第九話:「俺の連れはハイスペックだった」

 なんだか、嫌な気分だ。

 先ほどの老人は、なんとプログラムされたロボットであった、という。


 つまり、あの出来事もすべて捏造。バカみたいに感傷に浸っていたあの頃を、どうにかして取り戻したいものだ。


 心機一転しよう。


 セントラムの街から、少しばかり離れた山のふもとに、石造りの迷宮がある。

 その迷宮の最深部に生息する、レイトニクスと呼ばれる巨大な飛龍を殺すのが、俺たちの目的だ。


 冒険者ギルドに貼られていた謎の依頼。

 おそらく、冒険者になってちょうど一か月くらいの俺が挑んでいいものではない、高難易度クエスト。


 だが、俺の連れは、人間性を質に出して、その代わりに圧倒的な強さを手に入れたバカ三で構成されている。

 

 なんとなく、クリアできそうなのだ。だから、ここに来た。


 道中に赤い目をしたクロムがうじゃうじゃ現れた。クロムの目は青色だが、ここの個体は真っ赤である。


 どこかのアニメで見たように、赤は警告色を示しているのかもしれない。その金属に比肩する硬さの外殻を武器に、俺たちを粉砕しようとすごいスピードで転がってくる。


 中級水魔術を適宜当てながら、俺たちはダンジョンの奥地に進む。


 今のところ、いい感じである。

 前世のサブカル知識のおかげで、ある程度の死への抵抗ができている。


 このまま最奥の龍を殺し、家を手に入れるのだ。

 そう。こんなところで死んでいられない。


 まだ、始まりの街の、たかだか高難易度クエスト。

 家さえ持たないのだから、早く第一章を脱出しなければならない。


 序盤の無力さを、忘れるために。


「なあ、本当に家をもらえるのか? すごく不安になってきた」

 俺はそう、三人方に訊ねる。


「うん。ギルドに依頼を出すときは、報酬をあらかじめギルドに渡しておかないといけないの。冒険者と依頼主のごたごたを防ぐためにね。もうすでにギルド本部には、家の鍵は保管されているだろうし、あとは私たちが倒した証拠を持って帰れば、家はもらえるはず」

「それならよかったが——ほんとうに、もらった図のような家なのか? ボロ屋敷じゃないだろうな」


 この依頼を受ける前、あらかじめもらえる家を見に行こうとしたのだ。

 だが、ギルドのお姉さんは場所を教えず、もらったのは家の間取りが刻まれた紙だけだった。


 内見くらいさせろよ! とリナと図々しく張り合ってみたものの、あまり目立つとすぐに本当の姿がばれてしまうだろうし、もうムショに行くのはごめんなので。

 適当なところで切り上げ、こうして迷宮までまっすぐ訪れたわけだ。


 あらかじめ連絡をいれたため、迷宮の手前で依頼主が待っていると、ギルドのお姉さんは言っていた。


 待っていたのはロボットで、作り武勇伝を聞かされ、俺の心を詐欺られた。

 幸先悪すぎるスタートで迎えた序破急の破の部分。果たしてどういう風に俺は打ち砕かれるのだろうか、と、嫌な期待を膨らませる。


 ほんとに、家がもらえるのだろうか。


「なあ、さっきの間取り、見せてくれよ」

 リナが俺から、受付嬢さんからもらった間取りの紙を奪った。


「私はキッチンから近いところに部屋をもらいたい!」

 彼女はキッチンダイニング隣接の廊下すぐの部屋を所望した。


 常日頃お腹を空かせている彼女らしい選択だなあと思いながら、「いいじゃねえか」と言う。


「なら俺は」

 彼女から紙を頂こうとした。


 ぐへへ。

 間取り。それは大変重要な観点である。

 家においての自分の身分がはっきりするからだ。


 そして。

 俺は重要な情報を隠し持っている。


 ☆


 ギルドのお姉さんが、「すみません、注意事項に関して、申し上げておくことがあるのですが」と言った。


 俺は身構えてそれを聞いていたわけだが、お姉さんは俺に一枚の紙を渡した。


「えっと、そちらは依頼主が、クエスト受注者が男、女のパーティで、かつ男のリーダーであった場合、渡してくれと、言われているもので」

「へえ、そんな条件がなぜか適合している......」

「ですので、こちらをお受け取りください。あと、決して、女性には見せないこと、と伝言を預かっております」

「わ、わかりました」


 そんなことを言われた。


 女性に見せてはいけない文書?

 どうも怪しい。俺はまっすぐ、店主ガロンに解読を頼んだ。

 

(昔、軽犯罪者を収容していた建物を改築した住居であり、随所にまばらに、遠隔で部屋を視認できる魔道具が設置されていることが確認されています)


(外せないように取り付けてあるために、取り外し工事は不可能です。以上のことをご承知おきください)


 と、書いてあった。


 おやおや。

 おやおやおやおや。


 うんむ。

 これは素晴らしい。


 間取りを見るに、二階に位置するたった一つの角部屋が看守の部屋だったらしく。

 その部屋から、すべての部屋を覗けるようになっているらしい。

 この時代に定点カメラがあったとは。


 監獄ときいて、少し汚いようなイメージをもたれるかもしれないが、昔王都の貴族が少しの間この地に滞在するために、使われなくなった監獄を大改築したらしい。

 筋金入りの綺麗な内装が広がっている、と、紙には書いてあった。


 だーが。

 ほかの部屋を覗けるシステム付き。

 

 ぐへ、ぐへへへへ。

 二階の角部屋がいいかな。

 角部屋は絶対に譲らないのだ。


 いいじゃないか。依頼主。

 さっきの言葉、取り消すぜ。

 

 ☆


 俺に紙が渡される途中で、サナがぺしん、と紙を奪った。


「私は二階の角部屋がいいなあ。広々してるから。ねえ、イオリ、いいでしょ?」

「なっ」


 ——まさか。

 サナが角部屋を所望した。


「ら、ララはどうなんだ?」

 俺は聖騎士さんに訊ねる。


「私は空いてる部屋でいいだろう。あまり住むところには興味がないものでな」

「あっそうですか」


 部屋割りの時にありがたがられる奴だ。ほんとうにありがてえ。

 だが、率直な気持ちを申し上げると、ここでサナと張り合ってくれれば、泥沼化する部屋獲り合戦で、最終的に俺が総取りできる予定だったのに。


「さ、サナ。なんでそこがいいんだ?」

 俺は彼女に訊ねる。気持ちを揺らしてやるのだ。


「えっ、言ったでしょ。広々してるからって。あと窓が多いから日の光も多く浴びれそうだしね」

「た、確かにな」


(俺そこがよかったのにッ‼)

(プライベートな空間欲しいし。角部屋以外なくね)

(あれれ、どうすんの。俺もんもんしちゃったら、襲っちゃうかもよ)

(まじで)

(えぐいよ、俺の獣化形態。絶対服従効果伴ってるからね)

(わかったらはやくその部屋を俺に渡すのだ)

(さあ、さあッ!)

 

 彼女は心が読める。

 一般の人間なら、ここで正々堂々、議論をしなければならないところだが。


 彼女になら、ララやリナに言えない理由も話せる。

 頼む、折れてくれっ。


「——獣化形態? へえ、見てみたいな」


 まるで効いてない。

 見てみたい? えっ、どういうことですか。


「ねえ、いいでしょ? イオリ」

 彼女はゆっくりと駒を進める。玉の文字がうっすら見当たる。

 入るのは飛車角。飛車角王手。


 彼女の碧い瞳が揺れる。

 ああ、くそっ。


 おそらく、依頼主だって、何とか龍を倒した後で家をもらっても、適当な部屋割りであの角部屋がとられることは想定していないっ!


 このパーティの主権が女性陣であるために、確かパーティリーダーであった俺に権力は一切存在しない。


 まずい......早いうち権威として、リーダーとして君臨しておくべきだった。


 —―。

「なあ、サナ。角部屋は、イオリがいいんじゃないのか?」

 ララが口を開いてそう言った。


 ......珍しい。ララが俺に与した。


「な、なんで?」


 俺は口角を吊り上げていた。それを必死に隠す。

 いいぞララ、もっとやれ。


「角部屋は一番広い。つまりは、いろいろな器具を設置することだってできるわけだ。私が持ち込んだいろいろな器具で、こいつに極上の快楽を植え付けてやろうと思ってな」

「......んー? えっと、何をおっしゃってるんですか?」


 突然、迷宮を進む皆の足が止まる。


「あーっと」


 リナが解説しようとしたので、俺は無理やり止める。


 そうだった。

 確かこいつ、ドSだったな。

 拷問マニアとか言ってた気がしてきた。


「うん、あの、それでいいですので」

「ああ。せいぜい私を楽しませてくれ」

「「えっ、イオリ?」」


 いろいろ失った気がするし、いろいろカミングアウトされた気がするが。

 俺は角部屋を獲得した。


 

 得たもの

 ・角部屋

 ・悦び


 失ったもの

 ・ララの人間像

 ・俺の身体

 ・パーティメンバー間好感度

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