第8話 隠し部屋

 その日の夕方。エルフとの約束を果たすために白パンとチーズを持って地下牢へ忍び込んだ。砦には砂糖がないので焼き菓子を焼いて貰うことはできなかったけど。

 階段を下り中廊下に出て、右へ進む。その一番奥が11番エルフ牢だ。

(そう言えば……)

 階段を下った正面は、普通なら牢番部屋がある。でも、ここは石組みの壁になってる。捕虜や罪人を入れてるわけじゃないから、埋めたのかも知れない。



 何気なく触れた石壁が、グラリと動いた。


「……う!」


 中から漏れた異臭に、思わず鼻と口を押さえた。

 何なんだ?……中を覗くと、先には小さな部屋があった。

 まだ日は落ちていないから小窓から夕暮れの光は入っている。部屋が赤く見えたのは、そのためだと最初は思った。でも。

 そうではなかった。床や壁は赤黒く汚れていたんだ。そして、このえた臭い。

 ……血だ!

 部屋の隅には切断された人の手足や頭が転がっていた。いくつか転がっている頭は、みな僕と同じくらいの子供の顔だ。少年も少女もいる。


「気付いてしまいましたか?若様」


 聞き慣れたマーリンの声だった。なのに、僕の心は必死にそれを否定したがっている……これは、マーリンではない……と。



「どうやって魔物を使役するか、折角なのでお教えしましょう」


 黒いローブを纏い背筋を伸ばして、僕を見る。かつて家庭教師だった頃のように。


「魔物にはね、人の子供の肉が大変な御馳走なのですよ。その味を覚えた魔物は、それが欲しくて従順になります。それから先は、一種の契約と言って良いでしょう」


(子供の肉だって?じゃあ、エルフの前に置かれていたあれも……)


「魔物は私の命令に従い、私は魔物に子供の肉を与える」


(森に居ないはずの魔物が、近隣の村を襲ったのも……)

 僕の頭の中で、マーリンの妖しい笑顔がよみがった。

にも不自由をさせていませんから』

 あの時、マーリンはそう言った。


「もちろん。聞き分けのない魔物には、罰を与える魔法を使いこなす必要がありますよ」



 マーリンが僕の足下へ呪符を投げた。僕の周りに白い靄がかかって急に動けなくなってしまう。


「あれの調教に協力して頂きましょう」


 動けなくなった僕を引き摺って、マーリンは11番エルフ牢へ向かう。11番エルフ牢へ入るなり、マーリンは僕の身体を放り投げた。


「今日は特別な御馳走を用意した。残さずに食べろ」


 動けない僕をチラリと見て、直ぐにエルフはマーリンへ視線を向ける。


わたしは、こう見えて美食家なんですよ?」


 穏やかな声に、マーリンは憮然とする。


「喋れるのか?」


 エルフがゆっくりと立ち上がった。

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