第40話「生まれゆく光」

 ラストワン王家の末裔が誕生した夜明けから数刻――昼前の陽光に照らされレインは目を覚ました。


「――んん……」


「「レイン!」」


「ん……オルビアナ、ソフィア……――と、鬼?!」


「ようやく目を覚ましたのう、 “ 破壊の ” 」


「誰だアンタ、いつからいた?!」


「生意気な小僧だな! 今朝もお前さんらと同じ空間に居たんだがのう……」


「今朝――」


 竜王の子が産声を上げた後、レインは再び泥のように眠ってしまった。いくら契約による無尽蔵の魔力供給があろうとも、やはり〈最強の悪魔ハットベル〉に身を貸した代償は深く――新たなる王の誕生に鼓舞され一時的に回帰を遂げたとはいえ、覚醒の対価たる失神を無きものには出来なかった。


「――そう言えば……チャオとシャオは?!」


「無事だ。文字通りのう――」



***



 ――竜王の間を同じくする最上階、別室。だだっ広い部屋の壁は廃墟らしくガラ空きで、その穴々から吹き抜ける風はこれまた襤褸ぼろのカーテンをふわりと揺らす。そうして侵入を試みた柔らかな風は、ベッドに眠るチャオを優しく撫でていた。野望を砕かれたまま気絶した彼女の顔は、何処か少女のようにあどけなく――その晴る心境を投影したかの如く澄み切った青空は、まだその日の最中だと言うのに夜更けの死闘を嘘にしてしまいそうであった。


「――ン……」


 その光景は見知らぬ――否、20年前見た事がある筈の天井。


(ワタシもあの後、気を失ってしまっていたのか……)


 仰向けの上半身をゆっくりと起こし、自身を包んでいた布に触れる。


(洗いたてのシーツ……首をハネられていてもおかしくないというのに、わざわざ――)


 えも言われぬ情緒と寝起きの微睡みに苛まれる中、部屋の扉がゆっくりと開く音がした。


「! お姉チャン、起きたんだネ……!」


「……シャオ」


「ア、ソノ……竜王サマが、お呼びネ――」


「!」



***



「おはようございますチャオ、起きて早々来て頂いてありがとうございます」


「竜王サマ……」


 竜王のすぐ側を見れば、彼女にぴたりと寄り添う形で産まれたばかりの小竜が佇んでいる。


「クーロン――この子の名です」


「良いネ……」


「チャオ、貴女には礼を言わなければなりません――私とこの子……そして軍を導いて下さり、ありがとうございました」


「?! 何を言うネ、ワタシは連邦軍のみなを蔑ろに――」


「軍の皆様は負傷こそあれど、命は誰一体ひとりとして欠けていません」


「――ワタシは竜王サマを利用した挙句に殺そうと……――」


「しかし旧体制派の者たちと相対した時、貴女は私を生かそうとしてくれました」


――『!!! 旧体制派か――シャオ、!!!』


「……!!!」


「私の秘覚は一度だって貴女を敵だと認識した事はありません。貴女に殺意が無い証拠です」


 殺したはずの躊躇は、奥底で生き続けていたようで――。


「――ワタシの敗因は、アナタを標的に勘定したコトネ……」


「ドラコーンとマンドラの奇襲を手引きしていたと言うのは驚きましたが、どの道ドラグーンを出れば想定外の襲撃は避けられません。寧ろ敵の動向をロズの精鋭を加えた2師団に絞れた事は、かえって良かったとも言えます。そしてチャオの考えた掃討作戦は、軍の意表を突くにせよ無欠過ぎました。だからこそ、軍と私たちを生かしてくれました」


