エピローグ第2話 末裔の苦難。

 アルエはどうしようもなく走っていた。走るしかなかった。

 後ろを振り返る暇は全くない事を知っていた。

 戻るべきだと思う度にタケルから語られていた話が本当の話なのだと否が応でもわかってしまったから。


 平和だったこの1000年が崩れていく。

 タケルが響かせた背後の轟音は平和だった1000年の終わりを知らせるかねだとアルエは知っている。


「でもッ!! ……」


 アルエにとって、タケルは唯一の家族である。

 見知らぬ姉がいるから頼れと言われても、アルエにとってはもはや他人でしかない。

 錬金術師としても半人前のアルエにこれから何ができるというのだろうか?

 転生者の末裔なだけで、何も変わらない。

 タケルは言い伝えを語り、そして口々に言っていた。

 いずれ我ら末裔は再び世界の為に巨悪と戦わねばならないだろうと。

 だからこうして何度も口伝を語るのだと。


「てんとう虫くん、ごめん。俺はやっぱり……」


 安全なルートを案内してくれていたてんとう虫にアルエはそう言った。

 戻ったところでどうしようもない事はわかりきっていた。

 タケルの判断はいつだって正しい事をアルエは知っていたから。

 アルエの迷いの先の答えをいつだってタケルは導けるだけの人だった事を知っていたから。


 だから自分が戦いアルエを逃がすという選択肢を選んだという事はそれが1番正しく合理的な事でもあるのだと頭ではわかっていた。


「……ごめんなじぃちゃん」


 アルエは泣きじゃくりながらもタケルの元へ走っていた。

 歳老いたタケルと言ってもアルエよりは何倍も強かった事もアルエは知っている。

 そんなタケルが死ぬのなら、アルエだって死ぬだろう。それをわかっていてタケルの元に戻るというのは犬死にもいいとこだ。


「合理的じゃないことくらい、わかってるよ」


 タケルはいつも言っていた。

 錬金術は合理的に、そしてその先の最後に我儘わがままであれと。

 合理的なんてのはあくまでも基礎でしかない。

 ほんの少しの我儘は誰かの為とか、好きな女に贈る為の気持ちだとか、そういう恥ずかしいのだっていいからと。


「生憎と俺はまだ、反抗期なんだよっ!!」


 アルエは錬成陣が刻まれたグローブを装着して地面を掴んだ。

 地面を錬成で形を変えて盛り上げて進む速度を一気に速めた。

 辺りを見渡せるほどの高さで状況を認識しつつ錬成を続けながら、さらにもう片方の手で握っていた土から簡素かんそな短剣を2本錬成した。


「見えた!」


 山小屋近くに土のドームの『大地乃檻グランド・プリズム』が錬成されていた。

 タケルはおそらくその中で敵を足止めしているのだろう。

 かなりの広範囲であり、敵襲の規模がそんなにもあったのかと今更ながら知った。


 虫の聲が聴けるアルエだからこそ上手く他の敵をすり抜けて逃げることができたが、それでも匂いを嗅ぎ付けられているのか追ってきていたウルフたちとすれ違った。


 その辺の山のウルフとは違って体内に魔石を持っているらしく一体一体が山の主クラスの戦闘力はありそうだとアルエは分析した。

 このクラスを何体も従えて襲撃に来ているとなるとかなりの大問題であった。


「じぃちゃんっ!!」


 魔石を体内に持っている魔物は魔王討伐後にかなりの数が激減した。

 魔石は生物の力を底上げするだけではなく、野生本能を暴走状態にさせる事も多い。


「がはッ?!」


 茂みから襲いかかってきたウルフに噛み付かれてアルエは地面に落ちた。

 地面近くの茂みからは何メートルもあろう上空だったのにも関わらずアルエを狙ってこれる時点で相当に強い事はわかっていた。


「痛ったいなぁ?!」


 肩に噛み付いたウルフの喉に短剣を突き刺して捻り傷口をえぐった。

 痙攣して噛む力を緩めたウルフを蹴りつけて退かしたがその間にウルフたちが集まってきていた。

 このままではタケルの元にたどり着く前にウルフたちの餌になってしまう。

 そもそも集団で狩りをする習性のあるウルフ相手に1人で勝つのは無謀であることはアルエでも知っている。

 転生者だったなら問題もなかったのだろうが、アルエは転生者の末裔なだけで、それは普通の錬金術師と変わらない。


「ヤバいな……」


 タケルを助けたいと思って戻ろうとしても、こんな所で足止めされるどころか死ぬかもしれないのだから笑えない。アルエはそう思わざるえなかった。

 末裔って言ったってこの程度の話でしかないのだ。


「『大地乃檻グランド・プリズム』!!」


 アルエは地面に触れて自らを覆う程度の土壁を造り時間を稼いだ。

 タケルのような規模と強度を瞬間的に造り出せるほどではないため、あまり時間は稼げないだろうことはアルエ自身もわかっていた。


 アルエはまだ温かいウルフの死体から牙を折り、短剣でウルフの腹を捌いて魔石のある場所へと手を伸ばした。

 温かくぬめるウルフの体内に吐き気を覚えながら魔石を掴んで無理やり引っこ抜いた。

 そしてウルフから垂れ流れる血で錬成陣を描き、真ん中に土と牙と魔石を置いて錬成を開始した。


 即興でより強い短剣を造る。

 既に先程ウルフに突き立てた短剣は刃がボロボロになっている。

 鍛錬をしていない短剣ではこのウルフたちにすら敵わない。

 しかし時間は無い。

 アルエは焦りながらもどうしようもない理不尽に怒りを露わにしていた。

 肩の痛みも酷く、その理不尽はさらに増していく。


「こ、これなら……なんとか……ッ?!」


 ウルフ・ダガーを2本造り終えた段階で土壁が破壊され、今にもウルフたちが襲いかかってきそうだった。

 土壁に群がっているであろうウルフたちに今一斉に襲いかかられては勝ちようがない。


 アルエは土壁に両手を付けて必死に土壁を固めていた。


「くっそ!! どうするどうする?!」


 武器は完成しても、群がられていてはダガーを振るう前に噛み殺されるのは目に見えている。

 一体だけでもアルエより大きいウルフにのしかかられたら完全に詰む。


「ぐッ?!」


 土壁を補強していくそばからほころびが生じてキリがない。

 犬死にどころか犬に殺されるなんて末裔として情けない。

 ウルフたちが土壁のドームごと破壊しようと上に何体も乗って攻撃してきていて押し潰されそうになる。


「こんなことで……死ねるかよ……ッ!!」


 両手で補強していた錬成を片腕だけで行いつつ、もう片方の手で新たな錬成を開始した。


「『悪魔乃心臓デーモン・コア』!!」


 アルエは存在しない技を叫び即興で魔法を造った。

 土の中の鉄分をより強固にして大地乃檻グランド・プリズムの外側から鉄の針を生成してウルフたちを串刺しにした。

 魔法使いでもないアルエに出来ることは錬金術のみである。


 形に縛られない魔法の行使はアルエの最大の長所であり、唯一タケルから錬金術師として褒められていた才能と呼べるようなものだった。


「はぁ……はぁ……行かなきゃ……」


 早くも満身創痍まんしんそういであるアルエはそれでも祖父の元へと走り出した。


「……後悔、したくないんだよじぃちゃん」


 だからごめん。

 そうアルエは呟いて走る。

 自ら理不尽に向かって走り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る