第16話 アーモンドが犬になりました
「え、何で姫が魔王城でスイーツ作りしてるんですか…?」
「違う、語尾に『きゅ』を付けるって言ったでしょう」
「何で姫がスイーツ作ってるんだっきゅ!!」
姫の玩具にされた騎士は、やけくそ気味に問いかけた。
満足そうに「よし」と言った姫は、ようやくそれに答える。
「私はここではパティシエさんなんですの。まーちゃんと一緒に、好きなだけお菓子を作るまでは帰る気はないのですわ」
「そんな、身勝手なことを…っきゅ…」
「これが、こないだ取って来たアーモンド。こないだはマカロンづくりが上手くいかなかったから、そろそろリトライしてみようと思ってるんですの」
「当然の様に姫の頭に噛みついているのはノーコメントでいいんできゅ?」
「慣れてるから」
「…」
姫はいつも通りの笑顔で、いつも通りに頭から流血している。
しばらくして、勇者が何処からともなく現れて姫の頭からアーモンドを叩き落した。
「二人揃って何してるのさ」
呆れた顔でそう言い放つ勇者だが、騎士も負けじと強気な態度で彼に食って掛かった。
「揃って、とはなんだきゅ!私はあなたが一向に連絡を寄こさないから、念のためにと休暇を返上して出撃させられたんだっきゅ!?」
「その語尾も呪いの影響?」
「んあっ…!そ、そうだきゅ!悪いきゅ!?」
つい流れで使ってしまった口調を騎士は慌てて繕う。
「いや、私が罰ゲームでつけさせたんですわ。呪いじゃありません」
「姫ェ!!」
にっちもさっちもいかない騎士は、頭を抱えてその場に蹲った。
「ああもう、散々だ…何日もかけてここまで来たのに、呪いにはかかるし、皆のんびりとお菓子なんて作ってるし…。こうなると知ってたら、部屋に籠って溜め込んでた漫画の消化を進めてたのにぃ」
「騎士様も一緒に作りましょうよ」
「毛とか物凄く混入してもいいなら」
騎士はしゃがみ込んだままで、お菓子作りの厨房の中で辺りを見渡す。
「魔王城の中とは思えないな…」
「今の魔王様は流行りに敏感ですから」
「親バカ」
そう言って、騎士はようやく気を取り直して立ち上がった。
「…ところで、勇者。魔王城の入り口近くにテレポート用のゲートが立てられていたのだけれど。あれってあなたの仕業?」
「ああ、うん。前に来た奴が撤去されてなかったから。僕らは王国から二時間くらいでここまでこれたよ」
「何故私にもそれを教えてくれなかったんだっきゅゥ!なんだったの私の苦労!」
騎士は悲痛な声を挙げながら大の字になって仰向けに倒れ込んだ。
◇ ◆ ◇
「不憫枠も増えた所ですし、マカロンづくりと決め込みましょうか」
「誰が不憫枠ですか」
「語尾」
「きゅ!!」
立場上従うしかない騎士は悔しそうに表情を歪ませる。
まーちゃんは嬉しそうに兎姿の彼女に抱き付いたまま、「がんばろー」と右腕を掲げている。
「さて、騎士様。このマカロンづくり、先程上手くいかなかったと言いましたが。何が上手くいかなかったのか、予想できますか?」
「さあ…」
しきりに顔を摺り寄せてくるまーちゃんを少し押し返しながら、騎士は首を振る。
押しのけられたまーちゃんは仕方なく一歩引きながら、「一部の植物はね、人のイメージを元に姿を変えちゃうことがあるの」と話した。
「姿を変える?」
「うん」
姫は勇者によって〆られたアーモンドを指差しながら言う。
「アーモンドを粉末状にしたものを何というか、ご存じですか」
「…知らないっきゅ。粉アーモンド、とかです?きゅ?」
「勇者様が言うには、アーモンドプードルというらしいですわ。…はい騎士様。今、何を思い浮かべました?」
「わんちゃん」
姫は「でしょう」と頷く。
「そのイメージを抱いたまま、あのアーモンドを粉状にするとどうなるか」
「…」
「不思議なことに、粉状のアーモンドはいつの間にか犬の姿を得て歩き出すのです」
「ちょっと何言ってるかわからないっきゅ」
「私だって自分で何言ってんのかわかんねぇのですわ」
姫は不満そうに眉を顰めながら、半分に切られた巨大アーモンドの片割れを抱えた。
「加えて、このアーモンドのもともとの狂暴性がイメージに紐づくとどうなるか。…想像の通り、それはもう手に負えない狂犬プードルの出来上がりです」
「お菓子作りで何故犬と戦わなければならないのか」
騎士は厨房内で暴れ回る小型犬を想像する。
「私達はレシピ通りにお菓子を作るとともに、レシピに書かれた言葉から余計なことを連想しないという命題を抱えてこれに取り組まなければならないのです。よろしくて?」
「なにもよろしくないっきゅ」
騎士は、一つ聞かせて、と指を立てた。
「今、姫様が粉状アーモンドの正式名称の明かさなければ、私は余計な連想をしなくて済んだのですが。何故いちいちプードルの話をしたんですっきゅ?」
「私だけが念仏を唱えながらお菓子作りをするのはフェアじゃないからですわ」
「この姫はほんっとにもう…」
前々から彼女は手のかかる姫だと聞いていた騎士だったが、いよいよ自分にもそのお鉢が回って来たかと肩を竦める。
数分後、当然彼女らは一度植え付けられた想像を脳内から追い払うことは出来ず、案の定、厨房をドッグランに変貌させることになるのだった。
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