「……逝ってもらうはずだったのに、どうやら皆を想い過ぎたようだヨ。ワタシも弱い人間だネ」


「いいえ、優しさは弱さではありません。現に我々は、貴女の優しさに救われました……ところで、今の心持ちは……」


「フッ――スッキリしてるヨ……あのコたちとマジェンガが諦めさせてくれたから――ココロのドコかで、ワタシを止めてくれる壁を探していたのかもしれないネ……」


「チャオ……――私は貴女を、 “ ヒトの王 ” にするつもりでした」


「……エ――?」


「貴女たちの母君、ハオの勇姿に理解させられたのです。真の共存は、まずはヒトの王を作る事から始まるのだと。そうでなくては竜種本位の風潮は変えられない。しかし我々ラストワン家の血にこそ忠誠を誓ってくれる民もいます。そこでチャオとクーロン、ヒトと竜ふたりの王が平等に立つ。それが最たる和平への最初の一歩なのだと考えました……話しておくべきでした。貴女に不満を抱かせてしまったのは私の落ち度です。もしチャオが私と同じ未来を願ってくれるのであれば――」


「――いや、遠慮するヨ」


「……そう、ですか……いえ、急な話です。言い訳がましくても仕方の無い事――」


「――そうじゃないヨ。竜王サマはワタシたちに嘘を付かない、だから信じてる――ソレはソレとして、ワタシ新しい目標が出来たネ」


「目標……?」


「―― “ 四天王 ” を目指すヨ。今度は滅ぼす為じゃなく、大事な時に大切な国を護れる権力ちからを得る為にネ」


「!」


「だから竜王の座はクーロンひとりへ譲るヨ。どうしてもヒトの指導者を立てたいならシャオに頼むネ、あのコは誰よりも優しいから……」


「チャオ……」


「図々しいケド、許して頂けるのなら今まで通り仕えさせて欲しいヨ。四天王を目指すにはヒトの時間では長く掛かるしネ。それまではワタシは竜王サマの従順な片腕ヨ」


「……チャオ、今日が何の日かは覚えていますね」


「母の命日……忘れられないヨ」


「私はあの日、ハオから貴女たち二人の未来を託されました――」


――『チャオとシャオあのコたちを任せたヨ――あのコたちは、ハルジリアこの国の “ 新しい光 ” だ』


「チャオは自分を『従順な片腕』と言いましたが……私はあの日より、貴女たち二人を本当の我が子のように想っていました」


「――ア……――」


――『マーロン、今日も勉強教えて欲しいネ!』

――『ハハッ、任せてヨ、マーロン』


「――……ワタシたちも……アナタを、本当の……!!!」


 天使の瞳が、溢れる涙に煌めいた――。



***



「改めて、オレ様がバクア王国 “ 国王 ” にして “ 四天王 ” が〈炎王〉――マジェンガ・キングスターだ!!!」


「こ、国王?!?! アンタ、国王やりながら “ 四天王 ” もやってんのか?!」


「まあのう。しかし現四天王は皆、各々重要な役割と協会最高幹部とを兼任している。オレ様だけがこうって訳じゃあないぞ」


「そういや〈剣王〉パーシヴァルもブルガリス帝国の騎士団長って言ってたな……しかしアンタが来てくれたおかげで竜王様も皆も助かったんだな、ありがとう〈炎王〉!」


「なんだ、素直な小僧だな! ガッハッハッ、気に入ったァ!!! それにしても、オレ様とて来てみるまではまさか相手が天術使とは思いもしなかったがな!」


「そうだ、そういや竜王様はどうしてチャオとシャオが天術使だって秘密にしてたんだ?」


「チャオとシャオの母親との “ 約束 ” だと言っておった……『ヒトにも竜にも傷つけられないよう一切口外しない』というな」


「そっか……てかアンタ、すげえ竜王様と仲良いんだな!  “ 契約 ” までしてたとは驚いたぜ」


「ありがたい事に信頼を寄せてもらってるわい。もし国が壊滅するような事があれば、外部で信じられるのはオレ様なんだと――その思惑が功を奏したわけだな! まあたった三人、お前さんを除けば国内で大臣としか交わさずにいた契約を、まさか異国人と結んでいたとあれば問題になりそうなのは明白だ。それ故にオレ様との “ 契約 ” も黙っていたんだろう」


