第9話 収穫の時

「最後の一線を踏み越えたのですね。やっと……できます」


 マーリンは「フン」と鼻を鳴らし、隷属の首輪に繋がる鎖を握った。マーリンの手に白い靄がかかり、いつの間にかエルフの身体も白い靄に包まれていた。


「あら?」


 魔牛ミノタウルスを苦しめた発光する火柱が、エルフを包む白い靄からも放たれた。エルフの、鉤爪のある右手と蛇の巻き付いた左脚が次第に色を失っていく。


「もう少し私が魔力を込めれば、お前の身体の半分は消滅するぞ?」


 エルフの右手と左脚は半透明になって、向こう側が透けて見えていた。その半透明な鉤爪で隷属の首輪を握ると……。

 パキン

 隷属の首輪は、氷柱つららのように簡単に砕けてしまった。


「馬鹿な!」


 マーリンは驚愕し、僕を拘束していた力も解けた。動揺のあまり、魔力の制御に隙ができたんだ。エルフは左手で、僕を自分の背中に導いた。


わたしの後ろに隠れていて下さいね。貴方をで匿う余裕はなくなりそうなので」


 エルフの横顔が微笑んでいた。


「それに。貴方は、妾の本当の姿を見ておいた方が良いでしょう」


 ……エルフの、本当の姿?

 エルフは僕を背中に匿いながら、マーリンとの距離を詰めていく。そして右の鉤爪がマーリンの顔面を掴むと、果実のように握り潰してしまった。

 鮮血と肉片、そして脳漿が飛び散る。僕は呆けてしまい、目を閉じることもできなかった。


「さあ、これからです」


 エルフの声に呼応するかのように、牢内が白い靄に包まれた。

 ゴゴゴゴォォ

 床も壁も音を立てて揺れ始めた。石組みが軋んで外れてゆく。壁が壊れて土砂が流れ込んできた。


「エルフ!」


 エルフの眼前にある、マーリンの身体に白い靄が集まりだした。頭を砕かれたはずのマーリンの両腕が持ち上がって、エルフの右手を掴んでいた。


「この方の周りは呪いで満ち満ちていました。罪のない子供たちを手にかけてきた呪い。その呪いに引き寄せられた、たくさんの魔がです」


 牢部屋を隔てる壁が崩壊した。崩れた石が足下に転がる。


「これらの魔は待っていたんです。この方のむくろを依り代にして、この世界に実体化するのを……ずっと」


「エルフも……呪いに引き寄せられたの?」


「いいえ」


「妾は……依り代に集まる魔を喰らいに来ただけです」


 エルフの、美しい横顔に亀裂のような線が入った。鮮血色の唇の端が耳元まで線で繋がり大きく開かれた。真っ赤な口の中にはびっしりと生えた牙。

 上半身を蛇のように捩って、かつてを頭から囓り取ってしまった。

 左脚から伸びた蛇が、やはりを貪り喰っていた。

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