転生者の末裔の苦難の錬金術師

なごむ

エピローグ第1話 末裔たちの話。

「かつて転生者と呼ばれた7人の勇者が「日出ひいずる国」より現れ魔王を倒し、世界は平和になった。

 人々は新たな平和を祝して聖日歴せいひれきとして世界は生まれ変わった」

「じぃちゃん、もうそれは何回も聞いたよ」

「大事な事じゃ。いつかアルエが大人になって子どもが出来た時、この話を受け継がなくてはいかんのだ。耳にたこができても儂は語らねばならん」


 昔からアルエの祖父のタケルはこの話ばかりを孫のアルエに語っている故か、いよいよボケたとしてもアルエにはわからないかもしれないと飽きれていた。

 もうすぐ12歳になるというのに、この話は未だに変わらない。

 何度も何度もアルエは聞かされて、今では呪文の如く語れる程にはアルエは覚えている。

 自分の名前をたとえ忘れてもこの語りだけは無意識にでも一言一句言えるだろう。


「じぃちゃん、なんでそんな昔の話を未だに語り継いでるのさ? もう聖日歴997年だよ?」


 アルエはタケルにそう問うた。

 それほどいやになるくらいには聞かされ、しかしこの話をどうしてここまで執拗しつように孫であるアルエに言って聞かせるのかわからなかった。

 昔も昔、大昔もいいとこである。


「もうすぐ、もうすぐ1000年。これは即ち魔王が倒されてから1000年という意味でもある」

「そんなのわかってるさ。同じことだもの」

「そうじゃ。だからこそ、脈々と語り継ぐ必要があったんじゃ」


 タケルはそう言って満月をいつくしむようにして眺めた。

 それはどこか儚く、まるで長年そばにいてくれた祖父が居なくなってしまうことを指し示しているようであるとアルエは感じていた。


「アルエ」

「なに? じぃちゃん」

「お前さんが12歳になったら、渡す物がある」

「え?! 何?! 魔剣とか?!」

「そんな大層なもんじゃないわい」

「な〜んだ」


 アルエはわかりやすく不服そうにがっかりとした顔をした。

 貧しい暮らし故に期待なんてしていなかったアルエだが、山奥で暮らしている者としてはそれなりの剣や弓を欲するのは男子心としては健全な方かもしれんとタケルは微笑ましくもそれを寂しいと思った。


 それはもうすぐ別れを意味しているとタケルは知っているのであるから。


「魔剣やら聖剣は、お前さんが自分で造れるようになればいい。アルエにもその血は流れておるんじゃから」

「じぃちゃんみたいにはまだなれないし」

「儂がアルエくらいの時は、短剣を造るので精一杯じゃった。じゃがアルエなら儂なんてあっという間に越えていくじゃろうて」

「そう言われて早くも3年経ってるけどね?」

「人生はずぅぅっと修行じゃよ。終わりとは即ち天界に逝く時じゃよ」


 アルエとタケルは代々錬金術師として細々と生きてきていた。

 山奥に暮らし、自然と共に生き、時にはふもとの街であきないをする。

 今までそうやってずっと暮らしてきた。


「じぃちゃん、なんか虫たちが騒がしいよ?」

「ああ。儂にもまだ聴こえておる。もうすぐじゃろうからな」

「なにが?」


 こころなしか騒がしく虫たちの鳴き声にアルエは思わずタケルに問いかけると、タケルは何かを知っているようだった。

 もうすぐ、とは一体なんなのか?

