#03 新本格ミステリは人間を描けていないのか?

 つい先日、あるミステリ小説(それが何かは明かされていませんでしたが)に対するAmazonレビューを取り上げたXの投稿がバズっていました。

https://togetter.com/li/2400791


 そのAmazonレビューには「恐らくトリックから先に考えて作ったのだろう、登場人物がその状況を作り上げる為だけに動いている」と書かれていました。35年前に新本格派の作家たちが受けていた批判というのは、きっとこんなものだったのだろうと想像できて興味深い指摘です。


 新本格ミステリがブームになり始めた当初、最もよくあった批判が「人間が描けていない」というものだったそうです。私は直接には当時のことを知りませんが、新本格ミステリの解説には必ず書いてあることなので、相当根強い批判があったのでしょう。


 確かに、本格ミステリの登場人物は書き割り的で、プロットのために置かれているだけの存在に見えるときもあります。 上記の投稿に対しても、賛同する声は意外と多くあります。


 一方、新本格ミステリはそのような批判をとうの昔に乗り越えており、そのおかげでジャンルとして発展してきたとされています。


 私もそのようなジャンル史観を素直に受け入れていたのですが、いや待てよと。新本格ミステリの解説を読んでも、新本格が「人間が描けていない」という批判に対してどのような反論をしたのが具体的に書かれていないのです。個別の反論はあるのですが、本格ミステリ作家の間でコンセンサスが取れた共通見解のようなものがなく、ちょっともやもやします。


 そこで、改めてこの疑問を考えて整理してみます。


 反論の方法は二つあります。一つは、そもそも人間が描けているかどうかはどうでも良いと主張すること。もう一つは、本格ミステリでも人間を描くことができると主張することです。


 前者に関しては、そもそも質問を破壊してしまうので、議論をしてもしょうがありません。本格ミステリに求めているのは驚きや論理であって人間性ではないと、ある意味では開き直った姿勢とも言えます。


 そういう小説が好きなら本格ミステリを読めば良いし、そうでないなら純文系の作品を読めば良い。人間性が描けている方が優れているとかではなく、単純に個人の好みの問題に過ぎない、と。


 現代人らしい穏便な反論です。多様性の時代ですから、煽るような反論をするよりも「個人の好み」の問題にしてしまえば解決する問題は多々あります。小説も所詮エンターテインメントに過ぎませんから、この解法には何の問題もありません。


 それでも、あえて第二の反論も検討してみましょう。すなわち、本格ミステリには人間が描けていると真正面から主張する方法です。


 新本格初期の作品は、いわゆる「人間が描けていない」と評されても仕方がないところはありました。いくら青春要素があると言ってみたところで、『十角館の殺人』や『密閉教室』や『月光ゲーム』が若者の心の機微を捉えていたとは言い難いでしょう。


 その後は、新本格の初期の人たちは人生歴と作家歴を積んだおかげか、いわゆる人間味のある作品も書くようになりましたし、メフィスト賞作家の中には純文学に移行していく人すらいました。


 つまり、新本格は成熟するにつれて人間も描けるようになった、というのが一つの回答にはなります。他には、そもそも社会派推理小説だとしても人間が描けているとは限らないという意見もあるようです。


 でも、私はもっと直球に回答しても良いと思うのです。本格ミステリだからこそ描ける人間の側面がある、と。


 そもそも、論理的な思考をすることほど人間的な行為はないと私は思っています。未来のことを考えて綿密な計画を練るのも人間だけです。人間以外の動物にはこれほど高度な思考はできません。機械には論理的な思考ができますが、機械を作ったのは人間ですし、機械に論理的な思考をするように命令を出すのは人間です。


 本格ミステリに出てくる人間のほとんどは人間的ではない盤上の駒かもしれません。でも、論理性を重んじる名探偵や巧妙な殺人計画を練る犯人は人間性の極みです。さらにメタ的には、巧妙な謎を作り出す作者とそれを論理的に解き明かそうとする読者が知的ゲームを繰り広げているのも、実に人間的な行為なのです。


 人間特有のものである論理的思考力が最も如実に表出した小説。それが本格ミステリ小説である。これが、本格および新本格ミステリは人間を描けていないのか? に対する私なりの回答です。


 次回の#04では、私が最近読んでいる都筑道夫の評論『黄色い部屋はいかに改装されたか?』と新本格ミステリの関係を考えてみます。

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空飛ぶニシンは本格ミステリの夢を見るか? 小野ニシン @simon2000

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