謝罪のお国
渡貫とゐち
東のお国柄
むかしむかし……から。
東のとある国は、あるひとつの行動に特化していました――――
「……あなたはすぐに謝るのね。たとえ、自分が悪くなくとも――――」
「えへへ、そういう国柄でしたのでね……。自分が悪くなくとも、その場で謝ってしまった方が場が丸く収まると小さな頃から叩き込まれてきましたんでね……」
「あなた、出身は?」
「東の辺境の、小さな国ですぜ。国の名を言っても分からないかもしませんが、」
「ああ、通称『謝罪の国』……だからあなたはこんなにも……なら仕方ないわね」
高貴で勇ましい美女がいました。
彼女の目の前にいるのは猫背が特徴的な小柄な男です。彼は普通に立っているだけでもまるで頭を下げているようで……形から謝罪をしているようにも見えました。
根っから、彼は謝罪をしているのでしょう。いつでも膝をついて頭を下げられます、と言った姿勢でした。低姿勢で謙虚、自分が胸を張れる人間であるとは思ってもいなさそうです。
彼だけに限らず、謝罪の国で生まれた国民は謝り上手です。
謝ることを、小さな頃から積み重ねてきました……。
問題が起きればすぐに謝ります(これはどの国でも謝罪するべきですので、普通のことでしょう……ただし)、当然、謝罪の国もそれは変わりませんが……問題が起きた時、国民は無関係だったとしてもその場にいれば謝っていました。
その場にいただけなのに……そんなことで謝らせてしまったことを謝り、謝罪が謝罪を呼び、問題が起きたその場の周辺では謝罪が積み重ねっていきました。
「謝罪を要求する」の声を聞いた結果、昔からの伝統で、関係者はひとまず謝るという常識が根付いてしまったのです。
その結果、国民は長い歴史と国風により、なんとも思っていなくとも謝れてしまう技が身につきました。
起きた騒動を丸く収めるためだけに共有される言葉の羅列です。気持ちなど、こもっているわけがなく、自分自身が誠意なく謝罪でき、騒動を収めようとしている経験から「他人だって同じだろう」と分かってしまいます。
謝られても、謝られているわけではない、と。
なぜなら謝っていても謝っていないからです。
そのため、国の全員が繰り返される謝罪に意味がないことを知っているのです。でも、周りは謝罪を要求し、人に謝罪をさせます…………
「されないよりはマシ」というだけでおこなわれる暗黙の了解なのでしょう。
儀式のようなものです。
いえ、感情を度外視した作法のみでおこなわれるものですから、儀式をしているのかもしれません。
しないよりはした方が。
されないよりはされた方が――お互いに気持ちが楽になるからでしょう。
「……あの国はおかしな国よね。見ず知らずの他人が問題を起こした……たとえば不倫をおこなった……。当人以外が怒って、だらしない戦犯を攻撃し、大勢への謝罪を要求している。挙句の果てには当人ではなく、当人を囲っていた組織にさえ謝罪をさせている……。要求されれば謝罪をするしかないお国柄ゆえに謝罪されるけれど、当然、誠意なんてあるわけがないわ」
高貴で勇ましい美女は理解できない国柄に呆れていました。
非難しているわけではないのです。彼女は、単純に理解できないことを理解しようとして、でもやっぱり理解できなくてモヤモヤしているから不機嫌になっているだけなのです。
「国民は、誠意がないことを知りながら、謝罪を要求しているわ……おかしな国でもあるけれど、同時に面白い国とも思っているわね。どんな育ち方をすればそんな風な考えになるのかしら。解剖してみたいものだわ――……あら、でも個人ではなく集団の思想なのよね……ということは環境を調査した方が答えが見つかるかしら」
「前に倣っただけですぜえ。先人が、こういう状況で謝罪をしていた、だから今もするべきだ――それだけの話なんです。謝罪の国は世界一謝罪が上手なのですよ」
「それはそうでしょうね。だって他の国よりも何倍も謝っているのだから」
他の国の国民が一生をかけて謝る分量を、謝罪の国の国民は、たった一ヵ月で越えているかもしれません。それだけ息をするように謝罪をしているのですから。
謝るべきではないところでも謝っています。
謝ってはいけないところでも謝っている者もいました……もう病気です。
