コロニーナンバーJ0034の怪
竹村
第1話
宇宙歴183年3月26日。この日、コロニーナンバーJ0034からの通信が途絶えた。
宇宙には無数のコロニーが浮かび、常時互いに連絡し合っている。J0034からの通信が途絶えたことを受け、近隣のコロニーから調査人員が集まって部隊が組まれ、J0034に向けて出発した。
「あれがJ0034だね」
「ここから見る限り、異常はないようだけど。宇宙歴183年4月23日、J0034目視」
星が瞬く宇宙に、太陽を照り返して白く光るコロニーが目視できた。小型の調査シップに5人の調査員が乗り、コロニーへ近づいていく。
J0034に到着すると、まず外壁を調査した。小回りの利く調査シップでコロニーを一周するが、破損している様子はない。
「外壁破損、目視でなし」
記録係のリタが口に出しながら記録していく。続いて、調査シップの通信機を使って近距離通信を試みる。応答なし。
次に、外壁に設置された太陽光発電パネルを確認する。調査員のユーカが宇宙服を着て調査シップの外を遊泳し、直接パネルを確認する。やはりどこにも破損はなく、異常はないように見える。異常な熱も漏電もない。
「太陽光発電パネル、異常なし」
「異常なし」
シップの中で待つリタが復唱し、記録を取る。
いよいよコロニーに入りたいが、通信に応答がなくコロニー外壁のハッチも開かないので、ユーカが緊急用手動コックを使ってハッチを開ける。エアロックは正常に作動したらしく、無事にハッチが開いた。少し待っても何か出てくる気配はない。慎重に中へ侵入するが、通信も待ち構えるものも何もなかった。中は静まり返っている。
「えーなに……ブキミだなあ」
「正直武装勢力に開幕撃たれるくらいは覚悟してたんだけどね。何もないって逆に怖いわ」
たとえ撃たれたところで、調査シップは豆鉄砲くらいなら問題にならない。だが決して気持ちのいいことではない。
中は明るかった。照明が保たれている。ひとつふたつは点灯していない照明もある。ユーカが外壁の扉を閉め、シップは駐機場にアンカーを降ろし、宇宙服姿のロジェとブルーノが降りてきた。二人は銃を持っている。リタとモニカはシップに留守番である。ロジェとブルーノに合流したユーカにも銃が渡されたところで、自動アナウンスが流れた。
『ようこそJ0034へ。エアロックの気密を確認しました。これより加圧および加温を開始します』
プシュ、と壁の噴出口から気体が噴出される。徐々に体が重くなる。ここの自動機構は正常に機能しているようだ。
『お待たせいたしました、加圧および加温が完了しました。どうぞおくつろぎください』
「まだ宇宙服を脱ぐなよ」
化学調査員のロジェが、まずエアロック内に満たされた空気を調べる。
「窒素78%、酸素21%、アルゴン0.9%、その他許容範囲内。有毒ガスは……検出不能だ」
「標準値だね。でも、原因がわかるまではあんまり宇宙服脱ぐ気にはならないよね。ボンベにも限りはあるから、とっとと原因見つけたいけど」
「大気組成許容範囲、有毒ガス検出不能。とにかく慎重にね。何があるかわからないんだから」
ヘルメットの通信機からリタの声がする。はーい、とユーカは少し重い返事をした。
銃を構え、警戒しながら内郭への扉を開く。出入場監視員がいるはずのブースの中は空だ。空調のかすかな音がする以外、物音もない。
「どこ行っちまったんだろーな?」
少し乱れた机の上の、コンピュータは生きていた。スリープ状態から復帰したモニターに映し出されたのは出入場記録画面だ。最後の記録は、宇宙歴183年3月20日、出場の記録。
「これがほんとに最後なのか、この後に誰か出入りしたのか」
「それより中に入ってみようぜ。早くこのうっとうしい宇宙服脱ぎてえんだから」
