第10話 旅立ち

 は、黒い砂となって砕けた。足下にはマーリンの死骸だけが残った。

 ゴゴゴゴォォ

 壊れ始めた地下牢の崩壊は止まらない。壁は崩れ、天井から折れた梁材が落ちてくる。思わず僕は、エルフにしがみついていた。


「大丈夫です。世界をズラす余裕ができましたから」


 さっきまで聞こえていた地鳴りが聞こえなくなる。崩れる壁も、落ちてくる梁材も、みんな凍り付いたように止まってしまった。

 その中を、エルフと僕は中廊下を歩いて外へ出た。

 外は、日は落ちる直前だった。地下牢のあった部分が崩壊して地面も陥没していた。薄暗くなった向こうにカンテラの灯りが見えた。


「若様!」


「ご無事ですか!」


 砦の騎士や使用人たちの声だった。


「もとの世界です。お迎えもいらしてます」


 エルフは僕の背中を灯りの方へ押すと、黒いローブを羽織った。それはマーリンが身に付けていたものだ。


「この服は呪具と言えるほど、呪いにまみれてしまいました。これは、わたしが貰ってゆきますね」


 エルフが、どこかへ行ってしまう?


「地下牢の魔物は、妾が喰らっておきましたが……今の騒動で逃げたモノも始末しておきますね」


 あれはエルフの仕業だったのか?

 驚いている僕に、また揶揄うような笑顔を向ける。


「妾、大食らいなんですよ」


 エルフは僕に背を向けると、ゆっくりと歩き出した。泣きそうになる僕は、無理矢理声を絞り出す。


「エルフ、また……会えるよね?」


 僕の声に、彼女は小さく振り返る。


11番エルフ牢はなくなってしまいました。もう、妾をそう呼ぶ人はいないでしょう」


 寂しそうな横顔だった。彼女はまた前を向いて歩き出した。それきり、二度と彼女は振り返らず、その後ろ姿が次第に透けていく。

 そして消えた……僕の前から永遠に。



-終わり-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

11番牢の異形 ~射干玉綺譚~ 星羽昴 @subaru_binarystar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