伊藤リカは渡したい
しぇもんご
インテリ童貞の仕留め方
ここまで前髪がバッチリきまるなんて、これが天の配剤というやつか。意味分かってないけど多分そうだ。だから今日こそ、後ろの席の仙崎リョウタくんにこのボタンを渡すのだ。そしてなんならその場で縫い付けてあげて、その際その色白でちょっと薄めの胸板をちょろっとひと舐め、じゃなかったひと撫でサセテもらえれば、わたしはそれだけであと百年は生きていけますので神様どうかわたしに勇気をください。あと出来れば百年余裕で生きていけるだけの資産と、それともう少しわたしの胸囲も成長させてください。Bじゃダメなの。リョウタくんのようなインテリ童貞をイテコマスには最低C、出来ればDは必要なの!
ふー。落ち着くのよリカ。わたしは軽くて明るい頑張り屋さん。インテリ童貞のリョウタくんが大好きなその設定を崩してはダメ。大丈夫、前髪は完璧だ。今朝の占いで牡牛座が三位以内なら、いく!
リョウタくんのワイシャツの第二ボタンからちょろっと糸が飛び出しているのに気付いて、「やれやれこれだから童貞は」なんて心の中でため息をつきながら、そのちょろ糸に「性の芽生え」というタイトルをつけたのが、今から二週間前だ。それからその糸が、徐々に伸びてきていることに気付いたわたしは、リョウタくんに芽生えた性が気の早い夏の日差しを浴びて逞しく成長しているように思えて、毎日、必死に鼻血を我慢した。でもそれはかの有名な蜘蛛の糸の如く、わたしの欲望に絡みつき、わたしを狂わせていった。あの糸にしゃぶりつく前に早くなんとかしなくては。そして一週間前、ベッドの上でポテチをつまみながら「海月姫」を読んでいたわたしは天啓を得た。
――わたしが縫い付けてあげればいいんだ。
だが、とれかけたボタンを直してあげるだけでは、もはやこの衝動は抑えられない。だから、新たにボタンを用意した。「あ、割れちゃってる! ちょうど従兄弟の友達の知り合いの予備を持ってたから替えてあげるね」なんて言いながら、電子線リソグラフィを使ってナノスケールで「リカ」と印字したこの特製インテリボタンを縫い付けてあげるのだ。ちょっとミスって「イカ」に見えなくもないが、それもイカくさい童貞にはご褒美というものだ。そうでしょリョウタくん? ねえ、そうだと言ってよ!
ふー。落ち着くのよリカ。前髪は大丈夫ね。牡牛座は十二位だったけど、いく。占いなんかに縛られないわたしは自由で軽くて明るい頑張り屋さんなの!
◇
今日も哀れなインテリ童貞は、朝から数学の問題集を開いている。これはわたしに質問プレイをねだるリョウタくんのメッセージだ。やれやれこれだから童貞は。
「おはよう♪」
今日は前髪だけじゃなくて、声まで調子がいい。語尾の音符が跳ねまくりだ。リョウタくんにはちょっぴり刺激が強すぎちゃったかしら。
「おはよう」
かー! もう照れちゃってからに。なにその朝チュンお目覚めあざと声は。ここは学校なの。わたしだから許すけど、他の人ならセクハラで訴えられるわよ。それにナニ、その「ボタン替えて欲しくてたまらないですぅ」て感じの制服の着こなしは。欲しがりさんか。お昼休みまでステイよ。わかった?
「おう」
「ああ」
どうしよう。私の心の声にリョウタくんだけじゃなくて、リョウタくんのお友達の高野ヒロトくんまで反応してしまった。嗚呼、わたしはなんて罪な女なのでしょう。神様許して。あと早くDかEにしてください。
ん? ああ、なんだ二人で挨拶しただけか。ややこしいのよアンタ達。
この二人はうちの高校のちょっとした有名人だ。学年主席と次席。同じ中学出身のインテリ童貞ツートップ。二人とも色白で、スラっとしていて、どちらかというと可愛い系のリョウタくんと、クールな高野くんの組み合わせが、なんとも絶妙なのだ。しかも最近、二人の距離が急速に縮まっているものだから、いろんな想像をカキ立てちゃってクラスの女子の情緒が大変なことになっている。ぶっちゃけこの二人はエロいし、リョウタくんが右なら、ご飯三杯は軽くイけるけど、でもあくまでわたしはリョウタくん単推しだ。気高く孤高の花としてこのクラスに君臨するわたしは、他の腐れ女子どもとは、存在しているステージが違うのだ。ぼっちとも言うけど。泣くなリカ。
◇
とうとうこの時が来た。昼休みはリョウタくんと唯一ゆっくりお話しができる至福の時間。勉強を教えてもらうという名目でスタートした質問プレイで、副次的に成績が上がってしまったわたしには、最早わからない問題がなくなってしまった。でもだからこそ、日頃のお礼とかなんとか言って、ボタンを直してあげるのだ。大丈夫、前髪は完璧だ。それにリョウタくんの「性の芽生え」も健在だ。今日刈り取られるとも知らずに呑気にチョロりんこしちゃって、だらしないわね。お弁当は食べ終えたわね? さぁ気合いを入れて振り向くわよ。3、2……
「なぁ、リョウタ」
うへ? ちょっと待って。後ろから、高野くんの声が聞こえたんだけど!
