蛇隠し編 序章 「纏遺人」

「お前は、不要だ」


螭が私に向かって蛇の尾を向ける。

「白蛇〈ハクジャ〉、征け」

白い尾が隙もなく私の心臓を貫いた。


「…っ!お父さん…?…なの?」


「父親…か、そう呼ばれるのも久しいが…」

途切れる意識の中、螭が私を見下ろし言い放つ。

「お前を娘などと思ったことは一度も無い、私に必要だったのは…」


「…シナズ、君が…私の全てだった」

そして、螭は姿を消した。


「…ろ!…みほろ!しっかりして!みほろ!」

まことさんの声が聴こえる…。

でも…、身体に力が入らない…。

そうか…私、ここで死んじゃうんだ。

「みほろ…!すまない…!全部俺のせいだ!…俺がこんな…!」

目の前が暗い。聞こえてくるのはまひろ兄の謝罪の声だけだ。

「お兄さんは悪くないです、全部縛り付けていたお役目のせいです…それに…」


「みほろさんは無事です」

え…?

「貫かれたのは擬態の心臓、つまり肉の塊です」

かんなちゃん…?何を言ってるの?

「…どういう事だ…?お前、みほろの何を知っている…?」

「手始めに言いますが、みほろさんは人間ではありません」

かんなちゃんの空気が重たい。どうやらこの情報はまことさんは知らないようだ。

「人間の形をした、〈纏遺人マトイビト〉です」

マトイ…ビト…。

そういえばずっと、心臓の鼓動の音が聞こえていない。

「かんな、その情報…どこで手に入れたの?私は!この子については憑異が取り憑いているかも知れないってこと以外知らない」

私は重たい瞼をゆっくりと開けた。まことさんがかんなちゃんに向ける視線が冷たい。

「みほろさんの白狼を目覚めさせるには、みほろさんの胸に灯す纏灯マトウを白狼に喰らわせること、そして…」

かんなちゃんがツクモの槍に目を向ける。

「その槍…、ツクモの槍と呼ばれているその纏遺物をみほろさんに纏わせれば…」

まだ何も分からないけど、一つだけ分かることがある。

まだ…足掻ける…!

「…待って」

ようやく声が出せるようになった。

「白狼が呼んでる、私の事を…」

ずっと…、この子は叫び続けている。

私の魂を…求めている…。

「私にも力が必要なのは、弱い私が一番良くわかってる…!だから!」

私はゆっくりと立ち上がり、地面に落ちたツクモの槍を私の胸に突き刺す。

私の心の臓から、虹色の炎が溢れ出す。

「私の全部…、私の身体ごと…持ってけええええええええええええええ!」


溢れ出す炎が収束し、私の全身を纏い始める。


そして、私は獣の魂をこの胸に宿した。


螭はまだ姿を晦ましている。

これから始まるのは私の日常を取り戻すための憑異譚。


そしてこれから出会うのは…。

「ふうん、津雲みほろ…ね」

「これはこれは…、面白い話が書けそうだ。」

蛇隠しの悲劇はまだ、始まったばかりだ。


憑依編 Part1 「緋蜂ヒバチ」に続く。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

津雲みほろの憑異譚 同人サークル Sing/Phonia @keichee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