「竜王様の守った秘密がピンチもチャンスも作ってくれたって訳だ」


「初めに見た時は、てっきりお前さんが首謀者なのかと思ったわい。それだけの “ 悪性 ” を隠しておきながら、まさか味方とは……」


「あれ、そういやチャオはハットベルに気付いてなかったよな……」


「――ん? お前さん今なんと……?」


「え? ハットベル――」


「――何ィ?!?!」


 その王の叫びは、竜宮城が伸び縮みしそうな程にこだました。


「〈最強の悪魔〉ハットベル……まさか、お前さんに宿っているのか――?!」


 マジェンガは奥底まで見透かすかのようにまじまじとレインを見つめる。


「……ふうむ、それだけの “ 悪性 ” 。認めざるを得ないのう……チャオの奴が見抜けなかったのは、単に秘覚の強度の度合いの違いだろう。オレ様のように真に秘覚を目覚めさせていれば、お前さんの奥底に眠る異常にも気付ける……しかし悪魔を共存させる天術使がいたとはな……」


「破壊の天術の “ 天性 ” とハットベルの “ 悪性 ” が拮抗してるだとか何とか……魔学の勉強なんて全然してこなかったしな、俺には何が何だかさっぱりだ」


「ほう……ならば良い機会、四天王たるこのオレ様が直々に教えてやるかのう!」


「ん、急」


「まあ、聞いておいて損は無いんじゃないかな……?」


「その通り、メモのご準備をォ!!」


えって」


「まずは魔力の “ 属性 ” ―― “ 炎 ” “ 水 ” “ 樹 ” “ 地 ” “ 光 ” “ 闇 ” “ 雷 ” “ 風 ” からなる8つの自然属性と、そのどれとも分類されない “ 無属性 ” がある。見たところお前さんら三人共、主属性オーダーは “ 無属性 ” だ。一つの属性に対する特化が無い反面、偏りが無い故に全ての属性を満遍なく強化出来る可能性型と言えるわい」


「炎と樹と地、それに光と雷は天術使とも会ってるな」


「勿論残る水、闇、風にもそれらを司る天術使がいる。風に関しては長年継承者の情報がサッパリだがのう。その他無属性に当たる天術は “ 命 ” “ 死 ” “ 盾 ” “ 力 ” “ 創造 ” “ 破壊 ” “ 時 ” “ 空 ” “ 星 ” ……そして最後のひとつに『最も自由な天術』があるとされているが、どういう訳かそれだけは一人として継承者が記録に残されていない……――と、少し話が逸れたな。 “ 属性 ” 以外にも魔力を分類する種別が3つ存在する。1つ目に “ 格性 ” 、これには “ 天性 ” と “ 悪性 ” がある」


「確か天術使は天性が高くて、悪術使は悪性が高いんだろ?」


「ああ。天術使以外にも妖精や聖職者、世界樹の番人といった神聖な存在は天性が高い。後は他者から敬われるような徳を積めば、少しずつだが誰でも天性を上げられるぞ。ちなみに “ 格性 ” を “ 天性 ” で10割満たすと “ 神格化 ” という状態スキルが得られる――が! マーロンのように長命種ならともかく、せいぜい百年前後で散るオレ様たちにとっては至難の業だな。そしてそんな “ 天性 ” とは真逆、悪魔を始めとして非友好的な魔獣レイド、罪人、そしてオレ様たち鬼種が多く持つ “ 悪性 ” 」


「ああ、アンタの魔力がオズワルドの奴らに似てるのは鬼だからなのか」


「……む、オズワルド……? まさかあのオズワルド家の話をしているのか……?」


「あ」


 そこからの説明は投げやりであった。


「な……そ、そうか。確かにオズワルド家ならハットベルを憑けている事にも説明が――付かんな! んんん……!!! ――よし、話を聞く限りお前さんは血統の被害者……大丈夫だ。誰にも話さん、ただオレ様ひとりの頭に留めておこう。とりあえずこれ以上軽率に生い立ちを話すな、ハルジリアにいる内は尚更だ! 数百年前――悪魔狩りの為にこの国に現れたオズワルド家は、千余りの国民の命を生贄とし〈竜の悪魔〉を召喚したと伝えられている。そしてそれが開かれつつあった竜のヒトに対する心が、より強く閉ざされる事になった要因の一つとも……いいな、マーロンには特にだ。絶対に言うなよ!」


「わ、解った……」


「ゴホン! ―― “ 天性 ” と “ 悪性 ” に話を戻そうかのう。魔学的には『同程度の魔力を込めた術式の撃ち合いでは、 “ 格性 ” のいずれかが高い方が打ち勝つ』というのが定石。破壊の天術、そして神眼……それら抜きで見てもお前たちは総じて天性が高いぞ。情報だと幾つか国を相手取ったらしいが、その賜物だな」


「ソフィアもだって、流石だね!」


「そ、そうなのかしら……?」


「俺は秘覚がまだまだだからやんわりとしか感じ取れないんだけどよ、何かこうもっとハッキリと見分けるコツとかあるのか?」


「そうだのう…… “ 天性 ” は『ファ〜……』って感じだ! そして “ 悪性 ” は『グオォン……』といった具合で」


「え、その感じでメモ取らせるつもりだったの?」


「『ファ〜……』ではなく『シャララァ〜…』でも良いぞ」


「解らねえって」


「ふむ、まあ『習うより慣れろ』だ! ――続く2つ目は “ 役性 ” 。自分にとって有益な存在は “ 同役 ” 、反対に害を及ぼす存在は “ 敵役 ” を示す。敵味方それぞれに宿るこれら違いを見分けられれば、今回のチャオとシャオのような離反は未然に防げるようになる。秘覚で感じ取るにはまだまだ訓練が必要だろうがな」


「確かにそりゃあ見分けられれば便利なんてレベルじゃねえな……!」


「ちなみに “ 同役 ” は『グオォォ』っと」


「いいよもう感覚の話は。 “ 悪性 ” の『グオオ』と違い解んねえし」


「違う “ 悪性 ” は『グオオ』じゃない、『グォオングワン……』だ」


「さっきと変わってるじゃねえか」


「……まあ良い、そして3つ目に “ 質性 ” 。これは少しややこしくてな……善人には “ 善質 ” 、悪人には “ 悪質 ” を示すが、善悪の基準は相手の主観に依存する。つまり一般的に悪とされる行いを企てていたとしても、相手がそれを真に善き行いだと思い込んでいればこちらに示される質性も “ 善質 ” になるんだ」


「――あ。今まで呼び方を間違えて覚えてたかもしれねえな……」


「うむ。 “ 悪質 ” と “ 悪性 ” をはじめ、 “ 格 ” “ 役 ” “ 性 ” “ 質 ” は混合しやすい、間違えないように――ところで “ 破壊の天術使 ” よ」


「ん?」


「お前さん、 “ お嬢 ” に……第198代魔法協会代表〈魔王〉アリア・ベル・プラチナムに会いたいそうだな」


「?!」


「ごめん、レイン! レインが目を覚ます前に、僕がマジェンガさんに聞いたんだ……『協会最高幹部 “ 四天王 ” として、レインを会わせてあげられないか』って」


「うむ。だが解せぬなあ? 会ってどうしたい、何がしたい? オズワルド家だという凶報も加わった、答えようによってはオレ様は心まで鬼にしなくてはならないぞ――?」


「――」


 レインは即答出来ない。その理由はかつてドロス騎士団長と『アリアを目指すに当たって〈剣王〉パーシヴァルに協力を仰げないか』を話した際に出た結論と同じ――今〈炎王〉より向けられる訝しげな視線が示す通り、世界にその名を轟かせる “ 四天王 ” が忠誠を誓う代表と一戦交える意志を示そうものなら、彼らを敵に回しかねないからだ。


「答えられない理由、か――」


「……ッ!」


「――……ガッハッハッ!!!!」


「「「?!?!」」」


「いやはや、すまなんだ。実はさっき “ 秘覚 ” の話をしたのはな、オレ様がお前さんたちに感じるを知識として理解しておいて欲しかったからなんだ」


「前提……?」


「うむ。お前さんたちには聖人特有の “ 天性 ” 、善人特有の “ 善質 ” 、そして少なくともオレ様と仲間たちには害をなさないであろうという確信を持たせる “ 同役 ” ……その全てを強く感じている。まどろっこしい魔学的な言葉抜きで伝えるなら、という事だ」


「マジェンガ……!」


「そこでだ! お前さんを信じお嬢を目指す理由は聞かない事にしてやる。加えてお前さんがお嬢と会う為の方法を教えてやろう」


「! 本当か――」


「――ただし!!! 交換条件だ、お前さんたちには手伝いをしてもらう!!!」


「『国を取り戻す』……? てか、 “ 四天王 ” のアンタが他人の手を借りる程の事って――」


「――それって」


 王へ問い掛けたのは、沈黙を破ったソフィアであった。


「 “ 魔薬ニコ ” が関わってるの……?! あなた、大臣がアレを使ってるのを見て言ってたわよね……?!」


――『!!! アレは “ 魔薬ニコ ” ……?! ……そうか、この国に――しかしまさか大臣が買っているとは思わなかったがのう……』


「――ああ。大いに関係しておる」


「「!!!」」


「自分の国があんな物を作っているって知っておきながら止めていないなんて――あなた、それでも “ 四天王 ” ?!」


「……お嬢ちゃん、あの薬に因縁があるようだな……すまない。オレ様の力では、未だ製造を防げていない……」


「!」


 深く誠意を示す王の表情に、思わずソフィアも猛る心を鎮める。


「『国を取り戻す』と言ったが、実質的に『一人の術使を倒す為の大戦を起こす』と言い換えても良い」


「 “ 四天王 ” が大戦を――それも、たった一人の術使を倒す為だけに……?!」


「そうだ――敵軍の名は “ 水帝軍 ” ! そして倒すべき将の名は “ 水の妖術使 ” ――〈水帝〉サミュール・ラピスブルク!!!」


「! ラピスブルク……?」


 ソフィアはその名に覚えがあるのか、ひとり口元に手を当て考え込む。


「 “ 妖術 ” って……」


「妖精との “ 契約 ” で得られる、『限りなく天術に近い』と言われる魔法だよ……! それなら確かに、〈炎王〉が攻めあぐねるのも納得がいく……!」


「――半年前の事だ。代表と四天王が一堂に会す “ 円卓会議 ” でオレ様が国を空けた日、奴らは領土のおよそ6割を占拠してしまった。以降、向こうの動向は不透明だった……急速に闇で出回り始めた “ 魔薬ニコ ” の製造をあろう事か奴らが行っているという事実に辿り着いたのも、つい最近の事だった。すまない……!」


 マジェンガは語りながら安坐を組むと、お辞儀の勢いで地に強く頭を打ち付ける。その音がしばらく鳴り響く程の衝撃であったが、〈炎王〉は狼狽えない。これが一国の王として示すべき、被害者かもしれぬ青年らへの誠意だと考えているからだ。


「例え今日という日と出会いが無くとも、直にオレ様たちは攻め込むつもりだった……それは半ば犠牲を覚悟した闘いだ。だがお前さんたちが共に狼煙を上げてくれるなら!!! ――それも変えられる……!!!」


 彼は頭を着け続ける。一国の王が、世界の協会の最高戦力が――その時間を破ったのは、同じく天術を持つ者。


「ならるしかねえよな――なあ、ソフィア!」


「ええ」


「! 本当か?!」


「当たり前だ。俺はアリアに近付ける、ソフィアは “ 魔薬ニコ ” を消すって目的を果たせる……むしろらせてくれ!」


「お前さんたち……!」


「オルビアナは――」


「勿論闘うよ、 “ 相棒 ” だからね!」


「決まりだな! だが “ 四天王 ” が苦戦する程の相手、もう少し仲間が欲しいところだな……」


「あの、単純に他の “ 四天王 ” の力を借りる事とかは出来ないのでしょうか……?」


「絶対不可能という訳では無い……だが、歴史的に見ればサミュールがバクアを占拠する事には正当性がある」


「! そうだ、思い出したわ……バクア王国王家、ラピスブルク――!!!」


「よく知っているのう、その通りだ。オレ様以前にバクアを治めてきたのは、キングスター家ではなくラピスブルク家。故に長い目で過去を辿れば、奴が国の支配権を取り戻す事に大きな違和感は無いと言えよう」