「どうした?」
嗚呼、わざと素っ気なく返事をするリョウタくんの声もいい! このむっつりさんめ。
「そのボタン、とれかかってないか?」
うおおい! なにしとんじゃ高野ヒロトぉ!! それはうちの仕事じゃ!! どうしよう。振り向いていい? でも待って、ここからどうやって『リカオリジナル特製ボタン』を進呈する流れに持っていけばいいの!? とりあえず振り向くしかないよね。振り向くからね? ああ、やばい、前髪崩れてきた気がする。
「なになに、どうしたのー」
最悪だ。動揺して語尾に音符がつかなかった。せめて、笑顔! 童貞ころスマイルよ!
「なんか、ボタンとれかかってるみたいでさ。週末に親に直してもらうよ」
あらあら、リョウタさんったら。「親」ですって。お母さんって言いなさいよ。これだから童……
「俺が直してやろうか?」
ヒロトおおおおお!!!
おまえ、どういうつもりじゃあ!! それはわたしのセリフでしょーが。ここでわたしが「あ、それくらいなら、ちゃちゃっと直してあげよっか♪」からの赤面リョウタが「い、いいの?」て言ってモジモジしつつ、ワイシャツはだけて、その可愛らしい色素薄めの突起がポロリンちょしちゃって、ますますリョウタの赤面茹蛸パラダイス! の場面でしょーが!
「い、いいのか?」
リョウタあああああ!!!
おまえ、なに赤面しとんじゃあ!! わたし以外の、それも、お、男で茹蛸パラダイスしてどーすんのよ!
ああ、まずい。クラスの腐れ女子共の鼻息が荒い。これ、邪魔したら、ころされるかもしれない。どうしよう。前髪掻きむしりたくなってきた。とにかくなんか言わなきゃ。
「へ、へえ。高野くん、ボタン縫いできるんだ? 勉強だけじゃなくて、指先も器用なんだね」
うわー。なんか皮肉っぽくなっちゃった。どこの負けヒロインよ。助けて神様。早くEかFにしてください。
「ああ。うちは俺が家事をしないと回らないからな。いろいろ覚えた」
なんか重めの展開きたー! 反応しづらいんですけど。なんか、ごめんなさいとしか言えないんですけど。
「ボタン縫いは習ったけど忘れちゃったな。ぐるぐるするんだっけ?」
重めの展開、ガン無視したー! リョウタくん、たまにそういうところあって、そこも可愛いけど、でもなんかドキドキしちゃうよ。大丈夫なのアナタ達?
「ああ、すぐ終わる」
いきなりイったー! ヒロトくんの大きなおててが、パチンて! リョウタくんの第二ボタンもとい性の芽生えをひきちぎったんですけどー! え、なにが始まるの。おっぱじめるの。ここ教室だよ?
「お、おい、強引すぎるだろ」
「大丈夫だ。俺はうまいし、それに早い」
嗚呼、腐れ女子が数人しんだ。わたしもちょっとクラクラしてきた。うまいのに早いの? 早いのにうまいの? ヤバい鼻血出そう。リョウタくんのワイシャツの下がダサめの下着だったのがせめてもの救いだ。白Vネック。そのVからチョロっとのぞく肌の面積を求めてもいいですか?