 アルエは漠然とした恐怖を感じていた。


「魔王の復活が近いのじゃ」

「……魔王が、復活?」

「ああ。じゃから魔物たちが活発になっておる。虫たちはそれを儂らに知らせてくれておるんじゃよ」

「そうなんだね……」


 タケルやアルエたちにとって、虫たちは仲のいい友だちのようなものだった。

 もちろん山奥で暮らしていると色んな動物たちと触れ合い、時には命のやり取りもある。

 タケルは孫であるアルエに命のやりとりと、日々自然の恵みを頂く感謝を教え続けてきた。


 虫の知らせでそうやって嵐を回避したり、大雨から身を守ったりと助けてもらったこともたくさんあった。

 だからこそ、アルエは虫たちのこえがなんとなくわかるようになっていた。


「ん? どうしたのてんとう虫くん?」


 山小屋の隙間から入ってきたであろう1匹のてんとう虫がアルエの鼻の上に乗っかった。

 そうして何度も羽根を広げていた。


「じぃちゃん、てんとう虫くんが逃げろって……」

「……もう遅い」

「……え?」


 タケルは布団から起き上がり身支度を始めた。

 かつてないほどのピリついた祖父の雰囲気にアルエは圧倒されていた。

 これほど威圧的なタケルをアルエは今まで見たことがなかった。


「アルエ、家を出る準備をしろ」

「う、うん」


 タケルがこんな夜更けに家を出るなんて言うことがそもそも異常事態であるとアルエにもわかって動揺していた。

 そんな殺気立つタケルに怯えつつもアルエは身支度を済ませた。


「アルエ、これは安全な所に着いたら読みなさい。お前にしか読めないようになっておる」

「ど、どういうこと? じぃちゃん?」

「時が満ちてしまった。そしていずれ全てがわかる日が否応いやおうなく来るじゃろう」

「ねぇ?! どういう事なの?! 教えてよ?!」


 タケルは険しい顔から一変してアルエの頭を撫でた。

 今まで何度もそうやって頭を撫でられてきた無骨で大きな手がアルエは好きだった。

 そんな無骨で大きな手からは名残惜しさと寂しさが伝わってきた。


「よいかアルエ。合図をしたら、まず麓の街に逃げるんじゃ。そしてキョウローン王国にいるヒナ・アズマという女を頼るのじゃ」

「アズマって……」

「お前の姉じゃ。歳が5つ離れておるし、お前は覚えておらんじゃろうが、それを渡せば話は分かるはずじゃ」

「え、え……」


 アルエは突然の話にさらにパニックになった。

 今までずっと家族はタケルだけだったから。

 そんな大事な話をどうして今するのだろうかとか、とにかく聞きたいことはたくさんあったからでもある。

 しかしあれこれ全部を話してくれるような様子もないタケルにどうしようもないような理不尽すらアルエは感じていた。


「時間がないのう」


 山小屋の周りで獣たちの雄叫びが上がっていた。

 その辺の野犬などではない。

 それよりずっと大きく、体の全身に響く声は内蔵を舐められているとすらアルエに錯覚させるほどだった。


 タケルは背中にアルエの服を結び付けてまるでアルエを背負っているようにしてドアに手を掛けた。


「魔物たちは儂が惹き付ける。アルエ、お前は逃げろ」

「や、やだよじぃちゃん……俺も戦うよ……」

「ならん。お前を護りながらでは勝てんのじゃ」

「で、でも……」


 アルエも戦うすべは身に付けていた。

 少なくともこの山で生きていけるだけの戦闘力はあるはずだった。

 そしてそれはタケルにもわかっているはず。

 それでもなお、戦う事を許さないということは、それほどの敵であるということであった。


 タケルは己を奮い立てつつも、それでもアルエを抱き締めた。

 それが別れを表していることは子どものアルエでもわかっていた。


「アルエ、お前は来たるべき日に再び立ち上がらければならん。我ら「日出ずる国」の末裔として、世界を救わなければならんのじゃ」

「じ、じぃちゃん……」


 タケルは精一杯の笑顔をアルエに見せた。

 これが最後だからと、めいいっぱい目じりにしわを作ったあたたかな笑顔だった。


「儂が表に出て戦いを始める。敵を閉じ込めるから、その間に逃げなさい」

「…………」


 すんなりと頷く事はアルエにはできなかった。

 簡単に頷くはずもない事をタケルもまたよく知っていた。

 タケルは腕輪を外してアルエに装着させた。


「その腕輪をアルエにやろう。儂がかつて愛し、そして共に冒険をした女との想い出のある大事な腕輪じゃ。アルエにはそれを護ってほしい」

「これ……じぃちゃんが肌身離さず持ってたもんだろ……? そんなの受け取れないよ……」

「頼む。儂を連れて行っておくれ」


 この腕輪は形見だと、そう言っているのである。

 死にゆく者が遺す大切な物。

 それを今受け取るという意味を、覚悟をアルエは知っていた。

 錬金術師であり、師匠でもあるタケルからの形見。


「アルエ」

「…………」

「お前は儂の希望じゃ」

「……じぃちゃん」


 そう言ってタケルはより一層強くアルエを抱き締めた。

 離れたくないと、そう言っているかのように強く抱き締めるタケルに応えるようにアルエもまた強く抱き締めた。


「元気でのぅ」


 ドアを閉めるまで、タケルは笑顔だった。

 そして数秒後、夜更けの山に怒号が響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る