【午前8時15分、ボクはきっと担当さんに抹殺される(確信)】

うさぎパイセン、オーナーはもうダメだ。

【午前8時15分、ボクはきっと担当さんに抹殺される。(確信)】



「書け。とにかく書け。」


 無料のアプリで通話しつつボクは半泣きで相手にすがっているというのに。


「やだよォ、もうやだよォ」


「言葉で殴れるならお前のそのたぷたぷもっちりん尻に非愛100発怪力拳をお見舞いしたいんだが…」


 目の前のPCには文字の羅列。入ってる赤い線と修正箇所。


 まっかっか。


 ボクの目、今血の涙でも流れてるの?と言うくらい目の前には赤き画面…。


「大体な、お前才はあるんだ。なのに…」


 スマホから相手が大きく溜息をついたのが地味に心にくる。


「その計画性のなさがなあ。だから担当さんにその厄介な性質を話しておけと」


「ふえええええん」


 恐る恐る目を擦る。やっぱり今血の涙が出てるんだ。画面から赤いのが消えないよお。


 救急外来って眼科やってるのかな。


「書け。とにかく書け。」


 音声は非情だ。


「担当さんに好かれたいんだろうが」


 ビクッ。


「ボボボーボ・ボーボボボクは」


「小ネタはさんどる場合かい。書けや才能の塊」


 ボクに向かってそんなカッコイイこと言いやがって。さすがお隣のおばあちゃんだぜ。


「ハァ、なんでこんな馬鹿があの人の孫なんだろうねえ。


 …いやあの人もだいぶんアレだった。


 馬鹿の孫は馬鹿だった。


 兎に角 あたしがタイムリミットまで付き合ってやるから書き上げて担当さんとの約束果たしな。


 仕事しなよ苦学生さん。」


 そうスパンッとクロコダイルを一刀両断するかのように言い切ったお隣のおばあちゃんに背中を後押しされ、ボクは

 ようやく目の前の現実に向き合った。ムキッ!


 …そして逃げる!


「と思ったからあたしが来た」


 お隣にずもももん、とグレーロマンス長髪パーマのイケてるおばあちゃん、略してイケおばあが窓ガラス開けて入ってきちゃったよおおお。


「ホントねえ、馬鹿だよねえ」


「だってだってだって」


「担当さん」


「ビックン」


 かいしんのいちげき♡


「改心もしような」


「ひゃい」


 とりあえず縛ろうか。


 とボツンと言い切ったおばあちゃんの両手には、何故か赤い縄と…見たくない、らいふりーとか書かれているロゴのそんなものなど見たくない!色んな意味で夢が…夢が壊れる…。


「大丈夫だよ、とりあえずはまだお世話になっちゃないさ。亡き姑が遺したものだよ。

 まあ、あたしくらい歳だったらあと20年後は大体みんな紙オムツで余生を過ごす。らいふりーはいいぞ」


「やだよおおおおお夢と希望壊さないでよおおおお」


「大体お前も16年前の2歳まで紙オムツで人生過ごしてたろが。夢も希望もあんだろまじでさ。


 ちなみにらいふりーとお前がいっぱいちゅき♡だったまみーぽこは同じメーカーのゆにちゃーむさんだ。


 コレをマメ知識に使え。


 お前の才で…世を救え…!」


「書くよおおお書くからもういい歳して厨2用語話さないであなた見た目ちょうカッコイイイケてるおばあちゃんん…ア゙ッ…イダア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」


「おおワンブレス。そしてあまりの心痛で唇を噛み切っとる」


 おばあちゃん、ボクの頭をヨシヨシしつつも手際よくボクは椅子に括り付けられた。両手はキーボードの上だ。




「うえええん身体拘束うううう虐待いいいい」


「必要あらば荒療治も」


(`・ω・´)キリッ。

(´›ω‹`)フエエ…


 おばあちゃんは上のようなお顔で今度はトンファーを装備した。お前はひばりきょうやか。

 ちなみにボクは下のようなお顔でやっとPCへと目を向け手を動かした。



 兎に角、書こう…書くんだ…社会を生きる人間の尊厳を護る戦い…担当さんとの約束…そして横にはイケてるおばあちゃん。手にトンファー。


さあ、早速赤修正開始!ボクの戦いはこれからだ!


