第四話:「カチコミ」

「貴様らっ、どうしてここに居るんだっ!」

 南部統括官殿は、さぞお怒りのご様子だった。


 なぜなら。目の前に、自らが指名手配を下した逃走班がセットで三人も、ずけずけと乗り込んできやがったからだ。


「あ、あの、指名手配とってくれ、頼む。居心地悪ぃんだ」

 

 リナが率直に話した。こういう時に彼女の肝っ玉の据わり具合が役に立つ。

 サナと俺は、リナの小さな背に隠れて、いつでも逃走できるように——じゃなくて、この不当な扱いを取り消してもらおうと目で訴えている。


「貴様らがなぜ指名手配されているのか、わかっているのか!?」

「ああ。それに文句があってここに突っ込んできた」

「殺人罪だぞ、殺人罪」

「でも死んでないじゃないか」


 流石、年の功。剣を前にしても、恐怖を微塵も感じさせない佇まいだ。121歳も伊達ではない。


 南部統括官殿も、手錠など一瞬で俺を拘束できる装備や魔法を携えていないようで、剣の柄に手を載せながら、こちらの動向をうかがうばかりだ。


 最悪、彼女が剣を振るおうとも、サナのテレポートで回避できる。

 振り出しに戻る手だが、命には代えられない。


 なんとか、説得で捻じ曲げられないかと、祈っている。


「今はお体を安静にされている。精神的負荷を与えた貴様らは、殺人罪の刑罰。死刑に値する」

「お前にも精神的負荷を与えていたじゃないか。セクハラだ。それを流して組するつもりなのか? ド変態だな」


 うわお。肝の据わり具合には感動したところがあったが、今のは少し言い過ぎだったんじゃないのか......?


 俺は統括官様の目を見た。——微動だにしていない。

 あれは——爆発寸前の手榴弾とみていいのだろうか。


「......貴様。その無礼な態度で、罪を重くしてやってもいいぞ」


 あらら。そりゃ怒るよね。

 しかし、リナは決して引かない。


「罪を重くするって、死刑以上に罪は重くなるのか?」

「市中引き回して腕を引きちぎり、住民一人ひとりに、磔にされたお前に石を投げられ、極悪犯罪者が収監される特別牢に放り、身体を無茶苦茶にされた後、お前は汚い身体で静かにこの世からいなくなるのだ。無麻酔で臓器を取り出し、それを一つ一つ、お前の意識があるうちに目に映しながら握りつぶし、最後に心臓を顔面の上でたたき割り、血まみれのまま死を受け入れる。この刑に処す」


 ——なんと残酷な。


 この世界は現代世界のように生易しくはない。背筋が一瞬で凍る。サナと肩を震わせながら、リナの返答を気にした。


 だが。彼女の肝っ玉は据わりすぎて座禅をしている。美術館に飾れるレベルのものだ。


 「うええ、グロテスクだな。今考えたのか? 拷問マニアなのか?」

「ああそうだ......って、貴様あっ‼」


 ノリツッコミいただき。


 流石は俺の連れ。曲者では決して仲間に入れないぞ。頭のネジどころかそもそも頭がないやつを大歓迎する。


「拷問マニア? それすごい趣味だな」

「バカにしているのか!」

「いやバカにはしていない。特殊な性癖の人もいるもんだなあって思っただけだ」

「......性癖」

「いいと思うぞ。Sっ気の強い人は、うちのイオリがタイプなんだ。あいつ日夜ケツ叩かれながらハードコア○○〇したいらしい」


 よくわかっているじゃないか......っておい‼

「......そうなのか?」「......そうなの?」


 あれれ。サナと統括官殿は、俺のほうをじろじろ見つめている。

 Mじゃないです。Mじゃないですよ! それだけっ!


