第4話 連続殺人事件の構造
緊急逮捕された彼女は、あまりにも早く警察が自分のところにたどり着いたことで、気が動転して逃げてしまったらしい。ちょうど夕飯の準備中だったとはいえ、まさか包丁を持ち出すとは。
逃走用の道を開けさせるための脅しのつもりだったのが、つい包丁を振り回してしまって、刑事にかすり傷を負わせてしまったらしい。
「長距離ランナーだから、とりあえず走って逃げられるとでも思ったのかな」明石はまたため息をついた。「まったく、
彼女の自供によって、第一の事件の容疑者Aと共犯者Bも芋づる式に逮捕された。
その自供によれば、彼女の犯行のきっかけは、やはり容疑者Aと共犯者Bの交換殺人計画を知ったからだという。共犯者Bから犯行後に送られてきたメールを、容疑者Aが誤って会社の複合機で印刷してしまい、それを偶然彼女が見てしまったのだ。
容疑者Aが、交換殺人の自分の番になかなか踏み切れなかった最大の理由が、どうやらそれだったらしい。誰が誰を殺すとかいう直接的な内容のメールではなかったようだが、真相を知られてしまったのではないかと不安になった容疑者Aは、彼女を殺す相談を共犯者Bに持ちかけていたという。だがその前に、彼女の方が自分の殺人計画を実行してしまったというわけだ。
第三の事件の被害者が第二の事件の被害者を殺害した後、自殺したと装うために、彼女は同じネクタイを使用して、まず最初の殺人に及んだ。そうすればネクタイに第二の事件の被害者の皮膚
もし警察が「これは自殺ではない」と気づいて捜査が自分に及んだとしても、容疑者Aたちの交換殺人計画について話し、「彼らの仕業だと思う」と罪をなすりつけようと彼女は考えていて、実際にそれを実行したという。
いつまでも殺人計画を実行しようとせず、あげくに彼女に交換殺人計画を知られてしまったかも知れない容疑者Aに、共犯者Bは
容疑者Aの方もまた、
いわば『複合殺人事件』ともいえるこの事件、どのみちこの構図では、容疑者Aにも共犯者Bにも、第二の事件と第三の事件を起こす動機がない。だから二つの事件の真犯人でありアリバイもない彼女が、まったく事件に関わっていないなどと逃げ切れるはずがなかったのだ。
しかし彼女の計画が浅はかなものだったからこそ、第一の事件の被害者Aと共犯者Bはとばっちりを食って事件を暴露されてしまった。皮肉なものである。
それにしても、今回も明石は手際よく事件を解決してしまった。明石が言うように、これも「まぐれ当たり」なのだとしたら、まぐれで打率十割なんて驚異的なスラッガーということになる。
もっとも、厄介な事件ほど一見「あり得ない」構造になっているからこそ、明石の推理が当たるのだとも考えられる。
明石は事件が1日で解決した後、捜査方針に囚われずにフリーな立場で捜査できる「特命係」あるいは「広域特命捜査班」の設置の必要性を、金田管理官に強く訴えていた。自分の将来のポジションを作るために、こうやって徐々に賛同者を増やしていくつもりなのかも知れない。
予定外に早く事件は解決したが、金田管理官は「予定どおり泊まってゆっくりしていくといい」と、ホテルの宿泊券を僕たちに渡した。これで明日はゆっくり観光地を巡ることができる。
そう思ってホテルへ向かっていたら、駅方向から見覚えのある二人組が歩いて来て、心臓が止まりそうになった。
「来ちゃった」
何やらその昔に使い古されたような言葉を発したのは、
「三上、すまんが急用ができて帰らなければならなくなったから、君は星野さんと泊まってくれ」
「えっ!? あっ・・・」
明石は言うが早いか、美久ちゃんの手を引いて駅方向に歩き出した。
「ちょっと待って!」美久ちゃんはその手を振りほどいて言った。「せっかく来たんだから、泊まっていこうよ。ってか、もう事件は解決しちゃったの?」
「ああ。だからもう泊まる必要もない。帰るぞ」
「嫌だ! せっかく来たんだから泊まっていこうよ~」
明石は困り顔になっていた。こんな明石はあまり見たことがない。
「いいか、こっちは就職できなくなるようなことになったら困るんだ。だから未成年を今日中に家に送り届ける」
「お母さんは泊まってきていいって言ったよ?」
あのヤンキーママ・・・と明石が思っているだろうことは、僕にも想像できた。
「いいか、昔は男女の年齢差が5つか6つくらいの夫婦が多かった。だから小学校6年生になったら、新入生の1年生の女子と仲良くなっておけ、なんて言われたそうだ」
おい、
「だから僕と君が付き合ってもおかしくはない。ただしそれは、君が18歳になったらの話だ。それまでは『青少年健全育成条例』という制約があって、これを守らなければ罰せられることになる」
「それはもう何回も聞いてるけどさ、つまりは私が高校を卒業したら、結婚してくれるってことだよね?」
あっ、美久ちゃんの目が輝いているぞ。
「未来のことは神様にしかわからないよ。言うことを聞かなければ、もう勉強をみてあげないぞ」
美久ちゃんはちょっとしょんぼりしてしまった。
「わかった・・・でも私、これでも勉強頑張ってるんだよ。先生にも褒められたんだから」
「わかってる。さあ、帰ろう」
明石は再び彼女の手を引いて歩き出した。美久ちゃんは振り向くと、にっこり笑って「バイバイ」と僕たちに向かって手を振った。
僕がちょっと呆然としていると、
「それじゃあよっくん、私たちはホテルにチェックインして、それからなんか食べに行こうか」
と僕の横で星野さんが言った。
あらら、突然デート旅行に趣旨が変わっちゃったよ・・・。
(終)
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近況ノートに、AIに描かせたラストシーンのイラストを載せてみましたので、ご覧ください。
↓
https://kakuyomu.jp/users/windrain/news/16818093082118778007
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【推理士・明石正孝シリーズ第9弾】特命への道 @windrain
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