第三話:「お姉さんたすけて」

「年端もいかない女の子の胸を触った......ああ⁉ 変質者の塊じゃねえかゴラアアッ‼」


 ドン。非常に強い勢いで、取り調べ室の、目の前の机が吹き飛ぶ。一部は、壁に食い込んだ。壁は全金属製であった。


「んだごらお前。さっさと言って楽になれやゴルァ‼」

 胸倉をつかまれて、ほぼキスしそうな距離で恫喝をくらいます。


 ここは、王立防衛軍南部統括支部基地、取調室A。

 はい、そうです。俺は、性犯罪容疑で、ほんとに逮捕されてしまいました。


 ママ。パパ。ごめん。

 ゲーム三昧の自堕落な生活を送ることだけでは収まらず、異世界転生し、はてには性犯罪で逮捕されてしまいました。


 俺、そんな人生じゃなかったはずなんです。ぽろり。

 流れ出る涙。


 ......赤髪の少女が、映る。


 ......。

 あのガキ覚えとけよゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼


 

 

 しっかりめに、俺は取り調べを受けている。


 ヤクザかどこかの反社から、取り調べの時だけ引っ張ってきてんじゃねえのか、と思わせてしまうほど、警察を名乗る人物二名はそうに思えない。


 暴君である。俺の体躯、数倍はある暴君である。

 俺は丁寧に事情を説明したつもりだ。だが、何を言っても「さっさと言って楽になれゴルァ」の定型文が返ってくる。


 多分、この取り調べの人はわかっているんだ。俺が本当のことを言わないことに。

 これだけ強く身体を揺らされたら、変装がばれてしまう。


 そう、俺は(犯罪の種類はともかく)つかまり、王立防衛軍の偉い人に会って、指名手配を解除してもらう訴えをしに来た。


 だから、これだけ脅迫されても、「俺実は指名手配の人なんですよねー」なんて、言わない。なんとか耐えて、ここから出してもらい、まずはサナと、あのクソガキと合流しないといけない。


 かつ丼一つで口を割ると思うなよ!


 <体感五時間後>


「兄貴ィ、こいつまだ吐きませんぜ」

「お前、時間停止の術、まだ止めんじゃねえぞ」


 おえええ。

 まずいです。


 もう言いたくて言いたくてたまんない。

 この兄さんたち中身は善良なのか暴力どころか身ぐるみもはごうとしないし。


 目の前にあほみたいにサキュバスのお姉さん(この世界にはサキュバスがいる)並べられてるし。


 多分セントラムで一番の料理人さんが作ったであろう料理一食分がいい匂い立てながら目の前に置かれてるし。


 挙句の果てには強制「あーん」してくるし。

 新手の拷問である。

 かつ丼だけで済むと思った、俺がバカだった。


 ヤクザの片方は、リーゼントみたいな髪型と、ガロンとタメをはるコワモテをもってしながら、時間停止の魔術を使えるらしく。外の世界では全く時間が進んでいないらしい。

 魔法セレクトが繊細だな、持ち魔術が時間停止って。兄ちゃん。


「おいゴラァ」

 俺が座る木の椅子の背もたれを破壊する。ひいっ。


「俺ら、そんな暇人じゃねえんだわ。とっととはけ。俺らの時間無駄にすんじゃねえ」


 ぞろぞろと、サキュバスのお姉さんたちが退出する。縄で簀巻きのように縛り付けられた俺は、とうとう、観念を......。


「あの」「兄貴ィ、看守が呼んでますぜ」


 かぶせられた。

 言おうとしたのに。


「ああ、すぐに行く。——俺が帰ってくるまでに吐いとけ」


 どういうことでしょうか。

 でも、兄ちゃんが行っている間に、吐いてやる。


「おっ、口を割るようになったか。さあ、真実を言え」


 ごめん、サナ。

 あとあのガキ。


 もう、我慢できなかったんです。

 まっとうに生きてきたので、そういう「やんちゃ」とかもよくわからないし。

 警察に補導されることもなかったので、慣れてないんです。恫喝されるの。


 俺、しっかり逮捕されちゃいそうだし。

 ......ちょっと柔らかみを味わってしまったし。


 ごめん。ヘタレでもなんでもいいよ。

 約束守れなくて......ごめんなさい......!


 「......僕は...その......指名手配」「イデエエエエエエエエエエエエぇぇぇ!!」


 かぶせられた。

 刹那。取調室の耐爆扉に、誰かの頭が貫通する。リーゼントだつんつんしている頭が、それはすごい勢いで、金属扉を貫通しました。


「兄貴ィぃぃぃぃぃ⁉」

 弟分が驚愕のあまり腰を抜かしていた。俺もだ。


 一体何が起きたんだ?


「イオリ―! お前、事後なのか、事後なのかー?」

 聞き覚えのある声が響いた。......あのクソガキのだ。


 背筋に走る、冷気。そして、嫌な予感。


「サナがなぜか知らないけどぶちギレて手におえないんだー! なにせ、取調室からぞろぞろ出てきたサキュバスが異様にもんもんした空気出してたから事後なのか、事後なのか―! って! そろそろ、私でも抑えきれないかもしれない! すでにそこの厳ついにーちゃんに手を出したー! 助けろーっ!」


 サキュバスはいつももんもんした空気出してるだろ。だからサキュバスなんだ。

 って、そんな偏見はともかく、にーちゃんに手を出したらダメだろっ! あのバカっ!