「じゃあ、私が相手をしてやろう。うちの組織はすぐへたれるやつばかりなんだ。貴様みたいな、仲間にも平気でセクハラするような奴ほど、体力があるんだ......っておい貴様あッ‼ 変な情報を吹き込むなあっ!」


 『うちの組織はすぐへたれるやつばかりなんだ』? どういうことか、詳しく。


「イオリ。そろそろ本気で殴るよ。いい?」

「なんでですか」


 サナがなぜか怒り爆発寸前である。狂気を帯びて、ナイフを携え......!?


「——黙れッ‼」


 きぃぃん。廊下に、その長大な剣の切っ先が突き刺さる。


「貴様ら、その度胸に免じて今だけその足で歩かせてやる。場所を変えるぞ、ついてこい」


 突然、南部統括官さんは空気を破壊した。ついてこいと言われ、彼女の背中に沿って歩く。先ほどからの口論で、ずいぶんと職員が廊下に密集している。


 その中には、俺たちの正体を見抜けた、よい目の持ち主が、各々武器をもって俺たちに牙をむいたが、そこを歩く銀髪の女性の姿をひとめ見るなり、その矛を収めた。



「入れ」

 豪勢な執務室の中に案内される。


 この前泊まった宿のものよりかは数倍いい内装をしている。レッドカーペットも、若干の黒色をしていて奥深い色合いをしている。


「で、貴様らの要望は......指名手配の登録解除、だな」

「ああ、そうだ」


 俺はサナとリナの前に出て、そう発言した。


「イオリ、という名だな。<オミニポテンの悪戯>でこの世界を訪れた。一瞬の出来事だったが、王立科学院並びに王都総務省の設置した総魔力計に異常を知らせる信号を検知した。総魔力値、六億九千万。これまでに類を見ない最大魔力値だ。いいか、魔力値というのは、この世界における個々の能力の指標になる。貴様は世界の情勢をひっくり返す相当の魔法を使うための必要最低魔力値をゆうに超えている。即、特別監視対象へと設定。王都から閣下が派遣されてきたのだ。もう風の噂で聞いているとは思うが、今プリンピウム総務省はお前を抹消対象と指定している。何が何でもこの地に居た痕跡を消すつもりだ」


 俺の情報は、粗方抑えられているようだ。


「次に。サナ、と言ったな。魔力総量三億六千万。イオリに比べちゃ屁でもない値だが、『四億の壁』に近い値だ。そして、闇魔法の使い手、とある。この世界の闇魔法使用者の数は、計十五名と言われている。非常に稀有な存在だ貴様は。以前王都から防衛軍特別部隊への招集命令を受け取ったはずだが、いったいどうしてここに居る」


 「っ」と、サナは苦しい表情をした。


「そしてそこの小さいの。調べてみれば歳は121だって?」

「チガーウ」

「こっちはすべてお見通しなんだよ。数千年前に滅亡したとされる北方大魔族トニトルの末裔、だって? それを保証するかのような魔力値三億九千万だが......科学院は最終論文でトニトルの血を流す人間は、すでにこの世界から潰えたと公式発表している。真偽は不確かだが——貴様が魔族かどうかはともかくとして、早く住民税払え」


 「ぐぐっ」と、リナは苦しい表情をした。


 こちらの情報はすべてお見通しのようだ。

 じゃなければ、わざわざ指名手配しないだろう。


 どこからどう見ても異端児でしかない俺と、その取り巻き。

 怪しく見られて当然だ。


「結論から言うが——それはできない」

「どうしてですか」


 サナが口を開いた。

 俺も、統括官の銀色の双眸を見やる。


「......ああ、もう。一々説明させるな。クソが」

 突然、統括官様は口がお悪くなる。そして、静かに「言い訳」を述べた。


「貴様らに、指名手配を受けるほどの罪は元から無い。私はこの目で、そこの碧髪の殺人現場を目撃したが、発生の背景は私も知っていた。だから貴様らを逃がしたのだ。そして、王都から派遣された特使が死亡あるいは任務に失敗した場合。さらなる追手が王都から押し寄せる。手に負えなくなるぞ、貴様らだけじゃ、な。だから、私が敢えて指名手配を出して、この都市に居づらくさせた。どこか遠くの地に流れてくれれば、貴様らが王都からの追手を躱せるかもしれない、と。だが——、しっかり脳みそそのものが吹き飛んだ貴様らは、ずけずけと私のところまできて、指名手配を解除しろ、と言う」


