第60話 酸欠状態が続くようです

「じゃあ、ちょっと待っててください」

 昼食の後、部屋を片付けると言う山下さんを送っていき、亀井先輩の車で私の家にとりあえずの荷物を取りに来た。どうしてこんなことになったんだろう…成り行きだとしても避けられなかったのか…そんなことばかり考えてしまう。それでもみんなを待たせるわけにはいかないから、急いで2泊程度の荷物をスーツケースに詰めた。

「次は本田のとこだな」

「こんなに時間がかかるなら山下さんと一緒に部屋に行けばよかった」

 ブツブツ文句を言う白石さんに先に切れたのは亀井先輩だった。

「白石、誰のせいでこうなってるかわかるよな?山下が部屋を提供してくれるのもこいつらが泊まってくれるのもお前のためだよな?それ以上言うなら…」

「わかってます、冗談ですよ。そんなに怒らないでください」

 亀井先輩に怒られて、白石さんはそれ以上話さなくなった。椿のマンションを回って山下さんの家に着くころには辺りは暗くなっていた。


「すごい広い!こんなところに1人で住んでるんですか?」

 部屋に案内されて入ると、広いリビングに圧倒された椿が大声で騒ぐ。

「俺の部屋じゃないんだ、兄貴の持ち物」

「お兄さんと一緒に住んでるんですか?」

「ああ、兄貴は今ロンドンに出張中で、さ来月まで帰ってこないから心配しなくていいよ」

「すごーいお兄さんも素敵なんですね。会ってみたいなー」

 白石さんの反応に椿がふっと笑った。

「お兄さんも候補ですか?」

「はあ?本田さん何言ってるの?何の候補?」

「いや、彼氏候補でしょ」

「ばっかじゃない!」

「本気で言ってますけど」

 白石さんと椿が言い合いをしてると白石さんのスマホが鳴った。みんなが黙って、白石さんがスマホを鞄から取り出すと、非通知の文字が見えて青ざめる。

「でないほうがいい」

 山下さんが白石さんにそう言うと佐藤先輩も頷いた。何回かのコール音で切れるとそれ以上はかかってこなかった。


「晩飯買ってくるわ」

「私も行きまーす」

「私も」

「久高無理するな、二人で十分だから」

 体を心配して、亀井先輩に買い物についていくのを断わられた。二人がでて行くと、急に部屋が静かになった。

「白石、とりあえずお母さんに連絡しとけよ。必要なら俺が電話出るから」

「さっきLINE入れたので大丈夫です」

 佐藤先輩が気遣って言葉をかけると白石さんが嬉しそうに答える。そのあとジロッと睨むように私を見る白石さんが何を言いたいかわからないわけじゃないけど、突然の山下さんの家で私も身動きが取れない。

「久高、疲れてないか?」

 佐藤先輩が心配しなくていい私にまで声をかけてくれるのはありがたいが白石さんの視線が痛くて仕方なかった。

「はい大丈夫です」

「痛かったら無理せず休めよ」

「…はい」

 佐藤先輩が話す向こうにいる山下さんの視線に目が合わせられない。ぎこちない私に気づいてるはずなのに一言も発さない山下さん、佐藤先輩は気にすることなく話しかける。

「山のところなら安心だわ」

「ホント嬉しいです!」

「白石、山に変なことするなよ」

「佐藤さん、何言ってるんですか」

「冗談だよ、まあそれだけ元気なら安心だな」

 会話に入ることもできず、椿が帰ってくるまでの時間が異様に長く、うまく息が吸えなかった。


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