カタカタン。マウスとショートカットキーを操作し、赤が入った該当部分をズームアップ。


「眼球フェア…?」


 やることないし。と一緒に見てくれてたおばあちゃん。


 目を点にしてる。眼球なだけに。


「ああ、担当さんわかってたんだ…打ち間違いだよ。

 ちゃんと『球根フェア』に修正の赤文字表示してくれてる」


「なんで眼球…」


「疲れてたんだろうねえ」


 とりあえず眼球フェア、の部分をショートカットキーで一括変換。


 目視できてるうち、5分の1くらいは赤文字が画面から消えた。


 サテ、次。



「なんだコレ、枯葉マーク…?」


 あ。コレは。


「ごめん素で書いてた。


 高齢者の車に付けるあのクローバー型のやつってもみじマークなんだね。今知ったよ…」


「………貴様今光の速さよりも尚クイックリーに地獄に送ってやろう首を差し出せHarryHarryHarry!」


「ごめんボク英語で単位落としたことあるから意味通じないよ」


「くだらんもの書くより一般常識勉強しろ学生」


 この行為全てを否定する発言やめてよお。


 ドッスンドッスンと手刀でおばあちゃんに首カックンされつつまたショートカットキー発動。


 首だけは太いね♡と担当さんから初対面、初会話で褒められてた自慢の首だ。

 おばあちゃんからのわりと鋭き爪もなんのそのさ!



 …担当さん…。


 担当さんのショートカットの黒髪が頭を過ぎる。


 ボクは首よりお尻を褒めて欲しかったんだけどなあ。結構良い感じに育ててるんだけど…。



「コレは」


「ああ、単なる表記ミスだね。普通の幼女だったのにいつの間にか手が3本生えてる。


 両手でご飯を食べてるのに右手からお箸置く表記漏れで幼女からもう一本右手が増えてお父さんへじゃれてる形になってる」


「この子はクリーチャーなのか?この話は異形ファンタジーなのか?」


「大丈夫、普通の現代日本の青春恋愛のお話だよ。


 でも流石だなあ担当さん。

 ちゃんと【※表記漏れです(;・`д・´)!】って。

 顔文字可愛いよなあ。


 あの二の腕にに包まれたいなあ」


「…」


「そんなゴミを見つめる目をしないで」


「…まあ…いいよ。

 性癖は人それぞれ…


 …オイなんでいきなり幼女が小学校入ってトイレ掃除する場面で女友達が幼女に


『トイレの…10年先も一緒にいたい』



 …?


 お前は何を言ってるんだ…?


 コレは看過できんぞ。

 お前の性癖ならばコレはもうアウト。


 今からちょっともしもしポリスメンしていいか」


「あ。コレ多分外出先にスマホで打った部分。

 バイト前で急いでたし予測変換そのままタップしたんだろうね。


『トイレの…すのこ?ってゆうの?アレどうしたらいいのかなあ』


 って書くのが本来の流れだよ」


「すの部分はどこ消えた」


「ボクのスマホン、すと1文字入力すれば」


「すいませんと予測変換」


「おばあちゃんも小ネタ挟まないでよ。心無い指先の謝罪しちゃうよ」


「いい歌よな、ぐろてすく」


「まあ、歌はデータ送った後にカラオケで熱唱しよーよ。


 話戻して。

 す→好き

 からボクのスマホン、変換機能キノコのAIさん入ってるからそこから


『10年先も一緒にいたい』


 って勢い余って」



「大事故が起きたな」


「いやん」


 カタンカタン。


「しかし担当さん何者なんだ…?


 なんで


『此処はすのこの変換ミスですよ(*´艸`)』


 って書けるんだ…?


 普通『何を書いているんだお前』ってならんか?


