6話 願いのあり方

「……クリス博士、聞きたいことがあるんです」


あの南西部旧経済地区での戦いから一週間。


「なんだい。リリィ?」


クリス博士はパソコンを見ながら聞き返す。

ようやく戦地から兵器アンドロイド開発局に戻ってきた私は、クリス博士に機体からだのチェックを受けながらメンテナンス室で話していた。

画面には私の状態を示す数値がいくつも示されており、それを覗く限りは身体機能に大きな問題は無いようだ。


あの銀髪のアダバナ———ナルキスとの戦闘で深手を負ったが、開発局に戻ってすぐに修理して貰ったため、今では機能が十全に回復している。


「私が聞きたいのは、先日の戦闘で戦ったアンドロイド───アダバナのコトなんです」


その言葉を聞いた瞬間、クリス博士のキーボードを入力する手がピタリと止まった。


「ふぅむ……アダバナ、か……。そのことがどうかしたのかい?」


クリス博士はキャスター付きの椅子をくるりと回転させ、こちらを向く。


「私やソレイユ、リコリス以外のアダバナなんて初めて見ました。フローヴァ以外に、アダバナって作られているんですか?」


その質問に対してクリス博士はあごに手をあて少し考えた後、答えを口にした。


「いいや、ちゃんと作られたのはリリィたち三人だけだね。少なくとも、フローヴァやその他周辺諸国で作成されという情報は入ってきてないし、何よりウチ以上の技術力を持った国の存在なんて聞いたことがない」


「じゃあ、私が戦ったあのアダバナは一体……?」


「レクセキュアが秘密裏に作り上げた新しい機械兵器……にしてはあまりにも雰囲気が違うからね……。レクセキュアの兵器にしてはかなり異質ではあるけど、リリィはどうして、彼女らをアダバナだと思ったんだい?」


「それは……」


私はナルキスと戦った時のことを話した。

戦闘中に胸元の宝石───恐らく魔晶───に対して攻撃を仕掛けた際、彼女は少しの動揺とともに攻撃をやや過剰に防いだ様子が見られた。

戦闘中にも一切表情を変えなかった彼女が、唯一少したじろいだ瞬間。

魔晶が弱点なのは私達アダバナに共通する要素であり、その要素までもが私達と似ているとなると、あれはレクセキュアの機械兵器というより、フローヴァのアダバナに近い感じがした。

そういった戦闘中に感じたことを、彼に伝える。


「なるほど……。確かに話を聞く限り、敵対したアンドロイドの特徴は君たちアダバナと合致しているな……」


「もしかしたら、ソレイユやリコリスも何か感じたことがあるかも知れません」


「分かった。敵対しているアンドロイドたちのことは君たちの視覚情報からも解析しているけれど、改めて彼女たちからも話を聞いてみよう。何か分かったら、その時にまた話すね」


彼は明るくそう話した後、再びパソコンの方へと向き直って低く小さな声でつぶやき始めた。


「しかし、リリィ、ソレイユ、リコリス以外のアダバナか……。いや、まさかな」


「……クリス博士。何か知ってるんですか?」


「あー……いや、大したコトじゃないから、気にしないで」


クリス博士はややうわずった声でそう答えた。

……前々から思っていたが、彼は嘘が下手だ。

でも、信用は出来る人ではある。

だから、いずれ話してはくれるだろう。


「何か分かったら教えてくださいね」


「うん、もちろん。……今日のメンテナンスはもう終わったから、後は自由にして良いよ」


彼はそう言って私に繋げたコード類をはずし、パソコンを閉じた。


「……今日も出かけるのかい?」


「ええ、フローヴァ中央都市教会の方に」


「中央都市教会?……ああ、そう言えばリコリスが最近顔を出しているらしいね。気をつけていってらっしゃい」


「いってきます」


私は彼に笑顔で手を振りながら、メンテナンス室を後にした。

開発局の廊下を歩きながら、リコリスのことを考える。


「フローヴァ中央都市教会、かぁ……」


彼女は普段から結構な頻度であの教会に顔を出しているそうだ。

フローヴァ中央教会は戦争孤児への支援を続けており、身寄りのない子供達を引き取ってあの教会で面倒を見ている。

リコリスはその手伝いをしているらしいく、子供達の面倒をマリアさんという老シスターと共に子供達の相手をしているらしい。

私は自分の部屋に戻ってすぐに着替え、そのまま兵器アンドロイド開発局を出た。


外に出て空を見上げると、日差しがなんとも眩しい。

今着ているカーディガンとロングスカートのコーデだと、少し暑い気もする。

今日は天気は雲一つ無い快晴で、洗濯物とかがよく乾きそうな一日だ。

……ふと、教会の光景を想像する。

物干し竿に干された白いシーツに、広場を走り回って笑顔で遊ぶ子供達。

その片隅にはリコリスや教会の人たちがいるのだろう。

初めて教会を訪れた時、子供達は楽しげな表情を見せていたが、あの子達は戦争孤児───私達がしているの戦争によって、多くのものを失った子供達だ。


……私は、あの子達を守らなければならない。

それは私の義務であると同時に、命令されただけではない、確かな私の願いなのだから。

あの子供たちの生活も、街の人たちの生活も、全て私の戦いにかかっている。

私は少し歩調を速めながら、教会へと歩いて行った。


春の暖かい日差しを受け、色鮮やかな草木や花々が視界に映る。

街ゆく人々も冬の頃と比べてやや多く、表情も心なしか穏やかだ。

駆け足気味に町中を歩きながら街の様子を見ているうちに、古めかしい建築様式の、十字架が目立つ建物についた。

ここが、フローヴァ中央都市教会だ。

……リコリスは先に来ているだろうか。

私はフローヴァ中央教会の門をくぐると、元気に遊ぶ子供達の姿が見える。

子供達はどうやらかけっこをしているようだ。

さらに奥には、見覚えのある老シスターが洗濯物を運んでいる姿が見えた。


「こんにちは、マリアさん」


「あら、リリィさん。いらっしゃい」


彼女へと駆け寄り、挨拶をする。


「手伝いに来てくれてありがとうねぇ。貴女も忙しいでしょうに」


「いえ、こちらも丁度時間が余っていたので。それに、リコリスの様子も気になって」


そう彼女と話していると、数人の子供がこっちに駆け寄ってきた。


「マリアおばちゃーん。このひとだーれー?」


一人の元気な男の子が、マリアさんにそう問いかける。


「この方はリリィさん、リコリスさんのおねえちゃんよ。」


「はじめまして!」


私はしゃがんで、男の子に挨拶をする。


「は、はじめまして……」


男の子はさっきの様子とは打って変わって大人しい様子だ。

顔を赤くし、俯いて顔を見せまいとしている。

……人見知りなのだろうか?


