第五話:「聖騎士の英断」

 きいん。

 甲高い音が響く。金属と金属のはじける音だ。


「......やはり。お前はそちらに与する人間であったか、ララ」


 バルドゥーンの声は非常に冷静さを持った落ち着きのある声だった。つぶやくように唱えたその言葉を槍に乗せ、体高に倍以上の差があるララを鍔迫り合いで地面に押し付けている。


 王都直属軍の大佐級の位を持つ人物にふさわしい巨槍を片腕で制御しきる奴の力は絶大だった。


 ララに吹き飛ばされた俺は、彼女の背後で腰を抜かしていた。

 俺にはどうすることもできない次元で、彼女はバルドゥーンの脅威に立ち向かっている。


 詳細な転移対象者を決めることができないという、転移魔法独特の弱点もあって、サナはリングに光をともすことを渋っている。


 ララに喧嘩を吹っ掛けられたなら。

 全員まとめて沼地に転移し、足場を悪くしたうえでアウェイな戦闘ができるよう、持ち込む算段であった。


 リナは最大魔力量に制限をかけた状態で生活をしているために、極端な魔法しか放つことができない。爆破魔法を使おうものなら、彼女はあまりの空腹におそらくその場から自力で動けなくなるだろうし、そもそもこの街そのもの吹き飛んでしまう。


 よって、彼女は驚愕の表情のまま、顔を変えない。


「大佐......いえ、バルドゥーン。——貴様は、貴様は間違っている!」

「ほう、どう間違っているというのだ。政府への明らかなる反逆は、いったいどちらの行動だろうか」

「こいつは、いまだ雷撃魔法の一つも扱えないような弱者だ! 王都の判断は間違っている。私は戦うつもりだ」

「おお、断言したな。お前が命を削ってまで得たその地位を、たったこの瞬間の判断だけで、ドブに捨てることになるのだが」

「かまわない!」


 ララの表情は硬く誠実な表情のまま、変わらなかった。

 自分に透過魔法をかけて、四六時中ララのことをストーカーしているバルドゥーンは、罪悪感にかられてだか、プライドが許さなかったのだか。


 槍を力任せに握り、ララを地面に打ち付けた。すぐさまララは態勢を取り直し、右上段からの斬撃を入れる。

 槍を斜めにそれを受けきると、圧倒的な力でまたもララを小さく吹き飛ばした。


「わからないか、そいつは最重要監視対象だ。おまけ殺害命令も出ている。お前はそれを逃がしたことだけでは飽き足らず、さらに手を差し伸べるつもりか。圧倒的な魔力に惹かれ痴情を挟んでしまった、お前は私に負けるのだ」


 なかなかへし折れないララに、バルドゥーンは心底うんざりしている様子だった。

 槍の先端は、彼女の銀色の瞳に迫る。


 ——どうやら、俺は本当に、殺害命令を出されるほどの人間だったらしい。

 半ば、ふざけてそれを真面目に捉えたことがなかった。

 

 俺がもし統治者だったら、突然ぽっと現れた莫大な魔力の持ち主を発見した瞬間に、抹殺しろという命令を出しているだろう。


 世界をひっくり返しかねない値。刻まれた負の歴史の再現。

 雑魚いときに処理できたら、どれだけおいしいだろうか。


 転移特典か何か知らないが。

 ここにきて、マイナスな方向で作用するとは思わなかった。


 すべきことを、見失っているわけではないと自負している。

 ララは、俺の無実を信じて、圧倒的な力から俺を守ろうと、身を呈してくれた。

 アンサーなしでは、俺は本当のクズで、性犯罪者になってしまう。


 そっと、右腕を持ち上げる。リングに力を籠める。

 一瞬にして、魔法陣が構成され、予測線も刻まず発射される。


 青色で、直径は小さい。だが、何重にも重ねられた魔法陣は、その技の絶大的な威力を体現する。


 水魔法、上級転用魔術。


「っ」

 強い反動を感じながら、放たれる光線。


「なっ!?」

 バルドゥーンも、その魔術の気配を感じ取れたようだ。

 だが、気づいたときには、すでに。


 発動に失敗した水魔法が弾け。

 反転攻勢に出たララが、大剣を振るい。

 バルドゥーンの首が、綺麗に切断される。

 

「......きさま、」

 ララは、俺のほうに振り向いて、だが、どこか俺のことを初めて認めたような、そんな顔をしていた。


 俺はとっさに放った魔法の残光をかみしめ、倒れゆく死体をくっきりと目に焼き付ける。


「——ほれ、お前の上司だろ。早く処置しないと、ほんとに死ぬんじゃないのか?」


 俺は、まだ荒い息をやめないララに、そう言った。

 すると、彼女は予想もしなかった言葉を放った。


「いや、いい」


 横たわる死体に、一切の目をつけなかった。

 彼の横暴が、彼女に厭と思わせたのだ。


「まさか、貴様がそんな簡単に人を殺せるとは思わなかった」


 彼女は少し動転したまま、執務机の豪勢な椅子に座った。彼女の装備する重装甲ががちゃりと音を立てる。


「......それで、貴様らの要求は何だったか。手短に話してくれ。私は、この事態の責任をとらなければならないからな」


 ——責任。

 それは、バルドゥーンを生きながらせる方法をとらない、という、ララの国家に対する反逆行為への代償。


 その身をもって、国家の抱える悪を封じ込め、そして自身の硬く結束した心の決断を尊重するつもりなのだ。


 俺のことを庇ってくれた。彼女の優しさだけで、だ。

 だから、俺は彼女を助けたい。


「なあ、俺たちについてくる、っていう選択肢もあるんだ」

「......私が屈すると、そう言いたいのか。貴様らの尻ぬぐいをしてやるというのに、もうそんなわがままを聞いていられる余裕はないぞ」


 聖騎士。彼女がそう見えてたまらなかった。為すことすべて、正しさを追求する美の姿。

 ゲームとかの物語では、不憫な目にあっていることが多い。殿を巻き込んで死ぬ、だとか。

 だから、助けてやりたい。


 助けてやりたい、というか。すべては、俺がこの世界に転移してきたのが、そもそもの原因なのだから。

 俺が罪滅ぼしをしなければならない。


「だって、お前はこれからこの事態をバカ正直に報告するだろ。そしたら、セクハラの訴えもどうせ有耶無耶にされて、俺を捕まえられなかった大失態だけあげられて、すぐに打ち首になるに決まってる。そんなみすみす人生捨てるような真似、俺の前でしないでくれ」


 俺は、なんとも無礼な人間であると、そう思った。


「貴様は無実の人間だ。王都は、不安定な機械に頼って、お前を危険と判断したらしいが、私はそれを信じない。そのふにゃふにゃな身体じゃどうにもできなさそうだしな。この目で見たことを第一に信用する。信念だけはゆがませたくない」


 堅物。堅物である。


「でも、死にたくないだろ?」

 そう訊ねてみる。「いいや、」と否定は、しなさそうだ。


 なら。

 俺が彼女を巻き込んでしまったお詫びに。彼女を助けなければならない。


「——サナ」

「わかった」


 すべてを見透かしたサナは、言うまでもなく、紫色の魔法陣を展開する。


「なっ」


 ララは、少しばかり動揺していたが、でも。

 まんざらでもない表情で、あまり強く抵抗はせず。

 転移魔法を受け、姿を消した。 

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