第80話 告白――細雪舞ふ白け時

【前回のあらすじ】

こと「掃討部隊の前にジュンセリッツを始末し……はぁ!? もう倒しただぁ!?」


   #   ♪   ♭


 ことはとんだ肩透かしを食らった気分だった。

 今度こそ完膚なきまでに叩きのめすつもりでいたきんこうジュンセリッツが、ぴあたちの手によって討伐されてしまったのだから。


 とはいえ、数日経てば心の整理もつく。

 部活が休みの今日、まいめい治家じや家へとやって来た。期末テストに向けて、レもんと勉強会をするためだ。


ことちゃん、こないだはごめんね。勝手な行動して」

「その話はもういいですって。オレもいい加減、気持ち切り替えてますんで!」


 金獅公騙し討ちはぴあ主導の計画だったと判明している。シアティまで巻き込んでいるのは実に周到だと言わざるを得なかった。


 当然、ことは文句をぶつけたが、


『あなた一人で始めた戦いのつもりかもしれませんが、わたくしたちだってとっくに当事者ですのよ? ご自分だけで背負い込まずに、もっと堂々と頼ってくださいまし!』


 こう言い返されては引き下がらざるを得なかった。


 何より、仲間たち共々標的にされるのはわかりきっているのだから、前もって応戦の準備をしておくほうが危険は少ないといえる。


「それじゃ私、レもんちゃんと勉強頑張ってくるね!」

「はい。じゃあまた後で」


 ことは二階へ上がっていくまいを見送り、自分は玄関から外へ出る。


 庭で待っていたのは、同居歴三週間の眼鏡っ娘カンフーファイター。


ことさん、ホントに勉強しなくていいアルか?」

「大丈夫だ。テスト範囲は丸暗記してるからな」


 ミナの指導のもと、ことは形稽古に励む。決戦を前に今一度基本に立ち返り、技の精度を高めるのは重要だ。


「左腕はもう少し早めに引くアル。右肩は指一本分低くして」

「おっ、いい感じだぜ。スムーズに力が伝わる気がするな」


 関節を曲げ伸ばしする角度やタイミング、重心の位置などは技の威力に直結する。基礎だからこそ、おろそかにはできない。


ことさんの記憶力はホントに素晴らしいアル」

「だろ? でも記憶っていや、何か忘れてる気がするんだよな……何度も聞いてわりぃんだけどよ、お前とは前にも会ったことなかったか?」


 しつこいとは思ったが、ことはどうしても確かめずにはいられなかった。


「……じ、実は……」


 周囲を気にしながら、ミナは過去の行いを白状した。レもんの居場所を尋ねた際、ことに殴りかかられ、つい反撃してしまったという事実を。


 今になってことも当時の顛末をはっきりと思い出す。


「ビルの壁ぶち抜いた時のあれか!? 衝撃で記憶が飛んじまってたとは驚いたぜ」

「誠にごめんなさいアル……」


 ミナは心苦しそうに頭を下げるが、元はといえばことに非がある。


「いや、オレこそ早とちりして悪かったよ。それよりあのすげぇカウンター技、オレにも教えてくれよ!」

「お安い御用アル!」


 そうして二人で稽古を続けていると、ガレージに車が入庫してきた。

 エンジン音が止まり、庭へ顔を出したのは、家主のめい治家じやかず――ことの母親だった。


「あら、また二人で訓練してるのね。仲良しさんだこと」


 娘たちの様子に顔をほころばせる母だったが、ことから見たその表情には含みが感じられた。


「ま、まぁな。バイト辞めちまった分、身体がなまらねーようにしねーとな!」

「……あなたたち、何か大変なことをしようとしてるみたいね」


 案の定、母は娘の言動に潜んだ異変の匂いを嗅ぎ取っていたらしい。


「ママさん……」

「しゃあねぇ。面倒がらずにオレの口から話しとくべきだよな」


 ミナと別れたことは、母と二人で家の中へ移動する。

 リビングへ向かう傍ら、ことは端的に母へ語って聞かせた。


 魔王エムロデイの降臨。

 その予測日は一月後の十二月二十五日。前回もジュンセリッツの出現場所や時間を割り出したシアティの試算に間違いはない。


