第七話:「家がない」
俺の天性のカリスマ性が一世を風靡し、今では俺についてきたいと言ってくれる美女が三人もいる。
素晴らしい世界だ。現世がかすむほど、この世界は美しい。
この世界は、俺にチャンスをくれた。
まっとうに生きられるチャンスを。
現世はそれがなかった。
だから、このチャンスは絶対に逃さないんだ。
また、目標を立ててみる。
この世界に留まらず、「生きる」ためには、まず衣食住の三要素を確保しなければならない。
衣・食は、質が低いものの、一応確保とみていいくらいの状況だ。
となると、住居が、俺たちが確保すべき最優先要素になる。
「なあ、リナって、確か家持ってたんだよな?」
俺は、外見からは判断できないが、確かなる121年の時を刻んだ少女に訊ねる。
住民税を滞納してブラックリスト入りしているという黒歴史を前に聞いたことがあったが。
「ああ。スラムの一角の、小さな家だったがな」
「ああいうのって、どうやって契約するんだ?」
トルトルの上に揺られながら、異世界の暮らし方についての相談会を行う。
年の功だけあって、目を閉じて相談すれば結構まともだ。
「私の場合は、知り合いに貸し出し型の集合住宅を持ってるやつがいて、頼み込んで、その一角を借りて使わせてもらっていたんだ」
「なるほど、アパートみたいな感じか」
「あぱーと? が何かは知らないが、ツテがあったからな。家賃滞納してから、もう口なんかきけないけど」
くそう。こいつの切羽つまった生活のせいで、いいツテを失った。
「うーん、つまり、この世界はそういったすでに家を持ってる人に貸してもらうような形が一般的なのか?」
「そうだな。自分で建てるないしは委託するのも相当の手間とカネが必要だ。まして冒険者なんぞが一軒家などありえない」
「ええ? そうなの?」
サナの瞳に目をやる。「宿暮らし」と、すぐに答えた。
ルカのほうに瞳をやる。すると、「私の実家は王都にあるが、セントラムではずっと宿舎で生活していた。で、追放された今、実質、家はない」と言う。
——。
この世界は、家がないことを特に何とも思わない文化が、深く、深く根付いていた。
「なんか、冒険者ギルドの掲示板とかに、報酬として家を与えるみたいなの、ないかなあ。あれだけ多くの依頼書が貼ってあれば、一つくらいは、と思ったんだけどな」
俺は、思うがまま言葉を発した。すると、サナは突然親指を立ち上げ(通称サムズアップ)、「いいじゃん、それ」と言い出す。
「そうだよな。冒険者らしく行こうぜ」
そうだよ。
この世界は、一般市民が冒険者に様々な依頼をするシステムが存在する。
リナが住居を借りていたように、家の持ち主が空き部屋をくれるという報酬があってもおかしくはない。
いいじゃないか。異世界。
俺たちは変装装備を取り出し、各々着用し始める。
トルトルにお別れの挨拶をしてから、ララの変装装備について検討を開始する。
サナの「えーと、身長高めで髪は長め、」と言いながら、闇魔法の魔法陣をかぶせた。
数秒間の絶叫のあと、ララは全く別人のような姿になっていた。
<セントラム冒険者ギルド・掲示板の前>
「「「「あったっ!」」」」
なんとも都合のいい展開でしょう。
ありました、空き家を報酬とする任務。
「内容は......レイトニクスの討伐だな。難易度もイージーじゃないか」
リナがララに持ち上げられながら掲示板の高い位置に貼ってあったその依頼書を見た。なかなかに好条件らしい。
「レイトニクスは、このあたりのボスみたいなモンスターなんだよな」
サナに聞く。
「そう。人間を省いた食物連鎖の中で頂点に君臨するモンスターだね」
「でも、確実に倒せるだろうな。俺はもう一回見てる。サナが奴の身体を刻んだところを」
サナはまあまあ高レベルの冒険者兼魔法使いだ。彼女にとっては、レイトニクスという強靭な飛竜種も大したモンスターではない。
だが、一般人にとっては大きな脅威となるのだ。トルトルやクロム、プロファーをはじめとした食物連鎖下位生物が、いともたやすく殺されている場面を何度も目撃しているほど、奴は魔法生物としての危険度が高い。
魔法や剣術に長けた人間が多く在籍している冒険者ギルドに駆除を要請することもあるだろう。
「よし、これに行こう」
俺は簡単な釘で引っ付いていた紙を引っぺがし、受付のお姉さんと手続きを済ませてから、現場へと向かうことにした。
「うー、なんであんなに高いところに貼ってあるんだよ、見れないじゃないか!」
俺が手続きを済ませ、彼女らのもとに歩いていくと、そんなリナの駄々こね声が聞こえてきた。
先ほどララに抱えられてまでして、依頼書を読んでいた。それだけ高所に紙が貼られていたからだ。俺やサナより一・二まわりは小さい彼女の背丈では、見られなくて当然だろう。
「まあまあ」
ララが、リナをなだめる。
すげえ、お姉さんと妹だ。
あまりそういう目で見ることはできなかったはずなのに、今や二人が、そんな風に見られた。
......思いっきり自分の頬を叩いて、現実に戻る。
一方は121歳のババア、もう一方はドS拷問マニアだ。決して、そういう目で見られやしない人間だ。
「冒険者の知ってて当然一般知識紹介コーナーぁ」
サナが突然、あまり強弱のない声で俺の目を引いた。
「依頼書や重要情報どが張り出される掲示板ですが、掲示板上部に貼られる書類ほど、重要度、危険度が高いものになっていくよ。一番上にべったり張り付けられているやつは、高難易度で誰も手をつけないから、埃だけ被ってただ報酬の格が上がっていくだけなんだよね」
へー。
俺は彼女の説明を聞いて、最後にそう言った。
「つまり。最上段に引っ付いていた先ほどの依頼書は、とんでもなく高難易度の依頼ということ。埃が積もって汚いねー。でも、その分報酬がすごいものになるから」
へー。
俺は彼女の説明を聞いて......ん? 飲み込もうとしたところ、胃が拒絶反応を起こし逆流する。
「......えっ、ちょっと待ってよ、つまりこれは......」
俺はポケットにしまったほこりまみれの依頼用紙を手に取る。
「知識その二。一度承諾した依頼はキャンセル不可! 冒険者ギルドの信用にもかかわるからね」
見えない文字の意味が、なんとなく浮き出てくる。
「......迷宮の奥底で眠る伝説級のレイトニクスを一頭、狩猟してほしい......手段は問わない、超高難易度依頼......王都からの駆除隊派遣待ちの間、試しに貼ってみる、やれるものならやってみろ、だから俺の家を賭けてやった。あっ、死んでも責任は取らねえから、イカれた冒険者諸君に、この依頼を提供する......」
文字が読めるようになったことに歓喜できる、そんな余裕はなかった。
どこかの誰かが気まぐれで張った、できもしない超高難易度クエスト。
いわゆる、負けイベ。
家、とは、現世でもこの異世界でも、大変な価値があるもの。
自分が一生懸命働いて得る給金一年分の、おおよそ四倍もの額をする、大変高価なもの。
そりゃ、生半可なことでもらえたら、都合よすぎますよね......。
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