「……そういえば、リコリスはどこに?」


私はマリアさんを見上げながら訪ねた。

彼女は顔色一つ変えることなく、笑顔のまま教会の方を向いた。


「彼女なら、今は教会の中にいますよ」


「ありがとうございます。ちょっと声をかけてきますね」


私は立ち上がり、マリアさんと子供達に笑顔で手を振る。


「また後でね」


マリアさんとさっきの男の子たちも手を振り返してくれている。

あの子達は戦争孤児ではあるが、今はこうして笑顔で過ごせているのはなによりだ。

……速くこの戦争を終わらせて、安心して彼らが暮らせるように頑張らないと。

そう思いながら、私は庭から建物の方へと向かった。


庭自体は子供達が遊ぶには十分な広さではあるが、対して広いわけじゃない。

十数歩いったところには、もう教会の扉がある。

木で出来ているはずなのに、重々しい雰囲気の教会の扉。

私はその木製の扉を開き、中を覗く。


「──────」


ぎぎぎ、という少し建付けの悪い扉の音が中に響くと同時に、私は一瞬で目の前の光景に目を奪われた。

穏やかな日差しが、奥のステンドグラス越しに差し込んで、白く塗られた壁が眩しく輝いて見える。

そのステンドグラスには女性とおぼしき姿がきらびやかに描かれており、その姿はまさに神々しいというに相応しい。

その神秘的な雰囲気に、思わず言葉を失う。

その差し込んでいる光の先に目を移すと、綺麗な金色の髪を持った彼女がいた。

私のよく知るその人はひざまずき、頭を下げて何かを祈っている。

私は彼女に向かって、ゆっくりと静かに近づく。

彼女の祈りを邪魔しちゃいけない。

そんな考えが無意識のうちに働き、私の歩み方を変えていた。

彼女の隣まで行くと、流石にこちらに気づいたようで、顔を上げて私の方を見た。


「……あら、リリィお姉様」


「こんにちは、リコリス」


リコリスは立ち上がり、こちらの方へ向き直した。


「リコリスは、何を祈ってたの?」


「……あの子達のことについて祈っていました」


リコリスは入り口の方を見る。

きっと、さっきの子供達のことだろう。


「ふぅん。じゃあ、私も祈っておこうかな」


私もリコリスがやったように見様見真似みようみまねで跪いて頭を下げる。

瞳を閉じ、心の中で、


「子供達が平和に過ごせますように」


と心の中で祈った。

さっきの子供達の笑顔が、閉じた視界の中に映る。

私は数秒間祈ったあと、立ち上がって、リコリスに無言で促されて一緒に近くの椅子に座った。

少しの間、沈黙が流れる。

どうにもこの神聖な雰囲気は、少し落ち着かない気がした。

リコリスの方を見ると、彼女は私とは反対の方向の、窓の先を見ていた。


「……リリィお姉様。祈りには、どんな意味があると思いますか?」


「え……?」


唐突に、リコリスから問いかけられた。

一体どういう意味の質問なのだろう。


祈ることの意味。

元来、祈りとは神に向かってするものだと、確かこの教会の教義では定義されていたはずだ。

祈ることによって、神様に願いを叶えてもらう。

それはこの教会が信仰する神を信じており、なおかつフローヴァ中央教会の教義を信仰している、という前提のもとに意味を成す行為だ。

……つまり、神様を信じていますか、ってこと?


「……うーん」


正直、祈ることの意味や神様の存在なんてちゃんと考えたことなんてない。

何となく神様はいてほしいし、祈ることで少しでも願いが叶うようになったらいいな、としか思ってない。

どのみち、私は自分の思っていることをぼんやりとした言葉で答えるしかなかった。


「えーと……私は教会の教えだとか、祈ることの意味とかは分かんないけど、なんとなく、祈ったら願いが叶いやすくなるような気がするから、かな?……たぶん」


「………………そうですか」


リコリスは窓の先を見つめたまま、こちらに顔を向けずにそう返事した。

再び、沈黙が流れる。


「……何かあったの?」


私は彼女に問いかけた。

なんか、今日のリコリスは少し寂しそうだ。

私の問いかけに対してリコリスは、少しの沈黙の後に、ぽつりと呟いた。


「……神様って、本当にいるのでしょうか」


意外な言葉が、彼女の口から返ってきた。

その言葉に続けて、リコリスはゆっくりと話し始める。


「……あの緋色の髪の子、見えますか?」


リコリスは目線を再び窓の先───ベンチに座った女の子に向けた。

その女の子はシスターの一人と話しながら、優しい笑顔で笑っている。


「あの子は数ヶ月前にこの教会にやってきたんですよ。最初やってきた頃は全く笑わなくて、身体も痣だらけだったんです。最近になって、ああやって笑顔を見せるようになったんですけど、今でもたまに亡くなった両親のことを思い出すようで…………」


