プロローグ 旅の始まりの前の話。

「……じぃ、ちゃん……」


 ウルフたちをどうにか振り切り巨大な土壁の前に立っていたアルエは静か過ぎることに気付き、考えられる最悪を脳裏に巡らせた。

 戦闘音が無い。それはもちろん戦闘が終わっている事を表しているわけであり、タケルが勝てない戦いに臨んでいた事を知っているが故にどうしても前向きな結果を想像できなかった。


 アルエは震える手で土壁に触れて自分が通れるサイズの穴を空けた。

 大地乃檻グランド・プリズムの内側には大量の炎が中を照らしていた。


 タケルは大地乃檻を造る際に地中深くに埋まっていた乾いた木々も構築に組み込み、木々を燃やして灯りにするのと同時に持久戦に持ち込もうとしていたのだとわかった。

 大量に燃えている炎で空気を枯らそうとしていたのだろう。

 熟練した錬金術師であり、戦闘も卓越していたタケルがそんな手段を初手で取るしかないと判断したのは時間稼ぎでもあるのだろうが、勝つ自信があるのならこんな手段は取らないだろう。

 アルエはそう瞬時に判断できた。


「じぃちゃん……」

「……はぁ……はぁ……はぁ……」


 頭では理解出来ている。とても冷静に。

 しかし血だらけで両方の腕が向いてはいけない方向に向いていて腹に風穴が空いている自分の祖父を前にして絶望した。


「おやおや、向こうから来てくれましたか。やはりお爺さん想いの良いお孫さんですね」

「……あんた、領主の次男だな?」

「おや、私を知っていましたか。あまり表には出ないようしていたのですがね」


 タケルを踏み付けている敵の後ろにいる領主の次男は不気味な笑みを浮かべていた。

 アルエは状況を整理して、この襲撃の首謀者がこの領主の次男であると断定した。

 どんな目的があるかはわからないが、どうあっても愉快な話などではないことだけはわかるわけで。


「……に、逃げろぉぉ……ッ!!」

「じぃちゃんっ!!」


 虫の息のタケルはそれでもアルエの方を向いて必死に訴えた。

 振り向いたタケルの片目はくり抜かれていて、耳も千切られている事に気付いた。

 タケルを踏み付けている敵はローブを深く被っており何者かも判断がつかないが、見たところ無傷であった。


「お前らは何者なんだ? なんの目的があってこんな事をしたんだ?!」

「これから殺すのにそんな事を話しても無駄でしょう? 私は冥土の土産に話してやるような愉快な性格でもないのでねぇ」


 時間稼ぎにもならない。

 これだから頭の良い奴と政治家は困るとアルエは心の中で吐き捨てた。

 背後の穴からウルフたちが集まってきていて既に逃げ場もなく、タケルを襲った敵もアルエに向かって急接近してきた。


 分かっていても不意を着く速度のダッシュにワンテンポ遅れてウルフダガーを構えた。

 それでも間に合わないと思われた刹那、目の前に土の柱がそびえ立ちローブの敵の顎をかすめた。


 折れ曲がった腕で地面に触れてアルエを守ろうとタケルが錬金術で妨害した。

 不意打ちであったにも関わらずヒットしなかったのはそれだけローブの敵が強い事を如実にょじつに表していた。


老耄おいぼれはさっさと死ねよ」

「ガハッ?!」

「じぃちゃん!!」


 タケルの悲鳴に気を取られた一瞬にも土柱を破壊して接近してくる敵の拳をウルフダガーで受け止めたが吹き飛ばされてしまい土壁に激突した。

 ウルフダガーが折れなかったのが奇跡ですらあるような威力の拳。


「……あんた、人間じゃないな?」

「ご名答〜。そいつは魔族さ。今や絶滅危惧種のね」

「……魔族、だと?」


 魔王討伐後に魔族は殲滅したとされていた。

 最も魔力の恩恵を受けることのできる種族であり、人類とは違い心臓の代わりに魔石で生きている魔族は魔王の死後に大きく弱体化していた。

 全盛期の魔族ともやりあったことのないアルエに弱体化しているとは思われる魔族と言えど勝てる見込みなどなかった。


「お前……まさか……」

「お孫さんは随分と頭がいいようだね。殺すには惜しいなぁ」


 どうして領主の次男と魔族が一緒にいて、そしてこんな山奥に住むタケルとアルエを襲撃してきたのか?