確かに、世界一謝罪が上手でしょう。しかし誠意がない謝罪が世界一多いということでもあります。誠意がない謝罪を、誠意があるように見せるのも世界一上手でした。
どちらかと言えば、謝罪の国とは謝罪が多い国というよりも、心ない謝罪を心あるように見せることがとても上手い国、という印象の方が強いです。
中身はどうあれ、形だけは真似をする国が増えてきているのも事実でした。
土下座、という謝罪方法がありました。
この体勢は、するだけで最上級の謝罪となることが、世界では証明されています。さすがに謝罪の国では騙せませんが――
型にはめているだけで誠意など欠片もないことを知っている謝罪の国の国民には響きませんが、他の国では『土下座』が謝罪としての効果を発揮しています。
すれば、丸く収まります。
するだけなのです。――それが土下座が持つ力なのです。
土下座さえしてしまえば、相手は許さざるを得なくなる……そういう力が働きます。土下座しているのに許さなかったら、許さない側が悪くなる雰囲気もあり……。
世界共通の『土下座』が、最近では様々な国でよく見るようになったことでしょう。いずれは、中身を知ってなんの効果もなくなるかもしれませんが…………そう、謝罪の国のように。
ただ謝罪の国では、土下座をさせてしまったことを謝る動きがあるとは思いますが……。
「謝罪の国、ね……数多く謝罪をしていても、実は本当の気持ちをこめて謝ったことはないんじゃないかしら」
高貴で勇ましい美女の素朴な疑問でした。
謝罪の国では、赤ん坊が発した最初の言葉が謝罪だった、という話も少なくありません。最初に覚えた言葉が『すいません』だった……というのも、親がよく発言していれば赤ん坊が覚えていてもおかしくはありませんでしたから。
赤ん坊は、意味なんて分かっていません。
大人は、意味を理解しながら、だからこそ利用しているのです。
意味を置き去りにして。
言葉の並びを発言し、空っぽの羅列を受け取った側で解釈させています。
そういう意味では、大人の謝罪も赤ん坊の謝罪も同じことでしょう。
「……そうですねえ、心の底から謝りたいと思って謝ったことはないですねえ。そこまで考える前に反射的に謝罪をするべき、と国柄が口を動かしてしまいますから。思考停止からの脊髄反射で謝っている、と言えませう。謝ればいい……だから謝っていますから。そういう国柄なので仕方ありません」
皮肉なことでした。
謝罪の国が、世界で一番、謝罪をしていなかったのです。
一番、謝罪の仕方を分かっていませんでした。
「……よおく、分かりましたわ……だから反省もしないのでしょうね」
「謝罪も反省も、したことがないですねえ……すみません、俺が悪いんですよね?」
「悪いかどうか分かっていなければ謝らなくていいです」
「怒っていますかね? ……申し訳ありません」
「謝らないでください。ただ謝っているだけの言葉の羅列なら意味がありませんから」
「すみません」
「その口、引っ張って千切って差し上げましょうか?」
謝罪の国の出身者と口論になった場合、後におおごとになるのです。
彼らはその場で謝り、後に口論になった相手先に謝罪文を送り、さらには公共の電波を使って謝罪会見をおこないます。
もしかしたら自分の行動で相手が不快になっていたかもしれない、という曖昧な懸念点ひとつをピックアップして、です。
小さなことを大きく見せることは天才的なのでしょう。
謝罪会見の予約待ちが発生していました。
そんなおかしな状況は、世界の笑い者です。それでも彼らは謝罪を辞めません。まるで、謝罪をしていなければ死んでしまうかのように……。
謝罪の国の人々は無意識に謝罪をしています。
謝罪に、憑りつかれたように。
何度も何度も言い過ぎて、謝罪の言葉にはもうなんの力も残っていません……
本当に、もう空っぽなのです。
いずれは謝罪のし過ぎで、謝罪をすることで丸く収まることもなくなっていくことでしょう。
つまり、謝罪以外を求められた時です。
――その時が、謝罪の国が、大きく変わる時でしょう。
…了
謝罪のお国 渡貫とゐち @josho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます