第十話:「これまでの茶番に終止符を」
なんだか、嫌な気分だ。
先ほどの論議は、俺が角部屋を得る、といったところで終止符が打たれた。
つまり、ララによるSMプレイが待ったなしである。
エロい夏は最高だが、求めてないですよ、別に。
だってどうせプラトニックでしょ。拷問マニアというくらいだから、鞭でぺしん、血がぶしゃーとか、そういうのでしょ!
グロい! 異世界!
別に苦もなく、迷宮の最奥の部屋まで到達してしまった。
おそらくは、もっと難しくあるべきだった、迷宮。
気まずい雰囲気に耐えかねて、俺たち四人組は黙々と強敵を打ち砕いていった。
中級水魔術はみるみるうちに成長し、かなりの威力へと化している。
サナはご自慢の切断魔法で、床をモンスターの青い体液で染めている。
リナは俺の背中に引っ付きながら、ときたま俺の魔法の手伝いを行う。
拷問マニアは、魔法すら千切る剣術で、来る敵すべてを薙ぎ払っている。
そそくさと罠にかかることもなく急ぎ、門前まで到着したわけだが。
「あ、あのさ」
「どうしたの、イオリ」
「......拷問しないで」
「あっ、私に言ってるのか?」
駄目だッ。異世界。
せめて俺以外のパーティメンバー全員は、優秀であれよ。
能力が高い順に並べてララ、サナ、リナなのに、性格終わってる順と変わらないのがどうしてなのか。
「ま、まあ、嘘だ。さっきの言葉は」
「いや、もう撤回できないよ」
「な、なんでよ」
先ほどから、リナがなぜ口数を減らしているかで、どれだけカミングアウトが驚愕の事実であったことがわかるだろうか。
今から、ボス戦だというのに。
俺の連れは、本当に......。
「これで、ボス戦だ」
「うん」
「......こういう時にする話じゃないかもしれないが」
そういう前置きをおいて、俺は震える声で呟いた。
「まじで、死ぬかもしれない」
——これはギルド指定の高難易度クエスト。
異世界に来てまもない、俺のような初心者では到底クリアできそうにない、負けイベントだ。
それに、転移特典とくれば、圧倒的な身体能力や、身を守れる剣術なんかではない。
圧倒的な魔力値、ただそれだけだ。
魔術を覚えていない俺にとっては、ただMP最大値の持ち腐れ。
真剣に考えるなら、ここで引き返したほうが、まだ身のためだと思う。
「あなたは死なないよ」
「君が守ってくれるからか?」
「違うけど」
「......ん?」
お決まりのセリフを、また破壊する。
「こんな凸凹コンビネーション、そうそうないよ。一人は、身元不明の謎冒険者でしょ。それに、スラムで拾ってきた魔族の血をひく孤児。さらに、南部統括官様がいる。そんなパーティ、どこをあたってもないと思う。私たちが出会えた奇跡、それをかみしめていこう」
サナはそう言った。ゆっくりと彼女から視線を逸らす。銀髪の聖騎士、赤髪の魔女がいる。
「それに、まだ『ちゅーとりある』でしょ? 家をもらうために一々死んでちゃ、この世界なんかくそったれだよ」
サナが『ちゅーとりある』と言った。——これも、俺の心を覗いたゆえに出てくる言葉だろう。
「くそったれ、か」
前の世界に比べれば、くそったれ度は低いだろうが。
確かに、こんなところで死んではいられない。
「イオリは......まあ、冒険者になって間もないから、レベルも低いだろうけど、私たちは、弱くはないからね。隠されてた迷宮のドラゴンなんて、私にかかればイチコロだし」
じゃあなんでギルドにこの依頼が残ってんだ、と言いそうになったが、やめた。
......そうだな。
俺は弱いが、仲間が強すぎる。
そんなんで、負けるわけがないんだ。
「じゃあ、開けるぞ」
「うん」
「ああ」
「行こう」
俺は、そっと石門に手を当てる。魔力が充填され、大きな音をたてて石門が開く。
別に、ララがとんでもない拷問マニアでド変態でも、かまわない。
彼女とは違うんだと知らん顔しているリナとサナも、もれなくかまわない。
やっと、冒険者らしいことができるんだ。
この終わってるパーティで、一歩を踏み出せっ!
ドアの、その向こうには。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
咆哮。とっさに鼓膜を保護するべく、耳を抑える。
「......デカい」
「な、なんだあのサイズっ」
——レイトニクス。それは、ここら一帯を支配する巨大な飛龍だ。
とはいえ、ある程度、能力値を下に見ていたところはあった。サナの切断魔法で即死していたからだ。
だが。腕っぷし一つをとるにしても、先に目撃した奴より、数十倍は大きい。
巨大な廃宮殿の大広間の、天井についてしまいそうなくらいに大きな翼竜が、そこに鎮座していた。
「よ、避けてっ!」
サナの合図で、俺はバックステップをとる。刹那、目の前に巨大な尻尾が叩きつけられる。ギザギザで、ところどころに壊れた手斧などが突き刺さっていた。
真っ黒な体色をした飛龍は、その真っ赤な瞳で俺の姿をじっと見定めた。
「危ないっ」
右横から飛来する巨大な腕。魔法を使用しない物理攻撃だけで、強烈な風圧を感じる。
ララが大剣でその攻撃を受け切る。
「くっ、うう」
ララが大剣の刃を、龍の腕に食い込ませ、吸着させる。
だが、龍は動かない右腕での攻撃手法を捨て、次に喉元を真っ青に発光させた。
「リナっ、俺に続けっ」
「わ、わかった」
ある種、ゲームみたいな世界だ。
だが、ゲームみたいに、下手につくられていない。これは、現実だ。
だから、きっと。
魔法も物理規則に則った、元素操作術でしかないわけで。
俺は自分の腕を、龍の口腔内向けて伸ばす。
一瞬で碧い魔法陣が展開され、予測線が太く投影される。
あの青い光は、加熱された炎。それを風圧で威力増長し、炎ブレスのような攻撃をとろうとしている、そうに違いない。
だったら、その炎を消し飛ばせばいいのだ。
「いけッ‼」
ずばっ、と轟音が響き、魔法陣の中心から水球が放出する。
それは龍の開かれた口元に投げ込まれると、巨大な爆発を引き起こした。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
「今だッ!」
リナが駆ける。バックステップで倒れる龍を避けたララの背中を駆け上がり、その小さな身体で、できる限りの大ジャンプをする。
「はあっ‼」
彼女が使用するのは、火魔法、爆破貫通術。
彼女の真っ赤な魔法陣は何倍にも拡幅され、飛龍の腹部に着弾する。
数千度もの超高温に至る火球は、いともたやすく龍の皮膚を溶かし、傷を背部に貫通させる。血が噴水のように噴き出し、巨大な身体がのたうち回る。
「あっ」
巨大な龍の起こした振動は、古い廃宮殿の天井を簡単に崩した。ふと、頭上を見やる。すると、降りかかる巨大な石柱があった。この距離では、避けきれない......!
刹那。
その石柱は俺の頭上で切断四散する。
「......ふう、危なかったね」
サナが俺の背中に、自分のを引っ付ける。
「強そうだけど、行けるよ、私たちなら」
「——ああ、行くぞ!」
龍は無茶苦茶な機動で立ち上がり、翼をばたつかせる。
身体に、巨大な丸穴が空いているというのに、まだ動くのか......!
「純粋なバトルものになるなんて、思ってもなかったのに!」
俺は水魔法で瓦礫を破壊しながら、サナと、龍に向けて走る。
「ララっ」
あの龍に飛行されてしまえば、もうこちらに勝ち目はない。魔術の射程は爆破魔法を除き非常に短いため、攻撃が届かず、炎ブレスで俺たちは丸焦げになる。
こんな狭い場所で爆破魔法を使うなら、地獄のような景色が再現される。それならナイフで自殺したほうがまだマシだ。
だから、なんとしても飛ばれる前に倒さなければならない。
「はあっ!」
接近戦闘に極振りしたララは、俺たちを置いて単身突撃する。閃光のような速度で龍の足元に到達すると、大剣を釘のように地面に突き刺した。
腕部を貫通し、龍が吠える。
「続け!」
果たして、あの巨体をどれだけ地上に留めて維持できるだろうか。
ララの魔法を捨てた完全物理攻撃特化のステータスは、迷宮の奥底で眠る龍を軽く抑制してのける。
「サナ! ラストアタックだッ!」
精一杯、駆ける。
異世界に来たとはいえ、何のアシストもかかっていない、純粋なる俺の全力疾走。
瞬間移動など夢のまた夢の、超鈍足で龍に駆ける。
目の前に見える景色は、俺の心を活性化させる。
これだよ、これ。
俺が味わいたかった「冒険者ライフ」は。
死にそうだけれども。パーティは凸凹だけれども。
これまでの茶番に終止符を打てるくらいには、この世界を純粋に楽しんでいる。
この一撃に賭けるんだ。
俺のこの先の未来を。
「「はああああああああああああっ!!!!!!」」
二人の咆哮が重なる。背を合わせて、同時に放った水魔法・上級基礎魔術。
巨大な水色の粒子砲と化したその魔法は、龍の身体を簡単に焼きはらった。
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