「協会お得意の『世間体を気にして “ 四天王 ” を動かせません』ってやつね、もう慣れっこだわ……」


「――そうだ、良い奴がいるじゃあねえか……!」



***



 ――砂漠に囲まれた島国の園。明るく賑わう市場を地に、そびえる宮殿の一室でベルが鳴る。


「私だ。……?! こ、これはこれは……!!! うむ、うむ……承知した! ……おーい、ライデン!!!」


「?」


「レイン殿からだ……!」


「なんやて?!」


 ライデンは父より受話器を受け取ると、足早にその向こうの友へ語りかける。


「おう、久し振りやな! おう、おう……何やて?! かあ〜、そりゃ〈炎王〉と武功を上げるチャンスやな! ええで、やったろうやないか……俺が次期 “ 四天王 ” に成る為の足掛けや――!」



***



 一度ロズへ帰還した後、改めてバクア王国を訪ねる事を約束した一行。


「――……はい、契約の解消が完了致しました」


「おお、綺麗に消えたな〜竜王様の印!」


「本当に良かったのでしょうか? 私は結び続けても構わなかったのですが……」


「良いんだって、竜王様に魔力貰い続けっぱなしじゃあズルいしな。それにだ、この契約は秘密兵器だろ? あちこち行っちまう俺なんかより、竜王様は自分の国の為に使ってくれ」


「解りました……お心遣い、感謝致します」


「おう! それより本当に良いのかよマジェンガ、航空機これ借りちまって」


「うむ。ロズまでは遠かろう、だがそいつを使えばひとっ飛びで帰れるぞ! 何せ協会が四天王オレ様たち専用に造った特注品だからのう、そこらのものとは性能が段違いだ!」


「え、四天王専用?! そんな良いもん借りられねえよ!」


「ガッハッハッ! 良い良い、マーロンを助けてくれたほんの礼だ! 一週間後の夜にバクアから迎えを寄越すからのう、その時に返してくれれば良いわい」


「そうか? ん〜……じゃあ、お言葉に甘えるか!」


「〈炎王〉はどうやって帰るんですか? まさか徒歩じゃ……」


「それなら心配するな! 本当はそんなもの使わずともこことバクア程度の距離なら行き来出来るからのう、ガッハッハッ!!!」


「使わずともって、どうするつもりだったんだ?」


「オレ様は普通に飛んで帰るぞ、炎で飛べるからのう!」


「な?! 魔力切れで落ちないでくれよ……?」


 レインはいつぞやに飛来した雷神を思い出していた。


「ガッハッハッ! 案ずるな、己の可不可を見誤る程青くないわい!」


「……確かに、それもそうか! ――チャオとシャオは、これからどうすんだ?」


「今まで通り、竜王サマに仕えながら――コレからは積極的に、外の国民らとの和平を図ろうと思うヨ。共謀という経緯ではあったが、旧体制派とは会話が成り立たなかったワケじゃあない。彼らが我々を拒む要因が意地プライドだけなら、話し合う余地があるんじゃないかと思えたんだ……きっと、お母サンもそれを願ってた――」


 チャオは思わず母の眠る方角へと振り返る。しばしの感傷、後に決意――。


「――そして隙あらば、 “ 四天王 ” の座を奪うヨ!」


「何だと?!」


「――最も……今回のような汚い真似はもうしない。強くなって、いずれ証明するヨ――誰がその椅子に座るのに相応しいのかを、ネ」


 数刻前とは違う、凛々しく堂々たる彼女の決意と表情に〈炎王〉も不敵に笑みを返す。


「……フン、言ってくれるわい」


「ワ、ワタシも……! 誰が相手でも、大切な人たちを護れる力が欲しいから……お姉チャンと一緒に、つ、強くなってみせるヨ!」


「ははっ、良いじゃん!」


「呼ばず呼ばれずとも、キミたちとはまたドコかで会える気がしているヨ。その時はお手柔らかにネ?」


「おう。生きのびて会おうぜ!」


 レインが差し出した手に対し、チャオは初めて袖をまくって素手を伸ばす。


「!」


「初めて顔を明かした時も言っただろう、 “ 作法 ” ヨ。別れの時まで隠しゴトばかりじゃ失礼だからネ」


 交わした白く小さな手には、レインにあったものと等しく確かに竜王との契約を証す竜王紋が刻まれていた。それを白昼にさらすという行為には、次こそ君主への忠誠を貫き切ってみせるという覚悟を表す意味も込められていた。


