第39話「一つの光」

  “ 炎の天術 ” により混沌を煙に巻いた〈炎王〉マジェンガ・キングスターは、天使の宿怨など意に介さず腹を痛める友を慈しむ。


「もうすぐだ……頑張るんだ、マーロン……!!!」


「う、うう……!」


「待てヨ――」


「む……お前さんはチャオ左大臣! 久しいのう、どうしたんだそんなに怖い顔して――」


 その首元に繰り出されたのは亜光速の蹴り――しかしマジェンガはそれを防ぐ姿勢すら見せずなすがままに受け止めたと言うのに、寸分も動じない。


「色々驚きはあるが……その額の “ 光明紋 ” ――光の天術使だったのか……」


「フッ、コトバらしくもっとちゃんと驚けヨ……! ……ウッ――?!」

(マズい、魔薬ニコ切れの代償か……!)


 チャオは副作用に狂う体調を必死に収めようと胸を強く叩くと、オルビアナたちへ静かに語りかけた。


「……巻き込んで悪かったと思ってるヨ。ゴメン……もう、キミたちはいい――」


 次に声色を歪ませると、眼前に立つ鬼の王へ怒気を放つ――。


「ケド四天王を下す野望は今でも変わらない――ワタシの信念の為だ……! こうなればもう浄も不浄も言わないヨ、悪の王にだって成ってやるネ……!!!」


「……つまり、オレ様とるって事か?」


「そうだヨ! そしてオマエの椅子を奪ってやる――母を殺した、竜という存在を消す為に……!!!」


 負傷した体を無理に動かし、チャオはシャオの隣へ瞬く。そして妹の両手を取ると、二人は正しい光に包まれた。


「! 融為天異魔修磨路が繋がったんだ!!!」


 額の紋様が呼応して輝き合ったのち、彼女らの瞳と髪は眩き金色こんじきのベールを纏う。


「シャオ……一緒に壊れてくれるかい?」


「お姉チャン――……うん、解ったヨ……――」


 二人は向かい合ったまま、懐から取り出した魔薬ニコを悠然と飲み干す。部屋には未だ消えない炎の弾ける音と、空になった瓶が地を転がる音だけが響く。


「!!! アレは “ 魔薬ニコ ” ……?! ……そうか、この国に――しかしまさか大臣が買っているとは思わなかったがのう……」


「え――」


 〈炎王〉の言葉に刹那的な衝撃を覚えたソフィアを置き去りに、天術使らは睨み合う。


「「お詫びというつもりは無いケドネ――キミたちにも見せてあげるヨ、の “ 光 ” を!!!」」


 ――いくら四天王と言えども、魔力の消えた国でまともに闘える筈が無い。


「「行くヨ、〈炎王〉……!!!」」


「まあなんだ、色々聞かなきゃいけない事があるが……来いやァ、ガキ共ォ!!!」


 その背後には天まで届く火柱が巻き起こる。


「「派手な演出の為に貴重な魔力使ってちゃ、拍子抜けだヨ!!!」」


 一つの天術と二人の術使は、例え王未満と言えど速さだけは圧倒的に上回る。流石の四天王も完成した天術使相手に驕るつもりは無く――。


「速い相手にはこれだな―― “ 火事場エンフィールド ” ォ!!!」


 大仰な構えと共に術式を叫ぶと、螺旋状に燃え広がった炎が一定範囲を円で囲った。


「「何をしたネ……? まあ良い、距離さえ取れば――」」


 隣合う双子は内側の掌を合わせ、外側の手をそれぞれ敵へと突き出す。するとそこに光の渦が産まれ――。


「「喰らえ――」」


 ――光線が放たれるはずであった。しかし光源は〈炎王〉へと瞬く前に、火炎の示す範囲に触れた箇所から唐突に焼かれ消失。


「「コレは―― “ 絶対領域 ” ……?!」」


「そんなもんオレ様には使えんわい、これはあくまで “ 相対領域 ” だ!」


「「どちらにせよ、強い……!」」


 チャオとシャオは解していた。これは範囲内における自動迎撃魔法だと。


「「ケド、光には着いて来れまいヨ!!!」」


 光速移動、流石の王の火も閃光は捕らえず、瞬きの肉弾戦。


「ヌルいわぁ!!!」


 覇気と共に巻き起こる火の螺旋、爆風に吹き飛ばされた双子は地に腰を着き敵を見上げる。


「「どうして……どうして魔力が尽きない!!!」」


「? ああ、の事か――」


 マジェンガは己の左肩に手を掛けると、躊躇い無く衣服をちぎり捨てそこに刻まれた印を見せる。


「「ソレは―― “ 竜王紋 ” ……?! 待ってヨ、契約は多くて3人が限度だって!!!」」


 それを聞いたオルビアナは指を折って数え始める。


「レインとチャオ様、シャオ様、そして〈炎王〉……あ、確かに4人だ?!」


「いいや、チャオとシャオは融為魔修磨路なんだろう? 魔学的には、魔修磨路は一つで一人。つまり一つの魔修磨路を共有するチャオとシャオは二人で一人と考え、オレ様とレインとやらも契約してるって言うならそれで3人だ!」


「「――!!! そうか、道理で速すぎると……! 南側が海に面したマジェンガの国からハルジリアココまでは、あまりに遠い……ケド――契約の紋章ソレがあったから、ココまで間に合ったのか……!!!」」


「うむ、おかげでオレ様の肩が昨日の晩から光りっぱなしでのう。マーロンの痛みに応えて『鬼さんこちら』と手招いたんだな、だからこそ何時間も前からここへ向け動けた訳だわい」