 ——なるほど。

 統括官様なりに、いろいろと手配してくれていたのだ。


 確かに、俺たちがやったことは、明らかに防衛軍、そしてこの国の政府に対する反逆行為だ。軍のお偉いさんに殺害未遂をかけたのだから。


 俺たちの内情を把握し、見て見ぬふりをしてくれた......。ガロンに引けをとらないコワモテの統括官様だが、意外と優しいところもあったようだ。 


「私はな、こういう見た目だから、いろいろ苦労してんだ。貴様みたいな不憫な目にあっていたんだ。だから、貴様を助けてやりたい。貴様は生きているだけで政府から強くヘイトを向けられている。普通のダサい少年として、普通に生きているだけなのに、だ。そんなこと、あってたまるか。公権力が民を殺すことは御法度。今回は、私がカバーしてやる。そういうことだ」


 ......ララ、だったかな。


 この前の闘技場で出会った、銀髪の女性。非常に若く見えるその身体で、中央大陸南部全域を支配するプリンピウム王国の、国防軍少佐に上り詰めた人物だ。


 彼女は女性である。サナも言っていたが、この世界はまだそういった差別意識がはびこっているらしい。苦労した、と言っていたが、その単語だけでまとめられないほどの壮絶な日々を送ってきただろう。


 そんな彼女は、俺たちを見て「わかったか。私の善意を無下にしやがって」と、少し笑いながら言うのだ。


 ——かわいい。健気だ。

 サナやリナとは違うベクトルのものだ。


 今回は俺たちが助けてもらったのに、逆に助けたくなるような、そんな可愛さがある。


 ほわほわとした気持ちになり、彼女に対する目は激変していた。


「——そこの窓から逃げろ。貴様らは、もうこの街には居られない。それが、せめてもの罰だ。私の善意をコケにした、少しの<悪戯>だ」


 ララは、豪勢な執務机の後ろに設置される巨大な窓を指した。そして、業務へと戻っていく。


 ——ねえ、サナさん。リナさん。

 俺、この人めっちゃ好きかもしれない。


 やばい。キュンキュンしてる。こんなに健気で優しくて、かつS気質な人。どタイプなんですが。

 一目ぼれって、こういうことなのかな。ドキドキしてきた。


「さ、さあイオリ、行くよー」


 コメカミを爆発させるくらいにピクピクさせたサナが、窓のほうへと移動していく。


「どうしたんだ、イオリ」


 リナがそう俺に訊ねたころ。

 俺は、ララに目線をくぎ付けで......。


 ある程度あるおっ〇い。うちの連れはだいたい欠乏症だというのに、素晴らしいものをしている。


 ギルドの受付嬢のものと比較をすると「劣る」わけだが、うちの周りの人間の平均値が低すぎるために、どうしても目立つ!


「おい、早くいかないか。職務の邪魔だ」

 ララは少し表情に怒りを込めて、俺に再三告げる。


「ですが、ちょっと......なんだか、やらないといけないことが、残っている気がして」


 玉砕してもいい。

 想いだけ、伝えておきたいなって。

 だから、改めて、名前をお聞きする——。


「あの、名前を聞いても——」


 ——刹那。


 背後から迫る殺気を、感じた。

 振り向きざまに見た、その姿は。

 体高2mはある巨大な背丈の。


 あの、死んだはずのバルドゥーンが、俺に槍を突き刺そうとしていた。


「イオリッ!」

「「——!!」」


 テレポートの魔術が追い付かない、サナの姿と。驚愕の表情を浮かべる、リナの姿と。

 机から乗り上げ、剣を引き抜いた、ララの姿が映りながら。


 触れる僅かな金属の感触を覚えて、血を噴き出した。

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