「ほら、キミたちも」


「「!!」」


 レインの右手をシャオへと明け渡した後、続けてチャオはオルビアナとソフィアに向け両手を伸ばす。


「キミたちにも迷惑掛けたネ、本当にすまない」


「チャオ様……」


「大臣……」


「 “ 神眼の ” ……いや、オルビアナ・キルパレス。キミのせいでワタシの野望は台無しだ――……だからキミが来てくれて良かった、謝謝」


「は、はい……!!!」


「ソフィア・パーカライズ、魔薬隠蔽いじわるをしてすまなかったネ。妹が世話になったヨ」


「 “ 魔薬ニコ ” を使ったのは昨日でまだ2回目だって聞いたわ。今なら傷付いた魔修磨路も元に修復もどる……だからもう “ 魔薬ニコ ” なんかに頼っちゃダメだからね」


「ハハッ! 無問題、コレからはキミがそうさせてくれないんだろう?」


「! ええ、必ず終わらせてみせるわ……!」


「……初めて会った時から、キミのなかには “ 光 ” を感じるヨ。キミが輝き続けるなら、ソレはいずれ全てを護る力になる――期待しているヨ、同胞」


「ええ、ありがとう……!」


「――ソ、ソフィア……!」


「シャオ大臣!」


「アノ……ワタシのせいで杖、ゴメンネ……」


「大臣のせいじゃないわ。元々C級時代に町の小さな魔具屋で買った安物だったし……想定以上に酷使し続けたせいね。丁度良い機会だわ、もっと良い物を買わせて貰うとするわよ――今回の仕事で、レインがたっぷり稼いだし!」


「俺の財布からかよ。良いけど」


「お嬢ちゃん、杖を買うならバクアで探すと良い!  “ 東のアストレア大陸 ” では数少ない “ クリスタ魔具 ” があるからのう!」


「クリスタって……『 “ 西のディケーヌ大陸 ” 最高の魔具店』って言われてるあの?! 他大陸の支店ってかなり限られてるって聞いてたけど――あのクリスタ製が手に入るなら、是非そうさせてもらいたいわ……! ――って、戦場に楽しみを持っちゃダメよね。ノヴァに向かう時レインに言った事を自分でしちゃってるわ、ごめん……」


「良いんじゃねえか? 杖はソフィアの相棒だろ? 今までよりもっとずっと良い物が手に入るなんて、何だか俺まで楽しみだ!」


「レイン……ありがと」


「ちょうど “ クリスタ魔具 ” のある街がオレ様たちの現本拠地でのう。いやあ、奴らに奪われなくて良かったわい!」


「そりゃあ運命的だな! 良かったな、ソフィア!」


「ええ、本当に……!」


 まだ見ぬ地に馳せる想いも生まれつつ――いよいよ旅立ちの時が訪れる。


「――そんじゃ竜王様、しばらくの別れだが……必ずまた会いに来る!」


「はい、十年でも百年でも、ずっとお待ちしております」


「クーロン様も、母さんみたいに立派な王様になるんだぜ」


「クルルル……?」


「ふふっ、この子が大きくなったら私から伝えましょう……勇敢なる騎士にして親愛なる天使からの激励だと」


「ははっ! じゃ、元気でな〜!!!」


「何かあったら、いつでも呼んでくださいね〜!」


「もう悪い事はしちゃダメだからね〜!!! じゃあね!」


「皆様、お元気で……!」


「クルルルクアー!!!」


「ガッハッハッ、気持ちの良い奴らだわい!」


「バ、バイバーイ!!!」


「またネ、同胞たち――」


 三人を乗せた小さな航空機が風と共に空へ舞い上がる。次の時代を担う王の子も、淘汰ではなく共存へと道を改めた革命家も、遠い目標へと近付いた若者たちも――戦いを経て、一層希望を鳴らす全ての者が、等しく “ 生まれゆく光 ” なのだ――。

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LosHearts -ロズハーツ- 鈴木巴也 @TomoyaSuzuki

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