 理由は複数あるが、アルエはその中でも最も災厄で最悪な目的が見えてしまった。


「だがやはり末裔たちは始末しておかないといけないようだな」

「魔王を復活させて、どうするつもりなんだよ?!」

「頭は良くても世間は知らないようだから教えてやろう。世の中には大衆の敵という存在があって初めて人類は団結し、秩序は保たれる」


 言っている意味がアルエにはわからなかった。

 わかりたいとも思わなかった。

 そんな事はどうでもよかったから。

 世の中だとか、大衆がどうだとか、アルエには酷くどうでもよかった。


 唯一の家族が、目の前に死にそうになっている。それだけが重要なことであり、顔も知らない姉すらどうでもいいとすら思えるのに人類とか秩序なんてくだらないとすら思っていた。


「ッぐ!!」


 領主の次男の戯言の間にも魔族の攻撃にひたすら耐える。

 拳の一つ一つが重く、子どもであるアルエにはあまりにもその一撃が堪えた。

 ウルフダガーで反撃しても皮膚にかすり傷ができる程度であり、クリーンヒットすれば即死に近いという危機的状況。

 呼吸するタイミングすら神経を使う。


「ガキだからか随分とすばしっこいなぁ」


 次男はイラつきながらもこちらの戦いを眺めていた。

 その間にもタケルの風穴の空いた腹を踏み付けているわけで、それが無性にアルエを苛立たせた。


「アルエ……逃げるんじゃぁ……」


 口から血を吐き出していて尚アルエの心配をするタケルの声を聞いてアルエは泣きそうになっていた。

 目の前の理不尽に悪態を付きながらもアルエはダガーを構える事をやめなかった。


「あまり子どもをいたぶるのは趣味じゃないんですがね」


 下卑た笑みでタケルを踏み付けているような男が言ったとこで印象が良くなることもない。

 しかし魔族は実際にはアルエをいたぶるつもりはなく、確実に殺しに来ていた。

 魔族はローブを脱ぎ捨て細々と動くアルエに怒りを露わにしていた。


 筋骨隆々であり魔石があるであろう胸部の筋肉は刃を通しそうには思えない程の筋肉量。

 さらに言えば子どものアルエではどうやっても力の差は歴然だった。


「死ね、ガキが!!」


 魔族の振り下ろした一撃を小柄ゆえの身軽さで股の間をすり抜けた。

 そしてそのすり抜け様に魔族の足のアキレス腱を斬り裂いた。

 アキレス腱には邪魔な筋肉はなく、刃の摩擦で上手く斬ることに成功した。

 アキレス腱が斬られた事によってバランスを崩して片膝を着いた魔族。


「死ぬのはお前だクソ野郎が!!」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」


 アルエは魔族の背中に飛び乗って足で魔族にしがみついて両手に握ったダガーを魔族の両目に突き刺した。

 アルエの分析ではこの魔族は核である魔石の魔力で身体能力を底上げする脳筋タイプ。

 しかしそれでも眼球の防御力なんて上げようもない。


「お前らは、絶対に赦さないからな!!」


 魔族の両目に刺したダガーをそのまま捻り中身を抉って引き抜いた。

 その瞬間魔族が一際大きく暴れて振り落とされてしまった。

 それでも受け身を取ってすぐさま魔族の元に駆け寄り今度は魔族の耳穴にダガーを突き刺した。

 魔族は激痛の最中にも反撃とばかりに腕を振り回したがそれを掻い潜りもう片方の耳穴にもダガーを突き刺した。


「知ってるか? 次男」

「な、何をだ……?」

「錬金術師ってのはさ、造るのが得意なんだ」

「だ、だからなんだというんだ……?」


 アルエはウルフダガーを再錬成し直して形を変形させた。

 より一点突破で切り裂くよりも突き刺させるように形状を変化させる。


「造るにはさ、壊し方も知らないと造れないんだよ」


 魔法はイメージでどこまでもいける。

 だが錬金術師はあくまでもイメージと知識の両方が魔術師や魔法使いよりも求められる。


「魔族とはいえ、人型の奴を殺した事はなかったから難しかったけど、いい勉強になったよ」


 アルエは槍のように尖ったダガーを深々と魔族の魔石目掛けて突き刺した。

 屈強な筋肉と強化でも、一点突破なら届くと踏んでいた。

 ただダガーを強化させるための時間がなかった。

 だから目を潰し、耳を塞いた。


「生憎と俺はまだ錬金術師として半人前なんだ。だから頑張るよ」

「……こいつ、イカれてやがるっ!!」

「イカれてるのはそっちだと俺は思うけどね」


 魔石を砕かれて灰になって消えていく魔族に目もくれずアルエは領主の次男に向かって歩いていた。

 背後から襲ってくるウルフたちに砂を投げ付けた。

 砂を錬金術師で鉄にして、さらに酸化させて鉄錆となったものがウルフたちの眼球や口内に入り悲鳴をあげていた。


 多少は賢いのか、何をされたのかわからなくとも物理攻撃よりも危険だと本能的にウルフたちは理解したのだろう。

 威嚇しつつもジリジリと後ろに引き下がっていく。


「ここから逃がす訳ないだろう?」


 アルエはタケルの造った大地乃檻グランド・プリズムの穴を錬金術で塞いでウルフ達を殺し回った。

 そうして牙を集めて終えて、領主の次男の元へ再び歩き出した。


「く、来るなッ?!」


 集めた牙で短剣を複数錬成し、次男を殴り倒して手のひらと足首近くのアキレス腱と骨の間に短剣を突き刺して地面に大の字状態で固定した。


「まだ殺さないから」


 悲鳴を上げている次男がうるさかったので口に土を突っ込んで黙らせてアルエはタケルの元に駆け寄った。


「じいちゃん……」

「……はぁ……はぁ……」


 タケルをアルエが抱き寄せても、もはやアルエをまともに認識できていなかった。


「じいちゃん、俺……」

「…………」

「なんか言ってくれよ……じぃちゃん」


 タケルの遺言すら聞けなかった。

 この手で抱き締めても、ぐったりと重たくなった自分の祖父から少しずつ熱が冷めていくだけだった。


 タケルは孫の腕の中で死んだ事を認識してくれただろうか?

 守れなかったこんな孫でも、それでも意識途切れる間際の最後まで愛してくれていただろうか。

 そんな事を考えながらアルエは精一杯抱き締めた。




 そうしてアルエはどれだけ泣いただろうか。

 時を刻む無意味さに嘆きつつも泣き続け、そしてそれすら枯れた頃。


「……じゃあ、知ってる事を全部聞かせてもらうから」

「ふっ!! ふふっ?!」


 口の中にある土で上手く喋れない次男にムカついて顔をダガーの柄で殴り黙らせた。


「安心してよ。ここは大地乃檻グランド・プリズムの中だし、さっき防音機能も強化したから、好きなだけ叫ぶといい。疲れるとは思うからあまりオススメはしないけど」


 そうして領主の次男の断末魔は響き続けた。

 思いつく限りの方法で次男を苦しめ情報を引き出した。

 そして拷問を終えて次男の服や身元の分かるものを全て奪い取り燃やした。

 それでもまだ生きているので、もう一度口に土を突っ込んで後は放置することにした。

 大地乃檻グランド・プリズムを解除すればそのうち野生動物か魔物がコレを喰べてくれるだろう。




「じぃちゃん、行ってくるよ」


 アルエはタケルを埋めて墓を作った。

 そうして旅に出た。

 言い伝えのその先へ行くために。


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