「怖いんだけど。てか脱がなくていいの?」
「脱ぐ必要はない。脱がなくてもできる」
わかるよ。脱がないのがいいんだよね。腐れ女子共も深く頷いている。いや、腐れ女子だなんて言い方はやめよう。認めよう、同志よ。そして見届けよう、彼らが大人の階段を登る、その瞬間を。
「わかったけど、痛いのはやだぞ。おい、それ普通のより太くないか?」
「これくらいの方が穴を通しやすいからな。大丈夫だ、先端が多少当たっても大して痛くはないはずだ。力を抜いてじっとしててくれ」
ありがとう。なんか、全部どうでも良くなってきた。よく分かってないけど、先端、あたるんだ。とりあえず、わたしはすべての生命に感謝を捧げます。神様ありがとう。でもできればGにしてください。
「終わった。一瞬だっただろ?」
「いや、早さの問題じゃないんだけど。まぁいいや、ありがとう」
なんか中学の時に見た、富士山のご来光を思い出した。わたしが小説を書く時は、ご来光に「事後」ってルビをふることにするね。とりあえず拝んどこ。
「あれ? 伊藤さん、なにか落ちたよ」
じーざす。拝んだ時に握りしめてたリカオリジナル特製インテリボタンが落ちちゃったよ。どうすんのよコレ。
「これは……ボタン、か?」
ヒロトくん、そんな怪訝な声を出さないで。もしかして気付いているの、電子顕微鏡で見たら「イカ」て書いてあることに? と、とにかくごまかすのよ!
「あ、あー! 従兄弟の友達の知り合いのボタンが紛れちゃってター。偶然ダナー。偶然にもウチの高校の男子の制服のボタンにニテルナー」
「……」
「……」
そんな目で見ないで! なんか喋って!
「お、俺の付け方は下手だから、すぐにとれてしまうかもしれナイ。だから、偶然似ていて、そして伊藤さんが必要ないのなら、リョウタが貰っておくのは、ドウダロウカ?」
うう、泣きそう。高野くんは変な噂もあったけど、やっぱりすごく優しい人だ。わたしが好きなリョウタくんのお友達なんだもん。そりゃそうだよね。でもね、もうみーんな知っているの。あなたが、うまくて、早いことを。だから、それはきっととれない。あなた達の友情に終わりが来ないのと一緒。わたしが入り込む余地なんてないの。
「あ、あー、実はワイシャツの一番下のボタンが外れてたんだ。普段はズボンに入ってて見えないところだから、いいかなぁって思ってたけど、せっかくあるなら、も、貰っておこうかなぁ、なんて……」
嗚呼、神様はいたんだ。リョウタくん、あなたが神様だったのね。普段はズボンに入っているということは、リョウタくんのリョウタくんに直接触れる神聖な場所ということ。そこにわたしがボタンをつけるということは、それはつまり、結婚ということになるわ。そうよね? インテリ童貞らしい、とっても素敵なプロポーズじゃない。頑張ったわね。ほら、脚を広げて。もっと近寄らないと、ボタンが付けにくいわ。あと神様ならいっそHにして。きゃっ! Hが恋のダブルミーニングだわ! さすがインテリ童貞、ここでHがくることまで計算尽くってわけね。なんて頭が良くてすけべなのかしら。
「い、伊藤さん、なんで近づいてくるの? というか鼻血でてるけど大丈夫?」
優しいのね。でも安心して。童貞のリョウタくんは知らないかもしれないけど、初めては血が出るの。そういうものなの。
「はいはーい、ごめんね。リカちゃん
おいこら、離せ、腐れ委員長! どっから湧いた! しかもおまえ今小声で「これだからインテリ処女は」って言ったろ! だいたい、わたしがリョウタくんのお股にボタンを縫い付けてあげなきゃ、誰がやるのよ!
「なら、また俺がやってやろう。一回も二回も大して変わらないからな」
おうふっ。うまはやのヒロトさんがおったで。委員長、アンタも鼻血が出ているじゃない。
嗚呼、でもなんだかいいな。すごく楽しい。リョウタくんも最近、よく笑ってくれる。クラスの雰囲気も明るくなった気がする。一応ボタンは渡せたし、最近寝不足だったから、午後は保健室でゆっくりしようかな。
「あ、伊藤さん、ちょっと待って。ボタンありがとう! あと、その、今日の髪型も……いい感じ、です」
たぶん、これが天の配剤だ。今度はあってるはず。よし、じゃあ、お返しに十ニ位の牡牛座のキミに、一位のわたしが幸せをお裾分けしてあげよう。
「ありがとね、リョウタくん♪」
伊藤リカは渡したい しぇもんご @shemoshemo1118
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