第十一話:「俺たちの世界だっ!」
「ぐへっ」
まったく、往生際が悪いドラゴンだ。
HPを全損させたのに、最後の最後で渾身の炎ブレスを天井に吐ききり、撃破したことに狂喜乱舞していた俺は背中からイかれた。
よいしょ、とリナが、そそくさと俺にかぶさった瓦礫を片付けてくれている。
「これで、倒せたよな?」
目の前には、無残に散っていった巨龍の死体が転がっている。ハエのような虫がたかり、一瞬で肉が腐食する。
こういう、いらないところまでリアルなのは、現実である証拠だ。
頬についた傷の数個は、この龍との激闘でできた傷。一番物理ダメージが多いのはララだ。だが、彼女の前衛スキルは大変に有能だった。
——。
やっと終わった......っ。
半ば強制的に殺されかけたティトゥス戦とは違い、こちらは自らで臨んだ戦い。死ぬかもしれない恐怖を抱えながらも、五体満足で何とか倒しきった。
得たものは過量のアドレナリンと、強烈な達成感だ。
身体が、とても軽く感じた。
「ふう、案外さくっといったな」
「何回かピンチに陥ることあったけどな」
リナが服についた煤を叩き落としながらそう言った。
「......ぐぅー」
「ほれ、これで飢えをしのぐんだ」
餓死寸前のリナに、クロムの燻製肉を与える。
サナの切断魔法をうまく使うと、胴体だけ肉をつけたまま切り取ることができるために、胴部をそのまま燻製にしたものだ。
俺も少しばかり頂いたが、肉詰めピーマンのような味がして、非常に美味しかった。
——まあ、クロムも魔法を使わない生物のために、魔力の回復などこれっぽっちもできないのだが。
何か別の、強大な魔法生物の肉を仕入れたいところである。
「ふう、久しぶりにこんな動いたな」
ララが、サナに支えられながらこちらに歩いてくる。
所々から出血しているが、切断に及ぶほどの大けがは見られない。
それに、彼女は不敵な笑みを浮かべていたので、俺は安心する。
「よし、『ちゅーとりある』がやっと終わったね」
サナがぐっ、とこぶしを俺に突きつける。彼女の美しい碧眼が輝く。
へへ、俺の中でのチュートリアルは、ティトゥスとの戦いまでだったんだが。
——あ、そういうことか。
俺の第一目標は、冒険者になることだった。だが、俺の、本当のチュートリアルは。
このパーティーが、完全成立するまで、だったのか。
この世界で生きていくのは、一人では絶対に無理だ。
俺一人だったら、この龍だって倒せなかっただろうし。
生き抜くために必要なモノ。
この世界を制覇するためのマストアイテムは。
仲間だ。
「よし、帰るか。報酬もきっかし貰わないと」
こんなにも強大な龍を、傷だらけで倒したというんだ。
報酬があってしかるべきである。
「ちょっと待って、その前に」
サナが俺たちを、龍の死体の前に並べた。
彼女は石を積み上げてある程度の高さを作ると、そこにポケットから取り出した、ボックス状の物体を置く。
「ん? それはなに?」
俺が彼女に訊ねると、すぐに答える。
「空間を保存できる魔道具だよ。私の先祖が保管してた古代の産物なの。あっこれ、この世界に一つしか存在しないものなので、激レアです」
「すげえな、本当にあったんだ」
リナが驚いている。
空間を保存できる魔道具? なんでそんな重要そうなものを、なぜサナが保有しているというのか。
それは、カメラのような機能を果たすものだった。空間を保存する。
「そ、それは......」
ララが少し焦燥を感じさせる表情をとった。
「消えた空間保存機......っ! なぜおまえがっ」
「でも、私のこと捕まえられませんよ、今のあなたじゃ」
「くうっ」
サナがふっ、と笑みを浮かべた。
お、おい。それ、窃盗品なのかっ。
「拾ったんだよ、あくまでも。だから、記念すべき一回目の使用をここでしよう。もしかしたら、超威力の爆発が起こるかもしれないでしょ? 新居でそんなことしたら大迷惑だから、このいつでも壊れていいですよってカオしてる、迷宮の中で、と思ってね」
「そしたら俺たちも巻き込まれる」
「その前に、私が何とか転移魔法を間に合わせよう!」
絶対間に合わない未来を一度確認したうえで、「まあいいか」と言った。
彼女が黒い立方体をつつくと、起動音がして緑色に煌めき始める。
サナがこちらに走ってきて、俺のすぐ横に引っ付く。「時限式なんだよ」と言い、あのボックスめがけて全力の笑顔をとる。
「な、なんでそんな笑っているんだ」
「空間が保存されるんだよ。綺麗な姿で映っていたいでしょ?」
ララがそうサナに聞くと、至極まっとうな返事が返ってくる。すぐに、ララは俺の横に引っ付き、クールな笑みを浮かべた。
「ほれ、映らないだろ」
「ういっ」
リナを持ち上げる。彼女が「な、これじゃあ、まるで小さなお嬢様みたいじゃないか」と、顔を赤らめながら言ってくる。
「ん? そうだけど」
「え」
次の瞬間。一瞬で倍のサイズに膨張した魔道具が閃光を纏う。
☆
少し、びびってしまった。
どう映っているのかは、あの魔道具次第だ。まさか、その形を膨張させるだなんて思わなかった。
本当に爆発するかと思って、少し破顔してしまったかもしれない。
あー、やっちゃった。
まあいいか、と考えていると、いつの間にかセントラムについていた。
傷だらけの身体で変装装備を身に着けるのは非常に癪だったが、捕まるのは面倒なので、各々素直に着用したうえ、ギルドの建物に訪れた。
「な、まさか、本当に討ち取ったのですか? あの古の龍を」
受付嬢さんは、非常に驚いていた。
そりゃ、このパーティならいけるでしょ。俺はそう心の中で呟いたが、確かに、半ばふざけて貼られた超高難易度クエストを、無傷でクリアしてしまったのだから、驚かれるのも当然か。
「ええ、勿論」
リナがカウンターにしがみつきながら、そう言った。
「これが証です」
俺は、龍の「歯」を出す。これほどまでに尖り、かつ魔力を帯びた歯は、あの古龍レイトニクス以外からは獲得できない。
青白く発光していて、今にも爆発しそうだ。
「......確かに確認しました。少々、お待ちください」
受付嬢はバックヤードへと消えていった。
数分後、トレーの上に置かれた、鍵状のものをもってこちらに歩いてくる。
「こちら、屋敷のマスターキーとなります。お受け取りください」
その鍵は、何の変哲もないものだったが、俺には、なぜかとても輝いて見えた。
ゆっくりと手を差し伸べて、それを受け取る。純度の低い、ただの金属でできた鍵だ。
あまり施錠文化が根付かないこの世界では、マスターキーにしては自転車の鍵くらいのサイズでしょぼい。
それをララサナリナに見せ、ポケットにしまう。
「あ、あの......個人的に、なんですが、お名前をお聞きしても」
受付嬢のお姉さんは、そう言った。
俺は少しばかり躊躇いながら、リナと目を合わせ、返答を確認しあった。そして、言葉を返す。
「——いいえ。名乗るほどの者ではないですよ。ただ、世界の裏側が大好きな、変人四人と覚えておいてくれれば大丈夫です」
俺はそう、受付嬢のお姉さんに言った。
そして、ある金属製のコインを彼女の手に包む。
「こ、これは」
「あとで確認してくださいね」
彼女の表情を確認することはしなかった。ゆっくりと振り向き、変人三人を引き連れてギルドの建物をあとにする。
ギルドの大扉を開け、メインストリートに出る。
空は、いつになく水色に染まっていた。
「「「「やったーっ‼」」」」
今日も変人四人が、街のど真ん中で叫んでいます。
☆
「......見つけました」
冒険者ギルドの建物内、木棚が並ぶバックヤードで、ある人物が音信魔法を使用していた。黄色い魔法陣が指にはめたリングに宿っている。
「ええ、セントラムの指定遺跡に眠った古龍を殺してのけたようです。今確かに、報酬を受け渡しました」
受付嬢が通信をする先は——。
『それは確かなんだな』
黒ずくめの男たちが、そう訊ねてくる。
「はい。名前は確認できませんでしたが、素人の私でも、背筋が凍り付くほどの魔力を感じる人間です。まごうことなき、本物です」
『......わかった。情報提供、感謝する。数日もしないうちに、そちらに大軍を送り付ける。その際、報酬を渡そう』
「わかりました」
彼女は魔法を切った。
「残念ね......イオリ」
彼女は、冷徹な笑みを浮かべながら、異国の銅銭を指で捻じ曲げた。
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この冒険者パーティーは何かが足りない あまねりん @Amanelins
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