終章



 それからは大変だった。

 大公閣下は帝国エイリッヒ管理の元、遠く離れた孤島に生涯幽閉されることとなり。彼の処分はあまりにも軽すぎると斬首刑を望むイヴェルムル国民は非難したが、皇帝陛下や地方へ追いやられていた大臣たちを王都へ帰還させ、時間はかかったが民衆を納得させることができた。

 暴君の傀儡となっていた王妃はその生い立ちや、彼女自身大公の被害者だった故に罪に問われることはなかった。しかし何のお咎めも無しというのは国民に示しがつかない。

 よって彼女自ら、持つ全ての権限を放棄すると宣言。王都を離れることも検討されているらしい。

 また、どこを捜索しても出てこなかったイヴェルムル国王の遺体が大公邸の庭の奥深くから発見されると、数年越しの葬送儀礼が無事に執り行われた。



「とても綺麗よ、ニーナ」


 あれから二年。

 外交が再開し、国境に線路を通したことで往来のしやすくなったエイリッヒ帝国から祝辞を述べに来ていたリサ・マークインは親友の艶姿あですがた感涙なみだしていた。そんな彼女や、事情を鑑み無事復縁に至った幼馴染に囲まれ幸せそうに微笑む彼女のなんと麗しいことか。

 王国が抱える問題はまだまだだ山積みで。

 大公は帝国以外の近隣国とも交流を断ち、武力強化に力を注いでいた面もあり偏った財政の立て直しから、威厳を失いつつある騎士団の再編まで。新国王は毎日を忙しなく過ごしていたが、良き友人を持っている新たなイヴェルムル王妃のおかげもあり何とか人間的生活を保てていた。

 式典の開会を知らせる銅鐘が鳴る。

 いつもより心なしか胸を張った王妃が、やや恥ずかしそうにジゼルの横へ並んだ。

 あの一件以降、帝国とのやりとりは全て文書や両国を行き来させていた騎士づてに行われていて。今回の式典に至るまで、あまりの忙しさに一度しか母国に帰る事のできなかったエイリッヒの元皇女。申し訳ないと感じつつ、彼女がいなければ迅速な公務を執り行えてなかかっただろうと改めて思っていたジゼルは、最後に帝国へ挨拶にいった以来に顔を合わせた皇帝陛下に深く頭を下げた。


「ジゼル国王陛下」

「お元気そうで何よりです、御義父上」

「お……御父……お前に御義父上と呼ばれる筋合いは……!!」

「陛下、声が大きいですよ。民衆も集まっておいでなのですから、謹んでくださいまし。それに……もうあなたの息子同然ではないですか」


 王妃と談笑していた皇后はそういうと、やいやい騒いでいる皇帝を裏へ引き摺っていく。

 その後ろから顔を覗かせた少年たちは、陛下と同じく未だ新国王を“姉を奪った非情な男”として認識しているらしい。どちらが皇帝になるかは、まだわからない。だが、彼らとは同じ立場だった者としてこれからも良く交流をすることになるだろう。

 慣れない笑顔を作ると、双子の義弟は皇后たちのあとを追いかけ去ってしまった。


「もう、どうして睨むのですか」

「笑いかけたんだが」

「ならもう少し、こうオレみたいに笑わねぇとな、ジゼル」


 空いた軍将の地位に就いたディックは、本日の結婚式典の警備を一任させている。

 顔を見に来ただけだと、すぐに持ち場に戻ってしまった友の背中は逞しかった。


 太陽のような彼女に似合う帝国から輸入した向日葵の花に彩られた辻馬車に乗り込んだ二人は、集まった聴衆の祝福に胸が熱くなる。


「やだ、せっかく綺麗にしてもらっているのに」


 潤んだニーナの双眸を見つめた男は、自分たちを祝福する国民に聞こえないよう囁いた。


「泣いたら誰の前であろうと、俺が拭ってやるからな」

「……泣きませんよ」

 

 活気の戻りはじめた城下をしばらく馬車で走り、式典の行われる大公邸跡地に作られた聖殿に到着した頃。両家の親族が揃い、準備も整った会場の控え室。


「ああ、綺麗だ」

「もうっ! ジゼル様、それは聞き飽きました」

「民衆に見せびらかしたい。けれど……あられもない不埒な想像をされると思うと、このまま寝台へ連れ去りたい気もする」

「駄目です。というよりも、そんな想像、あなた以外ならさないと思います」

「また……、お前は……!! 分かっていない、どんなに魅了して止まない姿をしているのか理解していないようだな、ニーナ」

 ギンギンと輝かせたジゼルは衣装を変え純白に身を包んではいるが、曝け出された肩を鷲掴む。

 覚えのある光景に王妃は溜息を吐いた。


「まず第一に女神と見紛う、後ろ姿。……卑猥だ」

「違います」

「第二はデコルテを露出したそのドレス! 前にも言ったが……その魔性の二の腕は何なんだ。死人が出るぞ」

「出ませんので、ご安心くださいませ」

「第三、今すぐにでも口付けをしたくなる、その柔らかな唇が俺のなかの本能を刺激して堪らない」

「……民衆関係ないじゃありませんかっ!」


 彼と出会ってから、比較的おとなしかったはずのニーナはより一層明るさを増した。

 つい大きな声をあげてしまった彼女はとっくに会場入りしている彼らに聞こえぬよう口を塞ぐ。


「待て」

「?」


 レースのグローブをした王妃の手を退かすと、ジゼルは露わになった下唇を啄んだ。


「……口を塞ぐのは俺だけだ。たとえ、お前のぷにぷにとしたこの淫靡いんびな手であっても許せない」

「淫靡?!」


 盛大な歓声に包まれ歩く天鵞絨の上。

 恋など知らなかった皇女が、隣国の王太子と出会ったことで初めてを知った。これからもずっと、自分のはじめてを奪うのは彼なのだと思うと胸が締め付けられていく。


「お手を」

 

 ――時々、変態へんなのに。彼の癖を許せてしまうのは……きっと、誰よりも愛してしまったからなんでしょうね。

 

 自分だけを見つめてくれる、まっすぐな瞳が好き。

 守ってくれる逞しい身体も、珍しい漆黒の髪も、全部が愛おしい。

 ニーナは天使のように微笑みかけると、ジゼルの大きなそれに手を重ねた。

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★完結済★【富国のぽちゃぽちゃ姫がハジメテを奪われたのは難攻不落なはずの冷酷殿下でした】 朝霞みつばち @mochi1211

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