「「クッ……!!!」」


「しっかし何だお前さんたち、まさかマーロンの出産の影響で魔力を得られない状態のオレ様を殺そうとしたのか。全く……天術使なら天術使らしく、もっと正々堂々勝負せんかァ!!!」


 もはや諦めるしかない……しかし野望の螺旋に巻き込んでしまった青年たちが見ている以上、それを途中で投げ出す事など――。


「「やってやるヨ……〈炎王〉ォオオオ!!!!」」


 正面からの体術勝負、派手に飛び交う光線、一方炎は鮮やかにそれを掻き消し――呼吸を整える事さえ許されない数分の攻防の末、遂に鬼の両手が双子の頭を掴んだ。


「やっとだ、手間かけさせおって……お前たち、頭を冷やさんかァ!!!」


 それを惨たらしく地面へ叩きつけ――。


((コレが “ 四天王 ” ――遠い……!!!))


 ――死合は客観的には四天王の快勝に終幕。


「全く、オレ様に勝とうなんて百年早いわ!!!」

(とは言っても、こやつらは瀕死の体を無理矢理 “ 薬 ” で動かしていたようなもの……オレ様とて正々堂々とは言えたものでは無いのう)


 堂々たる立ち姿にて火事場を制した〈炎王〉マジェンガ。火照った体を冷やそうと一息吐いたその瞬間――。


「――う、うああ――!!!」


 その呻きの主は最たる痛みに耐える竜王マーロンであった。


「「竜王様!!!」」


「! マーロン、しっかりしろ!!!」


 正当なる次の竜王の鼓動に応え、覚醒から眠っていたレインも微かに目を開く。


「……竜王、様……?」


「レイン! そうか、ハットベルの乗っ取りを破ったから復帰も格段に早まっているんだ……!」


「それもあるかもしれねえが……何て言うか、強い力に呼ばれた気がしたんだ……」


「そっか……ならそれはきっと、竜王様の子だ……!」


「うあぁああ――!!!!」


 竜王の闘いは続く――新たなる命の代償、その痛みは永劫続く次の平和を託す為……先刻までの死闘など幻かのように、一同は固唾を飲んでひたすら出生の無事を祈った。そして彼女の叫びが終わる頃、秘覚ある者は命の分離を確信する。


「!!! ――産まれたんだ……!」


「クォォォ……クォォオオ……!」


 それは母と同じ赤き竜――王の血を継ぐ小さな命が、遂に産声を上げたのだ。マーロンは純白のシーツを咥えると、くるむように赤子へ掛ける。


「クォオオオ……!!」


 レインに続き、マジェンガに伸されたシャオもその躍動に呼ばれ目を覚ます。


「……う、産まれたんだネ……新しい竜王サマが……!」


 立場も決められぬまま立ち上がる事さえ出来ずにいると、隣で倒れていたチャオも目を開いた。


「――ウ……」


「! お姉チャン……!」


「シャオ……そっか。産まれたんだネ……」


 眩む視界で芽吹いた命を見つめる双子を、マーロンは聖母が如く歓迎する。


「チャオ、シャオ。もっと近くに来て下さい……」


「「!」」


いや、だってワタシたちは――」


 傷だらけのレインも、先の死闘を水に流すかのように優しく諭す。


「良いじゃねえか。結果的にアンタらの作戦は、竜王様と子供を守ったんだ」


「……ケド……――」


「クルルォオオ……!」


「「――!」」


 自らを招くような儚げな声に呼ばれ、覚束無い足でチャオは歩み寄る。罪の意識に苛まれるシャオは、ただ進みゆく姉を後ろから見守っていた。


「チャオ……抱いてあげて下さい」


 竜王の要求への異議などもはや無く、誕生した命をおくるみごと両腕に抱える。その瞬間、時は日の出を迎え――広がる大地に産まれた太陽が、限りなき生命を等しく照らした。


(重い……温かい……)


「クオオ……。クオォ、クオォオオ……!!!」


「ア……――」


 産声を吸い込み、捨てかけた希望を染めてゆく。新しい息吹を手にした情熱の温もりを残せば、けがれ傷付いたその足でも何度でも歩み出せそうで――。


「ワタシは……――」


 その体温は愛しき灯。情念がすれ違っても情熱を取り返せば良い、そんな終わりなき再生を――。


「――ワタシは……ワタシの全ては、王の為に……!!!」


 新たなる君主を抱き締めるチャオ。子へと顔をうずめた為に彼女の表情は見えなかったが、強かな締め付けと震える背中からその面持ちを想像するのはかたくなかった。


「なんだ、ちゃんと眩しいじゃねえか……」


 命の始まりと革命の終わりが同時に訪れた朝。連邦軍を乗り越えた旧体制派の反逆者らも、偉大なる主の誕生に本能は畏れを覚える。そうして行き場をなくした感情と立ち尽くす秩序なき路上が、戦場と化したマンドラの街に広がっていた。


「へへっ……こ、これで……一件落着、だ、な、ア……――」


「「レイン?!」」


「――……スゥー……スゥー……」


「何だ小僧、また気絶てしまったか! ガッハッハッ!」


「ははは、ぐっすり寝てるね……」


「急に倒れるからびっくりしたじゃない! 全く……でもまあ、無理もないわね……私も、もう眠気も体力も限界……」


「そうだね、僕たちもそろそろ休ませてもらおう……――おやすみ、レイン……」


 王も子も、民も神も、人も竜も――思いは様々あれど、死んだように眠る横顔を染めるこの朝日こそが、ハルジリアの切り拓いた揺るぎない “ 一つの光 ” ――。

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