「だ、大丈夫ですかね......」

「てめえっ! 兄貴に触れんな!」

 ぱしん。俺の手が弾かれる。


 「そこに居る者! 今そちらに向かうからじっとしていろ。兄貴をこんな目にあわせるとは......ただじゃおかない」


 弟分がそう宣戦布告をした後、取調室の中に、紫色の魔法陣が渦巻いた。まばゆい光とともに、中から人が現れて——。


「このばかっ!」

「あれえ?」


 思いっきり右ストレートを喰らった俺がまあまあ吹き飛び、弟分が驚愕の表情を浮かべる。


「お、お前は」

「いたた、なにこれ。魔術結界? 怪我したんだけど——どうしてくれんの?」

「ひいっ」


 テレポートしたときに不都合を喰らったのか、敵対象は俺ではなく弟分へとシフトした。

 奥歯をガタガタ言わされながら、俺は静かに粛清されていく弟分を見つめていた。


「い、行くよ」

 俺と、弟分を殴った血染めの手を、彼女は差し伸べた。


 ——惚れませんよ? サナ嬢さん。


 


 ドアに頭部を突っ込む、ということは、その部屋から出入りするときに、必然的に干渉するということ。

 ああ痛そう。すごく痛そうである。兄貴分に慈愛を届けながら、所内を駆ける。


「統括官、だろ? なら、一番高い階の、一番日当たりのいい部屋にいるだろうさ!」


 階段を駆け上がる。対向をすれ違う署員とは極力目を合わせない。

 なぜなら、俺たちは指名手配犯であるから。


 今日は、それを覆すために。カチコミに来た。

 カチコミ、カチコミ申す。


「な、なあ。それで、事後なのか」

「チガーウ‼ それより、お前のせいで俺は性犯罪者になっているんだ! それもお前の小さな身体のせいで小児愛認定されてるし」

「ま、まあ。こうして潜入できたんだからよかったじゃないか。すぐお前の場所も割り出せたわけだし」


 いいや。あの弟分は、時間操作ができる魔術使いだったぞ。

 五時間だ。五時間。


 他人の下手くそな曲聞くだけの同行カラオケのほうが、まだ幾分かいいと感じられるほどに。


 クソお、お前が心を覗ける存在であってくれよッ! なんで透視とかいう中途半端な能力なんだ!


「た、大変だったんだね、もう大丈夫。私がついてるから」


 一方サナはぜーんぶくみ取ってくれます。

 いいね、心を読んでくれるその能力。惚れそう。

 

 顔を真っ赤に染め上げたサナと、クソガキとともに、ついに最上階、三階の廊下から、手当たり次第に部屋を割り出す。


 ——そうだ、お前、透視できるじゃないか。


「な、なあリナ。壁を透視して、いかにも統括官っぽい人を探してくれ」


 木造の廊下は殺風景で、どの扉も同じような見た目をしている。取調室を荒らしたのに気づかれるのは時間の問題だ。


 急いで探さなければならない。

 こういう時に役に立つのが。サナの、透視の権能。

 よかったねー役に立って。


「わかったっ!」

 彼女が何もない木の壁の奥を透視している。

 どうだ、ヒットするか......!


「いたぞっ!」

「この部屋だな、よし、入るぞ」


 俺たちは、指名手配を解除しろと訴えに来る指名手配犯。

 それは図々しく、盛大に参上するべきだ。

 サナとアイコンタクトをとると、扉を押し倒す勢いで、部屋に侵入する——!


「カチコミ申ーす!」

 部屋の中に居たのは。


「な、なあ。これ、ばれたらまずいんじゃないか」

「ふふっ、そんなに顔を赤くしちゃって。誰も見てないわよ。さあ、眼を閉じて」


 ......いいタイミングの、カップルです。


「ほら、そんなに嫌がってるくせに、こっちはやる気満々みたいだけど?」

「ふ、ふうっ!」


 あらあら。

 お盛んなようで。

 

 そういうときも、ありますよね。

 この基地の職員だろうか。制服を着ながらとは、またいいですね。

 この世界には、まだ防犯カメラはない。こうして不慮の事故が起こらなければ、二人の異性交遊が続いていたはずだ。


 ごめんなさい。うちの連れが。さっきから問題ばかり起こしてるので、罪滅ぼしじゃないですけど、山の奥に捨ててきますので、どうかお許しを。


「「「「「あっ」」」」」


 その状況に置かれた五人。全員揃った素っ頓狂な声を上げる。

 うち部外者である三人は、ゆっくりと扉を閉め、「ごゆっくり」と言いながら邪魔を謝罪した。


 ——。

 気まず。


「おいリナ! お前ふざけてるのかっ!」

「い、いや、確かに居たんだよそこに......!」


 このポンコツ大魔族がっ。


「サナも、さっきからどうしたんだよ......って、あれ」

「ううううううううううううううっ」

 ガチ泣き。サナは俺の服の裾をハンカチとして、あふれる涙を拭いている。


 あー。

 そっか。こいつ、確か男がいないのが悩みだったか。


 はあ。

 なんて奴らと、俺は行動を共にしているんだ......!


「ま、まあ。落ち着けって。早くあの人を見つけないと、三人そろってお縄だぞ! それに俺は併合罪だ誰かさんのせいでな! だから、早く......おっと.....?」


 廊下に出た俺たち三人が見たのは。

 銀色の艶やかな長い髪を靡かせる、美しい統括官だ。

 腰に携えた大剣が、陽光を反射して艶やかに光る。

 同じく銀色の双眸が、こちらの様子を捉えて、一瞬だけ、凍る。


 あっ、居たー。


「きっ、貴様はっ......!」

 彼女の携えた大剣が、一瞬煌めいた。

 

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