リコリスから様々な境遇の子供達の話を聞いた。

食料にありつけず痩せ細った子供、爆撃の被害を受けて腕を失った子供、戦争で家族を失ったショックで、心を閉ざしてしまった子供……。

どれも、聞いてて胸が痛む話だった。


「もし、神様がいるとするならば、なぜ神はあの子達に、あのような苦痛を与えるのでしょうか?神様は、なぜ、あの子達をお救いにならないのでしょうか?」


「………………」


私はつい黙ってしまう。

彼女の横顔はいつもと変わらず穏やかだが、普段よりもその表情は少し、寂しく見える。


「あのような苦痛が、まだあんなにも小さい子供達に与えられていい訳がない。なのに何故、なぜ、あんな目に合わなければ……」


「………………」


リコリスはうつむき、自分の足元を見ている。

彼女の長いスカートが、彼女の手付近でしわになっていた。

リコリスは再び私がいる方向とは反対方向の窓に顔を向けた。

彼女の表情はよく見えない。


「そんな事を考えていたら、分かんなくなってしまいました。この祈りは何に向けてすればいいのか……」


リコリスは再び、黙ってしまった。

彼女の気持ちは今までの話を聞いて、何となく理解できた。

そして彼女の問い、その真意も。

上手く言葉にするのは難しい。

けど、それでも、私なりに何かを伝えるべきだと思った。


「……私ね、さっき祈ったとき、庭にいた子供達のことが思い浮かんだんだ」


彼女は振り向き、こちらを見る。


「ここに来る途中でも、ここに住んでる元気な子供達のことを考えてた。その姿を見るたびに、私も頑張らなきゃ、って」


この戦争で子供達が受けた痛みは、きっと忘れ難いものだろう。

それでも、ここの子供達は確かに笑ってた。


「私が祈ったこと……というか、私の願いは、子供達や街のみんなを守ることなんだ。その願いが叶うかどうかは、自分の頑張りにかかってる。たがら、私の祈りっていうのは、ある意味自分に対してのもの……だったのかな?」


「自分に、対して……」


リコリスはぽつりとつぶやく。

……きっぱりと言い切るには、どうしても自信が持てなかった。

私はあんまり、こういうことを考えるのは得意じゃないから。


「……それに、子供達だって、悲しんでばかりじゃないと思うんだ」


私は窓の外へと目を向けた。

私達の目線の先には、さっきのベンチに座っていた少女がいる。

彼女はシスターと話しながら、笑顔を見せていた。


「神様がいるかどうか……なんてことは私には分からないけど、リコリスや、マリアさん達が子供達を助けたい、って願って、こうして子供達の支援をしているんだったら、その願いは少なくとも子供達を笑顔に出来るんだと思う」


私は、笑顔の少女を見ながら、話を続けた。


「だから……祈ることは、きっと無意味じゃないと思う。神様とかを信じきれなくても、少なくとも、この願いは……私の願いは、確かなものだから」


私は、思ったことをなんとか言葉にまとめて口に出す。

思いがちゃんと伝わったか不安になって、私は恐るおそる、窓の先を見つめるリコリスの顔を覗きこんだ。


「…………!」


……良かった、穏やかな表情だ。


「……ふふ、そうですね」


リコリスはそっと、静かに笑顔を見せた。


「さて、そろそろ子供達の様子を見に行きましょうか。……祈りを、無意味にするわけにはいきませんからね」


「……!……うん!」


リコリスは淑やかに立ち上がり、中庭の方へと歩いていく。

私もその後ろをついていった。


「……ふふっ」


今日は珍しく、リコリスの姉らしいことをした気がする。

そう思うと、ちょっとだけ足取りが軽やかになりそうだった。


「……?お姉様?」


「ううん、何でもない!さ、子供達と遊ぼっか!」


「あまり、はしゃぎ過ぎないでくださいね」


リコリスは揶揄からかうようにそう言った。

なんだか小さい子供と同じ扱いをされた気がする。


「むぅ〜…私、これでもリコリスのお姉ちゃんなんだけと?」


「ふふ、分かってますよ。リリィお姉様」


リコリスはいつもの調子で私と話しながら、明るい日差しの差し込む中庭へと歩いていった。









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戦禍のアダバナ ズヴェズダ @Zvezda_write

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