 来たるべき日のため、仲間たちと力を蓄え、魔王軍本隊と決着をつける。

 たとえマキナたちが介入してこようとも、ことの決意に変わりはなかった。


 娘の話を聞き終えた母は、あきれたような安心したような面持ちでソファに背中を預ける。


「やけに張り切っていると思ったら、まさか魔王だなんて。もしゆうがいたら、きっと喜んで首を突っ込んでいたでしょうね」


 ゆうとは、かつて行方不明になった、ことのもう一人の母親の名前だ。


「母さんも一応、錬金術師なんだろ? 何かこう、秘伝の術式みたいのでオレの身体をパワーアップしたりできないか?」

「そうねえ……」


 考え込む母の後ろで、廊下を近づいてくる足音が聞こえてきた。


 リビングの入口に姿を見せたのは、神妙な顔つきをしたまいであった。

 お邪魔してます、と頭を下げた二言目に、まいは思わせぶりなことを口にする。


「お母さまに折り入ってご相談があります」


(おかあさま? ……お義母かあさま!? もしかして婚約の相談かッ!?)


ことちゃんも一緒に聞いてほしいの」


(やっぱり!?)


 にわかに張り詰めることの心を置き去りに、まいの瞳が静かに金色こんじきへ染まっていった。



  *



 十二月初めの放課後。綾重あやしげなつはバンドメイトたちの通うおく多部たべ高校の校門を訪れていた。

 他校のセーラー服、くるぶし丈のロングスカート、何より180cm超の背丈は嫌でも目立つ。

 だが同時に、待ち人にとってはいい目印ともなる。


 優雅に波打つ薔薇色の髪をなびかせ、愛しのお嬢様がまっすぐに駆け寄ってくるのが見えた。


「お待たせいたしましたわ。さ、参りましょう」


 ぼうどうぴあなつが想いを寄せる彼女は、期末テストの真っ最中に十七歳の誕生日を迎えていた。


「恐縮です。貴重な時間をアタシと過ごしてくれるなんて」

綾重あやしげさんったら、今さら何をおっしゃいますの?」


 ぴあはすでにことまいからは学校で祝ってもらっているし、夜は家族だけでパーティを楽しむのだという。


「ですから、それまでは綾重あやしげさんとご一緒したいのですわ」

「こ、光栄です」


 少し肌寒くなってきた。二人は急ぎ足で行きつけの喫茶店へと向かった。


 温かい飲み物とケーキをお供におしゃべりを楽しんだ後、なつはぴあにプレゼントを渡す。


「お誕生日おめでとうございます」

「まあ、可愛らしい!」


 ブランドロゴがさり気なく入った、ローズピンクのミニポーチ。実は恩人からのアドバイスを受けての選択だった。

 先月、ネルの誕生日にメリケンサックを贈った際、笑いながらたしなめられてしまった。


SKエスケーはほんまにセンスないのぉ。ぴあちゃんには良い具合ええがいにしちゃらんにゃいけんで。ワシも手伝てごしちゃるけぇ』


 そんなネルの協力もあって、ぴあが喜んでくれたのは幸いだった。


「ありがとう。大切にいたしますわ」

「それはよかったです」


 なつは胸いっぱいのまま、ぴあとともに会計を済ませた。


 店の外へ出ると、雪がちらつき始めていた。予報ではこの後もしばらく降り続くようだ。

 名残り惜しいが、あまり長い間ぴあを連れ回すのは忍びない。


「バス停まで送ります」


 なつはぴあを近道へ案内した。

 人のまばらな公園を横切っていく。束の間の放課後デートは終わりを告げようとしていた。


(せめて雪さえ降らなければ……)


 今日こそは、と心を決めてきたはずなのに、これではまた時機を逃してしまう。


(……いや。そんなのはただの言い訳だ)


 なつは道半ばで足を止めた。


「……綾重あやしげさん? どうかなさいましたの?」


 振り返ったぴあに、なつは意を決して打ち明けた。


「ぴあさん、アタシと付き合ってください」

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