第八話:「冒険者らしい生活だ」

「ほお、挑戦する者たちよ。よくぞ承諾してくれた」

 白髪が目立つ、ずいぶんとご高齢の男に、俺たちは凝視される。


 彼は汚れが目立つ服を着用し、やけに動作が小さく、無機質な表情も気になる。

 一人一人の装備を念入りに確認していきながら、「うむ。バランスの取れた構成じゃな」と言った。


 一体どこがバランスのとれたパーティなのか説明してもらいたい気持ちをよそに、いったんは、悪徳貴族とかそこらへんからの、理不尽な依頼ではなかったようで安心している。


 老齢のじいさんは、見るからに優しそうだ。見ず知らずの、今日あったばかりの俺たちの生命安否を気遣ってくれるくらいの、大きな優しさを持っているだろう。


「特に君だ。なんだか、まがまがしい魔力を感じるよ」

 じいさんは、俺にそう言った。


 ——。

 気づいてくれました?


 実はですね、じいさん。俺、異世界からひょっこり現れた人間なんです。

 莫大な魔力を持つことが転移特典らしく、でもそれがマイナスの方向にしか作用しなかったんです、これまで。


 ここでやっと気づいてくれましたね。

 そうなんです。俺、チート持ち冒険者なんです。


 これまで、何ら異世界に来たことにメリットを感じてこなかった......。

 秘めた本当の力を見抜いてくれた、あなたの瞳が、俺を助けてくれました......。


「そうですか」

「ああ。これほどまでに魔に満ちた人間を見たことがない。君だったら、この迷宮の奥底に坐す龍を倒せるかもしれん」


 ふへへ。

 倒せるかもしれんねえ。

 満ちてきました気合。今の俺にできないことはないっ!


「正直、不安だなって思うことはあるんですよ。死んだらどうしよう、とか」

 美声効果が入った俺が、じいさんに問う。


「ここに来る道中、怖くてたまりませんでした」

 するとじいさんは、そっと口を開く。


「わしも昔は冒険者であった。君らの歳くらいかな。危険な迷宮の奥底に、勢いだけで入ったんだ。実力もなにもなく、ただ、仲間を信じる気概と、根拠のない自信だけで冒険者生活を楽しんでいたわしだった。少し他人に魅力的に映るからと、女をこぞって集めていた、男一、女三のパーティだ。もちろん、戦闘能力が乏しいわしらは、そこではじめて、死んだんだ」


「えっ、なら、あなたは今......」


「いないはずの人間だ。だが、うちの仲間の一人が、どんな条件をも覆す不死の魔道具を、隠して携えていたんだ。それの使用回数は一回のみ。彼女は血まみれの身体で地面を這い、わしのもとにたどり着くなり、迷いもせず使うんだ。最期の言葉を、情けないことに、今も思い出せない。気づいたら、わしのすぐそばに三人の死体が転がっていた。その血だまりの生暖かいことを生涯忘れない。一年近く引きこもり、三度も自殺未遂をした。わしなんかが生き残っても、どうすることもできないからだ。どうせなら、彼女らと、時に辛くて、時に幸せな生活を送って、あたたかい毛布の上で、死にたかったのに」


 ——そんなことがあったのか。

 じいさんの目は、潤うことこそなかったものの、俯いて、表情を見せやしなかった。


 サナリナララのほうへと視線をやると、彼女らも各々、感傷に浸っている様子が見えた。


「......すまんな、今から戦闘をするというのに、こういう暗い話をして」

「いえ、そんなことがあったなんて......」


 俺は、そっと伸ばしたじいさんの手に乗せられる、四つの立方体を見た。


「だが。わしと同じ思いはさせん。これは、その時の魔道具だ」

「えっ」


 不死の魔道具。

 絶対に死なない、加護をもたらす。


「ここだけの話だが......女が多いパーティは、その分男が邪を一手に引き受けているという可哀そうな構図が出来上がりやすい。わしも同じような境遇だったからな、よくわかっているつもりだ」

「......師匠......!」


 出会ったばかりの師匠と抱擁を交わし、覚悟を確かめる。師匠からは、不思議と生命の温かみを感じることがなかった。


「わしは、長いことお人間らしい生活をしていない。だが、君はまだ、先があるだろう。そこの女子とすることするのに明け暮れるのもよし、時にはセクハラまがいのことで、しっかり怒られることも経験だ。ピンチをチャンスに、都合のいい人間をして、のらりくらりと生きていってほしい」


「わかりました。......えっと、最後にお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 忘れないために。師匠の名前を覚えておく。


 いつか、英雄譚を聞かせるために。

「わしの名前はディーターだ。君らがこの依頼を受けてくれて、うれしく思う」


 俺たちは、迷宮の入り口に立った。

 サナがドアに手をかざすと、魔法が発動し、自動的に石門が開いた。


「では、いってきます」

「無事を祈ろう」


 ディーターは、無機質な表情で俺たちを送った。


 ☆


 迷宮の暗い階段を一つ一つ踏みしめながら降下し、じいさんが見えなくなるところまで降りてきた。


「......辛かったろうに」

 じいさんの小さな背中が、とても哀しく見えた。


「俺と全く同じ境遇だったなあ。女に囲まれる大変さと、エロスを共有できそうだった」

「お前の場合、エロスはないが」


 ララが突っ込む。彼女の大剣が鞘にこすれる音がする。


「いろんな人がいるもんだ」

 リナは、目の下を真っ赤に染めていた。


 彼女が、冷静さを欠いている貴重な場面だ。

 人の心も、あったんだなあ。


「まあ、これで一回くらい死んでもよくなったわけだ。......それくらい強敵かもしれないけど」


 俺は指にはめたリングを触る。魔法陣の準備は完了している。


「あのじいさんのもとに、レイトニクスの首を提げて帰ろうぜ。なあ、サナ」


 先ほどからずっと黙り込んでいるサナに、話を振る。

 すると、ゆっくり顔を上げて、小さな声で話始める。


「―—あの、すごくびっくりするようなこと言うけど、それでも、驚かずに、最後まで聞いてね」

「な、なんだよ急に」


 突然前向きな雰囲気を破壊しにくるものなので、俺は息を飲み込む。ほかの二人も同じだ。


 サナは、こう言った。


「さっきの人、あれ人間じゃないね。依頼人ボットだったよ。決められたことしか話さない機械」


 ——。


 ん?

 なんて?


「だから、あの人は人間じゃないよ。たぶん、さっきの話も作り話かな。不可抗力で心を覗こうとしたら、心がすっからかんだったから、おかしいなあと思ってたんだ」

「そ、そんなこと言うなよ、不謹慎だなあもう」


 リナがそう言いながら、目元の紅いものを気にする。


「すごい精巧につくられてるね。挑みにきた冒険者の情報をあらかじめ組み込んでおいて、そこのリーダー格の人間性をそっくりそのままコピーするらしいの。だから、イオリが痛いほど共感してしまった。前からよく聞いてたんだけどねー。機械人形の話は」


 突然に、サナに対して「オカルトの話をしたら『科学的根拠は?』と聞いてくる奴」というレッテルを貼りそうになった。


「で、でも」

「たぶんその四つの塊も石ころか何かを変形させただけのものだと思うなあ。依頼主は、とことんひねくれ者だってことがはっきりわかったね」


 ああやって、心を揺らして、間接的に俺を殺すのかあ。

 異世界という大胆な捉え方で何とか意識を取り戻したものの、リナやララは口が開いたままふさがっていない。


「まあ、そういうところだから。その石捨てていいよ。今入口に戻ったら、壁に埋まった充電口に背中引っ付けてるだろうから」


 音もなく四つの立方体が落ちる。地面に着地した途端に土と化し、消えていった。


 ——。

 えっ。


 詐欺やんけ。

 こら、詐欺やんけーッ!



 記念すべき異世界一発目の詐欺に出会いました。

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