第1話 だらしのない錬金術師。

 商業都市ベリクールのとある酒場。


「おい聞いたか?」

「ああ。ついに国同士の戦争がやべぇって話だろ?」

「それだよそれ。魔王がくたばって1000年が経ったってのに、今度は人間同士で殺し合わなきゃいけなくなるなんてなぁ」

「表向きには領土とか食料問題がどうってんで戦争するらしいが、ほんとのところは国単位での口減らしって話もあるくれぇだからな」


 タケルの死後から3年。

 アルエはあちこち旅をしながら身を隠して生活していた。

 しかしいよいよ世界の動きが慌ただしくなったと感じたアルエは潜伏生活を終えて街へと入って生活をすることにしていた。


「なんだその話? 俺にも詳しく聞かせてくれないか?」

「なんだお前? 見ない顔だな?」

「今日この街に来たばかりなんだ。あっ、店員さーん、このお兄さんらにもう一杯追加で! 俺が奢るから。それと俺にもお兄さんらと同じものを」

「なんだお前、ずいぶんと気前がいいな?」

「ただで教えてもらおうだなんてもちろん思ってないさ。情報ってのは大事なもんだ。あ、店員さんありがと」


 アルエも3年が経ち、無事に成人しているということもあり何食わぬ顔で届いた酒を美味そうに飲んでみせた。


「いやね? この街来たばっかだし、前は山奥に篭ってて錬金術師してたもんだから世間知らずなんだ。知らんうちにやれ戦争だなんだって話を聞いちゃソワソワしちゃう成人ほやほやの俺にも気持ちも察してくれると嬉しいね」

「悪い奴じゃなさそうだな」

「近頃の若い奴のわりにいい飲みっぷりじゃないか」

「そりゃそうさ。酒と女に溺れてないとやってらんないよ全く」

「はははっ! 違ぇねぇ!!」

「んな事を肯定しちまうおっさんになっちまったのは笑えねえけどな!!」

「ガハハっ!!」


 イカついおっさん2人と愉快に酒を飲み笑い合うアルエ。

 実に愉快だが、生きていく上でアルエが身に付けてきた処世術である。

 とても残念な大人になってしまった。


「それでさっきの話、ちょいと聞かせてもらってもいいかい?」

「さっきの話ってなんだっけ?」

「酒と女の話だろ?」

「違ぇよその前だよ!!」

「ああ〜巨乳か貧乳かの話か」

「それでもねぇよ!! あと俺はどっちも好きだ」

「お前さんはずいぶんとドスケベだなぁ。お前さん、名前はなんて言うんだ?」

「俺はアルエ。錬金術師だ」


 アルエは手を出して男ふたりと握手をしながら自己紹介をした。

 モヒカン頭のゼンゼスとツルピカ頭のクーリンといえ2人組のおっさんはずいぶんと愉快な人たちだった。


 クーリンは鍛冶屋をしているらしく、国の軍隊からも仕事をもらうことがたまにあるらしく、戦争についての話もこっそり聞いてしまった為に知っているらしい。

 そんな話をこんな酒場で堂々としてしまっていいのかはわからないが、はした金で聞ける情報ゆえにアルエは期待せずに耳を傾けていた。


「ま、ここだけの話って事にしといてくれや」

「わかってるよクーリンの旦那。気のいい旦那に危ない橋を渡らせられないからな」

「こいつ、乗せるのが上手いやつだなぁ」

「じぃちゃんっ子でね、歳上の人と話すのがそもそも好きなんだよ」

「そんなじぃちゃんっ子が酒と女に溺れる孫になっちまうなんてなぁ。人生わかんないもんだぜ」

「おいおいゼンゼスの旦那? あんたの未来の息子も俺にみたいになっちまうかもだぜ?」

「そりゃ勘弁だ〜」


 実に愉快。実に無駄の多い会話である。

 だがそうでもしないと、を聞くのは難しかったりもする事もアルエは知っていた。


「まあ実際のところ、各国の人口も増えてて領土と食料、この2つの問題がネックになってて、国のトップ同士が上手く調整しようとして戦争やろうとしてるって話なわけだが」

「平和なんてねぇんだな。世知辛いぜ」

「でもまあ、7人の転生勇者が世界を平和にしたから俺らはここで酒を飲んでられるってな話なんだけどな」

「つまり、今日も酒が美味いって事だな、旦那」

「お前、わかってるじゃないか〜」

「とても初対面とは思えねぇな!」


 酒でとろけた頭でアルエはたいした収穫がなかったなぁ〜と思いつつも酒をあおった。


「にしてもアルエ、お前は錬金術師というわりにはそこそこガタイがいいな。武闘派って感じがするぞ?」

「山奥で生活してたからなぁ。自分で家建てたり、魔物に襲われたりでそりゃ大変よ。そうして生きてりゃ勝手にこうなるってわけですよ旦那」

「お前も、苦労してるんだなぁ」

「俺はそういうの、嫌いじゃないぜ!」


 クーリンは同情した目でアルエを見て、ゼンゼスはアルエの肩に手を置いてもう片方の手でサムズアップしてみせた。

 パッと見は強面こわもての2人組だと思っていたが、案外良い人たちだなぁとアルエは他人事のように思った。


 だが、そうして愉快に接してくれているのもアルエの素性を知らないが故である。

 そもそも庶民には名字はない。

 あるのは貴族や王族と呼ばれる上級国民様方なのである。


 アルエにもアズマという名字はあるが、その名字さえ知られなければ基本的には問題ない暮らしはある程度できる。


「ゼンゼスの旦那、クーリンの旦那。良かったら俺にこの街を案内してくれないか? 夜のま」

「見つけたぁぁぁぁぁあ!!」

「ッ?!」


 この声を聞いた瞬間にアルエは背筋が冷え、一瞬にして酒が抜けた。

 慌てて金を出してそそくさと逃げる準備をした。


「済まない旦那方! 野暮用が」

「アルエぇぇ!! わたしから逃げるなぁぁぁあ!!」

「ヤバいヤバいヤバい!! 姉貴が追っかけて来たぁ?!」

「ずいぶんと美人な姉に追いかけられてんだなぁ」

「ブラコンって奴かねぇ。あんな姉が俺にも居たら良かったなぁ」


 おっさん2人の戯言を聞きつつもアルエは急いで店を後にして逃げた。

 商業都市ベリクールに着いて早々の夜はまだ終わりそうにないとアルエは思いながら途中の路地裏で虹を吐いた。

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転生者の末裔の苦難の錬金術師 なごむ @rx6

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