅ」

「それじゃ駄目ですわ、私が一緒に作ることに意味があるんですから」


 まーちゃんが続けるように話す。

「お菓子屋さんをやろうっていうのは、私とおねーちゃんの二人で決めた事なの」


 姫は、少し恥ずかしそうに目を逸らした。


「その笑顔を見れば、わかるでしょう。私と一緒にやってる時、こんなに楽しそうな顔をするんですもの。そ、それに…私も、結構、楽しい、ですし?だから、途中で投げ出すのは嫌なのですわ」

「…」

 騎士は意外そうに姫の顔を覗き込んだ。


「…はあ。そうですか。なら、まあ私も手伝いますけど、っきゅ」

 ただ姫がふざけているだけな訳ではないことを悟った騎士は、一つ溜息を吐いてその二人のお菓子作りを肯定することに決めた。


 もとの王城で姫に友達がいなかった、というのは噂に聞いていたから。


「でも、あんまり危険なことはしないでください。私、こんな姿でも騎士ですから、姫がお怪我をするようなことはさせられませんよ」

「…うん。ちょっと、最近は向こう見ずな行動が過ぎましたわ。次からは、もう少し迷惑かけないように気をつけます」


 少し頭が冷えたのか、申し訳なさそうな顔をした姫の様子に、騎士は「手の焼ける姫様ですね」と聞こえないような声で呟いて笑う。


「ところで騎士様。私がプードルに噛まれたとき、勢い余って『ざまみろだっきゅ!』とか言ってませんでした?」

「言ってないっきゅ?」

 騎士は目を逸らす。


 自身が騎士にあるまじき発言をしたことについては、彼女は愛らしい小動物の振りをして、さも当然の様に無かったことにしていた。



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*魔王城に『パティスリー姫』が開店しました 枯木えい @atus-P

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