宇宙歴183年3月20日、出場の記録、とリタが復唱している。ユーカは、バックアップを感じて心強く思った。
宇宙港の中は閑散としている。照明と空調は作動しているが、誰もいない。売店はおおかたの棚が空だ。荷運び用や移動用のカートがちらほらと放置してある。一部のカートに乗ったままのトランクは、開いているものもあれば閉まったままのものもある。
「ガイガーカウンター許容範囲。人っ子一人いない宇宙港なんて初めてだ」
よく見ると、床や待合の椅子に、灰が散乱している。しかし床や壁は綺麗だ。
「なにこれ。別に何か焼けたわけじゃなさそうだけど」
ブルーノは灰をサンプルとして小瓶に採取した。瓶を目の高さに掲げてよく見るが、ただの灰にしか見えない。
「これは分析かけないとわかんねえな。ただの草木灰に見えるけど」
「草木灰なんてものを撒くいたずらとか、あるかなあ?」
コロニーでは土壌が限られるため植物が貴重である。そのうえ大気の浄化能力にも限りがあり、コロニー内での燃焼は極力避けなくてはならない。そんな生産の難しい草木灰を撒こうと思ったら、地球から輸送してくるしかないが、使い道もあまりない草木灰をいたずらのためにわざわざ輸送するとはにわかに考えにくい。
宇宙港をひと通り見回ってみても、火災や暴動などの痕跡がないのに、どこにも人の姿がなかった。
宇宙港を出ると、中は地球を模した景色が広がっている。整理された区画に人工芝の公園が広がり、遊歩道に水路、噴水が整備されている。広い道路が周囲を走り、その外側には役所や商業施設のビルが立ち並んでいる。天井に映し出された青空は、遠くの方で赤く色を変えている。さらに向こうでは暗くなっているはずだ。この色の違う空が、時間経過でスクロールするのだ。
やはり、周囲には人っ子一人いない。ペットとして持ち込まれたはずの犬や猫もいない。しんと静かな公園に、噴水の音だけが聞こえている。
「本当になんだこれ。あれだけいた人はどこへ行っちまったんだ?」
ブルーノは水路の水もサンプルとして採取した。無色透明で粘りもない。
「どっから回って行こうか」
「役所がいいと思う。何かあったらとりあえず相談に行くだろうし」
挙手したユーカの提案に、ロジェとブルーノも賛成した。
公園を抜けると、道路を挟んですぐ役所だ。その玄関前に灰が積もっている。
自動ドアは難なく開いた。中のロビーにも灰が散乱している。待合のソファやカウンターの上にもやはり灰は散らばっていた。
「おいおい、冗談だろう。ここまで大規模なイタズラはねえよ」
「誰かいますかー」
大きな声で呼びかけても、しんと静寂が返るばかりだ。受付のインターホンにも応答はない。
ロビーの一角に観葉植物の鉢が置かれていることに気づいたロジェが、首を傾げた。天井に届くほどねじくれて異様に伸びた植物の、全体が色褪せて黒ずんでいる。葉に触るとボロリと崩れた。
「こんな枯れ方、見たことも聞いたこともない」
「宇宙港に戻ろう。観測所の記録に何かあるかも」
宇宙港はコロニー内の環境を観測し、記録する観測所がある。万一異常事態が起きても記録は残る仕組みになっているが、施錠が厳重で解除には時間がかかる。いわゆるブラックボックスだ。
三人は急いで宇宙港に戻ってきた。観測所にもやはり灰が散らばっていたが、ブラックボックスは規定の位置に静かに設置してあった。回収し、念のため宇宙服ごと除染処理をしてからシップに乗り込む。
「あーやっと脱げた! 動きにくくてやんなっちゃう」
「もう、のんきねえ。はいお水」
「ありがと。ロック解除できそう?」
三人が宇宙服を脱ぐ間に、リタとモニカがブラックボックスの開錠を試みていた。
「うん、いけるいける。もうすぐ、ほら出た」
