第六話:「俺の連れが増えた」
うぶっ。
「うわあああああああっ」
自分の身体を這い出そうともがくと、さらに奥に引きずり込まれる。
あらら。
ここは沼地ですね。
「い、位置変えろよっバカタレっ!」
「ミスったー」
サナを叩いて、沈んだリナと、ララを探した。
「ふう」
それはそれは、政府直属の防衛軍少佐クラスの人間ともなると、その汚れ姿が非常に珍しく価値のあるものになる。
聖騎士の装いをした彼女は、今や黒色の粘性の泥にまみれて、べったべただ。
それは、サナもリナも俺も同じであったが、見慣れたこいつらに欲情などしない。
臭いなあ、そう思うだけだ。
「なんでよっ!」
サナに殴られる。
そして、沼地からはい出て、草原に横たわったララに話しかける。
「なあ、統括官様がいなくなって、今頃セントラムは大騒ぎなんじゃないか?」
「そうだろうな。だが、当分はバルドゥーンの手当に人員を割くから、これほど遠くならまだ猶予はありそうだ」
「猶予?」
「ああ。私は上官殺害の罪で、国防軍は永久追放されるだろうから、すでにお咎め人というわけだ。今度見かける私の部下たちは、私の腕の太さにあった手錠を携えてくるに違いない」
ララは、どこか気持ちが吹っ切れた表情をしていた。それを美しいと形容できやしなかった。
勿論、欲をそそる美はそこにあったわけだが、彼女の決心を、そんなもので踏みにじる権利なんて、俺にはない。
「なら......ほんとに、これから俺たちについてきてくれるのか?」
彼女の銀色の瞳を覗く。すると、その冷淡だった表情からはとても似つかわない笑顔で、俺に言うのだ。
「二言はない。私の気持ちを揺らしやがったんだ。たった一日二日でな。その責任、果たしてもらおう」
ララは、ふっ、と笑みをこぼして、俺の顔を見つめていた。
「私の名前はララ・クレメンティーネだ。で、お前がイオリだな。ふう、私も悪魔の子の引力に負けてしまったよ」
俺の連れに、一人が加わった。
「......なあ、イオリ。そろそろサナの気持ちがへし折れそうだから、この雰囲気、爆破魔法でぶち壊していいか?」
「はあ?」
リナが「あちゃー」と言いながら、草原の端でうずくまるサナを指して雰囲気をぶち壊した。
視線を無理やり逸らすと、そこには親でも殺されたかのような、深刻な表情をしたサナがそこで倒れていた。
「ど、どうしたんだ?」
「きにしないで」
俺が簡単にサナの肩をさする。そして、空気を読んで草原がゆっくりと動き出す。
草原に扮した巨獣、トルトルの背中の上だ。
レイトニクスという捕食生物が周囲に湧いてきたことから、数百メルの大移動を行うのだ。
「あーあ。俺たちがセントラムに行ったのは、そこを拠点にしたかったからなんだけどな。ララも、そして俺たちもお咎め人なわけだから、もうセントラムに住所は置けなさそうだな」
「そうなるな。で、どうするんだイオリ。これから」
四人が、トルトルの背中で作戦会議をする。
「まあ、この国にいる以上は、王都から追っ手がかかるだろうからなあ。あまり派手なことはできないけど、個人的には、冒険者っぽいことしたいなあ」
「なあイオリ。冒険者っぽいことって、いったい何なんだ?」
ララが俺に訊ねる。
「冒険者っぽいことか? それは、例えば難攻不落の迷宮要塞にパーティで潜って、何回も死にそうになりながら最深部に到達、そこに眠っている伝説級の秘宝を回収し、世界一の冒険者に......! くらいだ」
「大分しっかりしてる未来設計だな」
「口で簡単におっしゃってますがイオリ。死にそうになりながら、って、怖いんですけど」
リナは俺のプランを褒め、サナは逆に怖がった。
「逆に、お前たちがしたいことを教えてくれよ」
俺はララサナリナに訊ねてみることにした。あっ語呂いいな。
「私はイオリについてくだけだよ」
サナはそう、笑顔で告げる。
「私は、大魔族の末裔として、魔法界の頂点を目指すんだ」
リナはぐっ、と自分の手を握り、未来設計を語った。
「そうだな、私は剣術の高みを目指したい」
ララは、剣士の極意を放った。
「うーん」
皆、明確な目的はないようだ。
サナは本当に俺についてくるだけだろうし、リナは魔法の頂点を目指したいと言いながらも、俺の旅先で強くなっていこう的な考えだろうし、ララもそれと同じような考えなんだろう。
それもそうか。
彼女らは帰る場所がない。その原因は俺だったり、自分自身のせいだったり。
どっちにしろ、目的もなくこの世界にスポーンしているNPCであるという形容も、あながち間違いではない気がする。
俺は戸惑っていた。
こんなにほいほいとついてくる人間は、現実世界にいなかったからだ。
ほとんど人間不信に近い状態で生活を送っていた俺に、人望などひとかけらもなかった。
なのに、突然こうして人間が集まってくる。意思をもった、生身の人間がだ。
それに対して、正直、恐怖をかかえた。
俺なんかが、三つの人生を握ってしまって、いいのか?
俺の理想は無駄に高いことで評判だ。
先ほども語ったように、大した身体能力もないくせに、迷宮に潜って死にそうになりながら、それでも最奥の宝を目指して挑む。
口だけで終わってしまいそうなくらいに、理想が高い。
本当に死んでしまうかもしれない。俺ならまだいいが、俺以外であったら、まずい。
ここは異世界である。
法律も、人間も、環境も、すべてが現実世界とは異なったものであるという認識は、ある程度定着してきている。
だけれど。俺はまだ、生身の人間のままだ。
「お前ら......」
俺は三人の顔を覗いた。皆、まだ寿命の半分も費やしていない(リナは健康寿命500歳らしい)のに、俺の不安定な福利厚生の冒険にお供すると言ってくれる。
気持ちはありがたいよ。だけれど。
君たちも、同時に俺と同じ生命体だ。
死ぬかもしれない。なぜなら、俺があまりにも無能すぎるからだ。
「えっとね、イオリ。そう思ってくれるのは、とてもうれしい。けどね、私たちだって、一人で生きていける力はあるつもりだよ」
サナはすべてを透視して話した。彼女の特殊権能により、俺の考えていることは筒抜けだ。
「ああ。仮にも私は、先ほどまで王立防衛軍少佐だった。剣術も、そこらのモンスター相手だったら瞬殺できるレベルではある」
「私だって大魔族の末裔だぞ! 見ただろ、私の魔法レパートリーの広さを。誰にもまねできないさ」
ララとリナが続ける。そして、サナが俺の顔をのぞき込む。
「そのうえで。私たちは、あなたについていきたい、そう思ってるの」
サナは俺の手を握る。彼女の温かみと、心臓の拍動を感じる。
「あなたを助けられるだけの能力もあるよ。お〇ぱいはないけど」
俺の指を一つ一つ、サナは確認していった。ぺたぺた触りながら、彼女は俺の目を見て、こういうのだ。
「連れてって。私たちを、この世界の最果てにまで」
——。
この世界は、じつにちょろいものだ。
一気に美女三人を捕まえてしまった。
ふへへ。もう迷宮どうでもいいかもしれない。
セントラム戻って、宿とって、そこからよんぴー、
「しないけど、あなたの世界を私たちは見たいの」
——。
仕方ない。
俺はひょんなことから、この異世界に転移してきてしまった。
召喚された理由もわからないまま、道端で三人も残念な仲間を拾い。
転移特典だかなんだかの莫大な魔力が行政から危険視され?
やれ殺せだの王都のお偉いさん方がうるさいのだ。
のらりくらりと刺客を躱し、こうしてまだ生き延びている。
——。
仕方ない。
こうなったら、この世界を冒険者として、全力で楽しむしかない。
現実世界でできなかったこと。
この世界でしかできないこと。
それらすべてを網羅したうえで、この世界を救ってやる。
魔王もいなければ、平和を脅かす王様もいない。
いるのは、突然外世界から現れたあほみたいな魔力値の怪しい人間。
それを民意で滅ぼそうとする、健全な世がここだ。
今に見てろ。
この世界の最果てまで冒険して、世界一の冒険者として、名をはせてやる。
俺の決意とともに、三の人間の人生が俺の手元に収納された。
「で、次にどこ行くんだよ。お前の決意も私たちの覚悟も十分だが。よんぴー以外だったら、私たちはついていく」
「そうだな、じゃあ、ここから一番近い別の都市にいこう。そこに拠点を構えて、地道に冒険者のスキルを積み上げていくんだ」
別に、他の都市に拘る必要はないために、このままトルトルの行く先まで移動式住居を構えてもいいと思ったのだが、やはり冒険者のパーティは拠点とする都市が必要だ。
転々としているのも、あまりよくはないだろうからな(つい最近の出来事を踏まえ)。
「冒険者のスキルを上げていくの?」
「そうだ。あのフェロモンのやつ、結局飽きてほほーいとスキル消去してきたんだ。あれから時間もたってるし、割り振りポイントはまあまあの数あるぞ」
いつの間に? とリナは訊ねる。
冒険者のスキル割りチートは、冒険者ギルドに行かなければ設定しなおせないと聞いていたが、試途中のメインストリートでスキル取得画面を開いて所持スキルの削除を設定してみると、なぜか解除ができた。
冒険者ギルドの建物内ではなく、近くに行けば削除ができる仕様らしい。まるでゲームみたいだ。
「えっと、今後の未来設計を思いっきり破壊することになって申しわけないけど......」
サナが、嫌な前置きを話した。
「冒険者って、その都市に所属するのね。だから、スキル割り振りもその都市でしかできないの。スキルを上げていく目的なら、セントラムから離れられない」
「えっでも、戻れないじゃないか。俺たち、あの街に入った瞬間お縄だぜ」
「仕方ないよ。もしほかの都市にいくなら、冒険者スキルはもう捨てて......としか」
「それは駄目です」
ぐええ。
結局動けねえじゃねえか、セントラムからっ!
「でも、追手が張り付いているからなあ」
ララが話す。
「もうあの(差し押さえされたであろう)家に未練などないわ」
リナがつぶやく。
「どっちみち詰所前にフォーティス置きっぱなしだしね、かわいそうでしょ」
サナが......えっ流石にかわいそうすぎる。
どっちみち、セントラムから離れられないじゃないか。
「ど、どうするんだよ」
「まあ、少しくらいの野営ならできるよ。慣れっこだし」
「ああ。君たちの爆破魔法を見てみたいんだ」
ララとサナが意気投合している。俺の味方はいないも同然、リナだけだ。
せっかく、連れが一人増えたと喜んだのに。
その矢先、至近距離に迫る追手の気配。
「......イオリ、そんなにあの町が好きになったのか」
ウルト〇マンみたいに言うな。リナに突っ込む。
「別に愛着なんかないけどさ......。どうしたら、あの都市に居られるんだろう」
「そうだな......」
リナが考え込んでいる間に、ララがひょっと顔を出す。
「追手がかかっているとはいえ、それはセントラムから数百メル離れた王都からの奴だ。今となっては私の発布した指名手配が悪い方向へと梶を利かせているが、それを逆手にとって、あの町の住民から支持を得ることができたら、少しは居心地が改善できるんじゃないか」
「行ったら捕まるだろ」
「変装は、少しの辛抱だ。私も一目見ただけでは、指名手配犯だと判断することはできなかった」
果たして、どうすればいいのやら。
変装道具は、なぜか知らないが、俺たちは捨てずにまだ持っている。少し泥に濡れているが、洗って干せば再度使えるだろう。
窮屈だが。
しかし、あの都市を拠点とするしか、もう策はない。
あの街で信頼を勝ち取るんだ。家政婦になってみよう。
夢に見ていた冒険者ライフとは、ほど遠いものだが。
下積み生活だと思えば、苦ではない。
俺は決意した。
世界一の冒険者になるために——まずは市民の皆さんの支持を得ること、を。
——選挙かよ。
俺は真っ青な空を睨みつけた。
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