 アレか、お前と担当さん実は昔の知り合いか?」


「ううん。大賞の受賞通知メールからのまだ3ヶ月の長さのご縁。


 初めてリアルで会った時に『キミ預貯金ほぼ定期にぶっ込むタイプでしょ』って見抜かれた。


 その時に見えちゃった大きな漆黒の瞳にボクのハートも射抜かれた。


 その夜性欲込みで好きなの自覚して添い寝してくれてるうさぎのぬいぐるみを担当さんのお名前に改名させた。


 ハー、好き。

 許されるなら1回お願いしたいなあ。


 担当さん…ホント頑張るね…」


 キーボードから手を離してボクは手を頬に当ててその部分がちょっと桃色に染まり。


 はふん、と溜息。



「担当さん目を合わせてはいけない系の妖怪?」


 なんでかおばあちゃん、目が死んでいる。

 やめて。あなたに死は似合わない。



「というか若者、落ち着け。


 その言い方だと仕事だかシモだか、

 どちらの頑張るかわからん。


 下ネタは好き嫌いガッツリ分かれる」




「担当さん…あのチャーミングな笑顔で


『納期遅れたら社内メールで


【膜も破るし】大賞受賞新人、エロサイトの見過ぎで締切破る【血祭り開催】


 ってキミが泣くまで公開処刑ショーを殺りますね(,,>᎑<,,)♡』




 って…♡


 ハー、そんなイジワルなとこも…ふふ…好き…」



「ここで読むの辞める人は大幅に出るだろなあ。

 ……もうあたし帰っていいか。」


 こめかみグリングリンと拳でねじり回しつつ外を見た。





 もう夜は明ける。



 太陽は昇る。




 担当さんに想いを馳せていたら…。



「…今何時よ」


 おばあちゃん、歴戦の戦士がラストバトルを終えエンディングを迎える前の少しくたびれた感を出しつつ片手で髪をかき上げた。


 そして日を浴びつつ右のトンファーを放ってから1本紙タバコ、確か…マルボロを咥える。愛用しているらしい。


 ボクは喫煙しないから良さは分からない。


 残ってたもうひとつのトンファーをドスッとベッドへと投げて。


 火をつけて、日を吸う。



「こうなったら」


 最後の手段だ。


「…時を戻そう」




「イイネ!」



 人間、追い詰められると本性が出る。


 それは疲れている時、一睡もしていない時、休めていない時、体力が限界を超えた時。


 それらが合わさりひとを追い詰めるのだ。


 本性、というか。


 優しさ、誠実さ。賢さ、慈愛。


 人間性。


 そういった『善性』が消える。残るのは『性悪説』に基づく【生まれながらの悪】。


 つまり━━━━━━━━━━━━━━━。





 午前8時15分。


「おはようございます。タイムリミットです。」


 男性にしては少し高め。だがしかし、女性では絶対に出せない男の声。


 彼が電話越しでなく勿論電子の海に0と1で作られた電書の手紙を彼女宛へと流した訳でも無く。


 彼女が実際に生きて校正箇所を書いてる部屋に貰っていたスペアキーを差し込み回して。


 明ける。


 時間が流れる。


 彼女たち…お隣で爆睡している老女は確か彼女の隣人、


 彼女が『オヤガワリデスンッ』と謎の自慢をしている素敵なご婦人だ。


 PCから太陽は昇る、という曲名らしいそのゲーム音楽を反転再生していた。


 その横にある時計は何故か表示が昨日の9時。


 その謎の舞台設定で白目剥きつつカタンカタン担当さんしかカタンとうわ言を呟きつつ彼女が赤い縄で椅子ごと着る毛布の上に亀甲縛りされ…


 いや、それ以上はちょっと表現に困る。


 下ネタは好き嫌いがハッキリ分かれるので。







「お疲れ様です」


 トントン、と手刀で頭を撫でるように叩く。


 いつも会う時に綺麗にされているのに口元むにゃむにゃさせつつ白目剥いてるのが何でか隙だらけで可愛く感じる。


「ハッ」

彼女の目の焦点が少しづつ定まっていく。


「モゾモゾモゾッシマッタ…担当さんの幻覚が見える…担当さんが縛る…ハートを縛る…赤縄で縛ってくる…」


 …いや、俺にそういう趣味はなく。


「進捗どうですか」


「進捗、」


「進捗。」


「ヒィ」


 コココココココッコレハ、と朝告げ鳥のようにどもった声で言い訳を考え始めた彼女をそっと退けて。


「確認しますね」


 横で彼女が思っいきりゴックンと息を飲んだ。その器官を纏う彼女の首は照れ隠しで太いと言ってしまったが健康的で俺は好みだ。


「ややややややああああのま、まだこの時計は昨日の9時ですまだこの部屋の現地時間は午後9時なんですっ」


 半泣きどころかほぼ全泣きで慌てる様を他所に確認作業を進める。


 …やっぱり。



 手続きを彼女の代わりに済ませ。


 印刷会社へとデータ入稿。

 電子の海を渡り0と1で作られた彼女の優しく甘い物語は半ば永久に紙とインクで彩られて現実の世に残る。


「ありがとうございました。

 やはり、あなたは



 天才というしかないですよ、信貴しきさん」


 ぽかん、とした彼女にいたずらっぽく笑う。


「意識飛ばしても意味の無い時計の針を戻しても。


 結局俺との約束の時間までにきっちり仕上げてしまえるんですから。



 あなたのペンネームそのものの書き方ですね。」


 信じることは貴い。


 しきは、志喜とも。


 志して喜ぶ。


 志す喜び、信じる貴さ。




「頑張ったね!」


 サムズアップして、扉を明けた。


 光差し込む部屋に、はんなり桃色に染まる作家の卵と、


 ほんのりまるまる熟成された銀灰色の絹の河に揺蕩う戦いの夜を共にしたワインが美しく煌めいていた。







【おしまい!】







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【午前8時15分、ボクはきっと担当さんに抹殺される(確信)】 うさぎパイセン、オーナーはもうダメだ。 @shinkyokuhibiki

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