繋いだモニターに文字列が並ぶ。まず、発電量、酸素濃度、気温、放射線量などのグラフを表示させた。おおむね平坦、または規則的に上下する線グラフが、現在から過去に向かってスクロールしていく。あるところで、放射線量のグラフにブレがあった。拡大してみると、ブレは数秒間だけ爆発的に上昇し、すぐ標準に戻っている。同時刻、他のグラフに乱れはない。
「コレが原因か?」
「でもこれ、こんなちょっとじゃほんとに線量上がったのかな。観測機材のほうの問題じゃない?」
「私この時の日報探してみる」
検索すると、日報はすぐに見つかった。
***
宇宙歴182年10月8日
(略)
13時17分、放射線測定器の警告音を確認した。しかし係員が測定器を見たときは正常値だった。
念のためコロニー内各地で放射線量の計測を指示。異常なし。
(略)
***
「これだけ?」
「なんか拍子抜けだね。他のページも見てみようか」
***
10月28日
体調不良者続出。前年同月比2.5倍に達する。大気、水質、下水サーベイランス変化なし。濾過システム点検も異常なし。原因不明。
11月12日
体調が復調せず、就業不能者多数。水耕栽培プラントの出荷が遅れている。作業員の減少に加え生育不良も観測。授粉用ミツバチも減少。
12月27日
医療従事者にも体調不良多数のため、病院が逼迫。他コロニーに応援を要請。
未知のウイルス等の可能性を鑑み、無事な者は他のコロニーへ避難を推奨とする。
***
「避難を推奨って書いてあるけど……」
「うん、出入場記録見ると、実際に出た人はほとんどいないね。出場記録は業者さんばっかりだよ」
***
1月9日
医師20名、看護師50名の応援部隊到着。中央病院に配備。以後、中央病院を研究拠点とし、原因不明の体調不良者を中央病院へ集めることとする。
1月18日
水耕栽培プラントの作物に異常な生育が見られるため調査依頼あり。気温、水温、照度、重力、異常なし。
ミツバチにも形質異常多発。
2月1日
中央病院の病床が不足。ポートの待合を一部閉鎖し、臨時の病床として使用する。
2月27日
水耕栽培プラントの作物が黒く灰のようになって枯死するようになった。原因不明。
入院患者の死亡の際も、乾燥して硬くなり、遺体がボロボロに崩れる現象が発生。
***
「おい、これ!」
「役所の観葉植物と同じか?」
「え、待って、あの宇宙港とかの灰って」
***
3月16日
医療従事者の応援部隊にも体調不良者が出始めたため、20日をもって応援部隊を派遣終了とし、入院患者を受け持ちにしたがって各コロニーに割り振り、移送することとする。
3月20日
予定通り応援部隊の派遣終了。患者は移送を承諾した者がいなかったため、移送なし。
***
「最後の出場記録って、この医療従事者のシップってことだよね」
「移送を承諾した者がいないってどういうことだよ?」
***
3月25日
記録係も最後の一人になってしまった。しかし私は最期までこのコロニーを離れたくない。
他のコロニーの人を呼んでも医療応援部隊の二の舞になることはわかる。私も間もなく灰になるだろう。願わくば安らかに。
これを読む人がいるなら、できるだけ早くこの宙域を離れてください。
不気味な構造色に気をつけてください。
***
日報を読み終えた一同は、互いに絶句し、顔を見合わせた。そのとき、ガイガーカウンターが突然警告音を発した。ぬるりと、粘度のある、不快な蒸気のような感覚が通り過ぎ、一同はおぞけに襲われた。
ほんのかすかに光を帯びた、汚染された彩雲のような巨大な何かが、コロニーを通り過ぎていった。
終
コロニーナンバーJ0034の怪 竹村 @takemura_umematsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます