第45話 デート




 瑠衣るいが知ったらきっと悲しむだろう。

 摩訶不思議生物と契約したのではと疑っていた時でさえ、あんなに心配をさせた、悲しませたのだ。

 それが、摩訶不思議生物を食べたとなれば、どれだけ心配させるか、悲しませるか。

 絶対に、瑠衣には元より、他の誰にも気付かれないようにしなければならない。

 早く、バクパクを、バクパクの能力を自分の肉体に、心に、魂に馴染ませては、同化させて、自分の一部にしなければならない。


 けれど。

 そうしたとしてもきっと。


(瑠衣。は。気付く。ような気がする。気付いて。でも、僕に気付いた事を教えないで、僕からバクパクを取り除く方法を必死になって、見つけ出そうと。する。僕が、瑠衣の能力を奪い取る方法を必死になって探したように)


 莫迦みたいだ。

 そんな不安や悲哀の感情で一心に考えられて喜ぶだなんて。

 自分一色に染まっているだろうと歓喜するだなんて。

 クソ莫迦だ。


(でも。ごめん。僕は。手放すわけには、いかない。瑠衣の能力が、瑠衣の意思とは関係なく、暴走する可能性が考えられる以上、瑠衣がこの能力を奪い取ってほしいと願う可能性が考えられる以上、僕は。これを、手放すわけにはいかないんだ………僕は。ううん。僕たちは本当に、)






 L字型の平屋のリビングダイニングキッチンにて。

 今日は禾音かのんは何もしなくていいよ。

 瑠衣はソファの上でシットアップをしていた禾音に胸を張って言った。


「昨日はバクパクの件で休日を台無しにしたからって、凪局長に今日も休日にしてもらったから。今日は家事は全部私がするから。禾音は家で自由に過ごしてもいいし、外に行ってもいいし。家事の事は忘れて、一日好きに過ごしてよ」


 早速一か月に一回何もしなくていいとの宣言を実行しようとしてくれる瑠衣に、禾音はニマニマと笑いながら、動きを止めて身体を瑠衣へと向けた。


「好きに過ごしていいんだね?」

「うん」

「じゃあ、瑠衣と一緒に家事をする」

「だめ」

「うん。だめなのがだめ。僕の好きにしていいんでしょ。だったら。僕は瑠衣と一緒に家事をする。僕、別に家事は苦痛じゃないよ。呼吸と一緒。日常を過ごす上で必要な事でしょ」

「家事が呼吸と一緒ってなかなか言えないよ。もしかしたら、禾音だけじゃない?」

「そうかな?そうでもないと思うけど」

「もしかして、騎士団の人って、みんな、禾音みたいな人ばっかりなの?そうだったら、もう、完璧人間ばっかりなんだね。私には絶対無理」

「さあ。覚えてないからわからないけど。それで。瑠衣は僕に呼吸をするなって言うの?ひどいなあ」

「………絶対家事をしなくても呼吸できるくせに」

「へへっ。ばれたか」

「………一緒にしたら、苛々すると思うよ。禾音。私、遅いし。手際が悪いし。瑠衣はもうやらなくていいよ僕がやるからってなるから。外に出てほしいって言うのが、本音かなー」

「うわあ。とても悲しい。もう熟年離婚まっしぐらの会話をするなんて、思いもしなかったよ。家に居るな、外に出ていろって。うわあ」

「だって。家に居たら、私が視界に入るじゃない。禾音みたいにテキパキ動かない私を見るじゃない。苛々するでしょ。家事ができる人は家事ができない人を見ると苛々するけど我慢して見守っているって事をわかってほしいって、仲間が言ってた。禾音には苛々しながら我慢してほしくないし」

「苛々しないし。断言できるし。もう。わかった。わかりました。僕、寝室に居るよ。家事でわからない事があるかもしれないし、何かあったらすぐ対応できるようにね」

「火事とかまでは起こさないよ」

「言うって事は可能性があるんだ」

「ないよ。だって今迄は………寮生活で料理をそんなにした事ないけど、料理している時に火事を起こした事はないから。黒焦げにした事はあるけど」

「はいはい。そんなに悔しそうに言わないの。困ったら僕を呼んでください。その間、寝室で書物を読んでるから」

「呼ばないし。絶対」

「呼ばれないと寂しくて泣いちゃうかもなあ」

「………とりあえず。朝食を作るから、禾音は寝室に行ってて。できたら呼ぶから」

「うん。うわあ。瑠衣。何を作るんだろう。楽しみだなあ」

「ハードルを上げないで。ほら。行って行って」


 立ち上がってもなかなか行こうとしない禾音の背中をグイグイと押した瑠衣の顔がこれ以上ぶすくれる前に、禾音ははいと返事をしてこの場からゆっくりと立ち去ろうとしたが、はたと立ち止まると、くるりと振り返って、買い物デートには行こうねと言った。


「………傷んだものとか、質のいいものを選んでいるか。確認する為に?」

「………うん。瑠衣が僕に対してどう想っているかよおっくわかりました。でも違いますう。単純に昨日のやり直しをする為ですう」

「ふふっ。うん。わかってるよ」

「………本当にわかってるんだか。デートですよ。デート」

「うんうん。わかってるわかってる。ほら。寝室に行って」

「寝てたら優しく起こしてね」

「ううん。寝かせたままにしておく」

「ひどいっ!」

「ふふっ」











(2024.9.3)



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ひまわりといざよい 藤泉都理 @fujitori

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