女から逃げろ
パンチ太郎
第1話
息が切れてきた。もう追ってこないだろうか.....にしても、和也のやつ、なんてことをしてくれたんだ..
「どこかの物陰に隠れてるはずだ!探せ!!」怒号が飛ぶ。今出たら危険だ。かといって、このままここにいてもいずれ見つかってしまう。どうにかしてここを離れないと。
そもそもなんで俺は逃げているのか。事の発端の和也に電話を掛けた。
「おい!和也。この間のこと本当の話だったのか!!先方には断れと言ったはずだぞ!!」声を潜めながら言った。
「え、兄貴、ホテルで女優とよろしくやってるんじゃねえのか?今どこにいるんだ?」
「言う訳ないだろ!!言ったらどうせ、監督にチクるんだろ。俺は取り敢えずどこかに身を隠す。先方にはお前から話を付けておけ!AVなんてモザイクがいくら濃くても絶対出ないからな。」
「いやいや兄貴、もうこっちは金貰ってんだぜ。ちょっと女とセックスするだけだし。そもそも、兄貴は女欲しがってたろ?」
「は?俺が一回でも女が欲しいなんて言ったことあったか?むしろ女何て顔も見合わせたくない。頼むから断ってくれ!!」
「法律でもう断れねえことになってんだよ。兄貴契約書持ってないだろ?全く関係ないものが、差し止めや、申告できないんだよ。弁護士つけるなら別だけどね。」と言って電話を切った。
全く冗談じゃない。説明しようにも、契約書あるよね?で突き返されしかも、内容が内容で逆ナンドッキリなので、俺はカメラを向けられたら、いきなり女にキスをされなければならない。そんなのはごめんだ。それに、実の弟とのもめ事をおおごとにしたくない。つまり、夜明けまで逃げ切れば、契約は無効となり、俺が勝つ。違約金は発生するだろうが、それは和也が払えばいい。まったく何回こんな目に逢わなきゃいけないんだか。
俺は小さいころから女性との性的接触がとことんいやだった。それを知ったきっかけは3歳のころ。俺と和也は、いつも一緒だった。ある時近所の女の子と俺と和也で遊んでいたら、突然おままごとの一環で女の子が
「だんなさんとおよめさんは毎日ちゅーするの!!」と言って和也とキスをしていた。俺は二人目の旦那と言うことで、和也がキスした後、俺にもキスをしてきたが、和也と全く反応が違うので
「チューをしてもらったら、ありがとうって言って、よろこぶんだよ!!」と言って泣き出した。和也はしばらく鼻の下を延ばしていたが、俺は足を延ばしそのまま家に帰った。それが最初の記憶である。それ以降、俺は和也と同じようにモテたが、俺は一方的に断っていき、和也は女と盛大に付き合い始めた。俺と和也は瓜二つで違いと言えば、女性に対する、接し方だけだった。和也は性交渉を奔放にしていき、俺も和也に促され何人かの女と付き合ったが、女がキスや愛撫、などを求めるたびに俺は別れを切り出した。
和也は俺のことを不思議がっているわけでもなくむしろ
「兄貴は俺がモテモテなのを疎ましく思ってるだけだろ?和也と一緒にされたくないって。悔しかったらキスの一つでもしてみるんだな。女の事嫌いじゃない男なんていないんだから」といって、何度説明しても理解を示さなかった。両親はと言うと
「そんな焦ってするもんじゃないわよ。和也が女の事いちゃつきすぎなのよ。そのうち、大人になっていくにつれて慣れていくわよ。」といってこちらもまともに取り合ってはくれないようだ。
だが、何年もたつと流石に家族に心配され、
「あんた、ゲイなんじゃないの?まあ、今は多様性の時代って言うし、否定はしないけども」
「いや、クィアっていうのもあるらしいぞ。兄貴はそれなんだよきっと。まあ金玉ついてる限り、女が嫌いな男なんていないけどな」とある程度カテゴライズが終わったら片づけられる。自分の意見はどこ吹く風である。
そして社会人になってから、和也が色々なコンパや合コンに俺を無理やり連れ込むようになった。和也の期待に応えられる結果になることは当然なく、ついに我慢の限界を迎えた和也は
「いい加減にしろよ兄貴!!俺が今まで何人の女用意したと思ってるんだ。女の子の金全部俺もちだぞ!?」
「そっちが勝手に連れてきたんじゃないか。大体女の子は何でお金払わないんだよ?」
「は?女の子にお金なんて払わせられるわけないだろ?俺たちのためにわざわざ時間かけてきてくれたんだぜ?」
「じゃあ、俺にも心づけを払えよ。俺だって暇じゃないんだ」議論はいつも平行線だった。そしてついに和也は暴挙に出るのであった。
「じゃあ、兄貴をAVに出してやるよ。俺が話しつけてやる。日時は内緒だから、準備して待ってろよ。」
「おい、いきなり何の話してんだ!!」そう言って出ていった。正直言って、和也はさすがにそこまでしないだろうと高をくくっていたが、日が進むにつれ、具体的な話を盛ってくる和也に辟易して、話半分に
「先方には断るよう伝えとけ。」
「またまたー。兄貴はホントは女ほしいんだろ。無理すんなって。男のことは男が一番わかるんだからさ」と言って勝手に話を切ってきた。正直いちいち相手にしてるほど俺も暇じゃない。次の日の用意をし、和也の話はおざなりにし、寝た。
何日過ぎ去ったか忘れたが、俺は連日のしつこい和也の話につかれていた。仕事も今日は早めに終わったし、家に帰るとするか。と思っていたところ、女がいきなり襲ってきた。そして、
「上原孝也さんですよね?」と小柄で長髪、目の大きい、人形のような女と、複数のカメラ、そして、指示役と思しき男が、いた。何が何だか、分からず、にいると
「そうですが」と言っててんぱった口調で返事をした。そして、女はいきなり首の後ろに手を回し、俺の顔に迫ってきた。俺は女から手をほどき、押し倒して、走って逃げた。男たちは
「え、え?何で逃げたの?と、とりあえず追わないと」と言って追いかけてきた。
俺は数日前からのうざい話をおぼろげながら覚えていた。そして、女が迫ってきてから、一瞬で理解することができた。和也は冗談で言っていたのではない。そして、今更ながら、なんでもっと話を付けなかったのだろうか後悔した。いや、話をしたところで徒労に終わることが目に見えていたので、やらなかったのか....そんなことを変わりゆく景色の中で考えながら走り続けた。外はもう暗かったので、物陰を見つけることは簡単だった。そして物陰を見付けた後、息を整え電話をした。そして、和也の言葉で状況は思ったより、深刻だったことを思い知らされたのだった。いつもの合コンやコンパなどとはわけが違う。なぜなら、あの女は和也だけでは絶対に呼べない人種の女だったからだ。AV女優だ。俺は、自分が接触するのは死んでもごめんだが、他人がしているのを見るのは好きだ。しかもよりによって、いつも見ている女優を用意してきやがったのだ。今頃、女のきょとんとした顔がフラッシュバックされた。あの時と同じだ。俺が小さいころにキスをされても喜ばなかった時と同じだ。
それを思い出すたびに、女の思い上がり具合にはほとほとあきれる。まるで呪いにでもかかっているかのように、自分のことは特別だと思っている節がある。自分は相手に求められる存在であって、拒否される存在ではないと、自分が断ることはあっても、断られることはないと。確かに俺はそんなにイケメンじゃないし、女が妥協で「彼氏持ち」と言うステータスのために利用されていることは分かっていたが、女がご褒美とでもいうかのようにせまってくるのは、俺にとっては×ゲームでしかないのだ。
和也は監督からの電話を受け、孝也の捜索を開始した。家を出て、電話の環境音から察するに、物陰に隠れていることは確かだった。会社の近くと言えば、アパート、コンビニ、町工場、
「くそっ。兄貴、どんだけ潔癖症なんだよ。ちょっとくらい汚くったっていいじゃねえか。俺らもそうやって生まれたんだ。人間の性には抗えないんだ」とぶつぶつ言いながら夜の街を歩いていた。
「おーい!兄貴。諦めて、元居たところに戻れー会社にはちゃんと許可撮ったし、そこでおっぱじめるわけじゃねえって散々説明しただろ!!」誰もいないと思っているのか大声で話しているが、実際には、多くのものは窓を開けっぱなしにしているので和也の独り言は閑静な住宅街に響き渡っていたのであった。そして、近くでうろうろするAVのロケハンもいた。
「全くこんなに多くの大人に迷惑かけるなんてどうかしてるぜ。」
「ん?お前は、上原孝也か?」
「い、いや、俺は和也っす。何か兄貴が逃げたみたいで大変すね。緊急連絡先に入ってた、俺にも連絡来たんすよ。へへ」そう言って和也はごまかした。
「監督ーそう帰ってっていいですかー」
「んー。夜明けまで待ってくれるかな?」
「えー。そんなに待てないよー。その人でもいいからセックスさせてよー」
「その人は弟さんで契約者本人じゃないからできないんだよ。ごめんね。」監督と女優はそう言って話し合っていた。その会話を聞いて和也はさらに焦った。
「ていうかー。逃げるってありえなくないですかー。女性不信かなんか知らないけど、分かってたんならなんでブッキングしたんですかー。ていうかー私から逃げるとかもありえないしー。そもそも、本人じゃなかったんじゃないですかー」と女優言った。監督は
「というと?」
「なりすまっしってことですよー。そこのお兄さんとさっきのお兄さんがあべこべだったんじゃないですかー」
「そんなことする理由は?」
「うーん。何だろね。兄弟愛とか?」
「ふん。まあなりすましだったら問題あるなー」と言ったとたん和也はびくっとした。それを女優は見逃さず。
「あれー図星かなー」と言って笑った。監督も相手にせず捜索を続けていた。
「そんなわけないっすよ。へへ」
「嘘はバレるからね?」
「はい。」こうして、和也たちと孝也の鬼ごっこはますます激化した。撮影は一応続けていた。そして女優はいきなり和也に
「暇だからここでチューしようよ」と言っていきなりキスを始めた。和也はそれに応じてキスをしてしまった。しまった。そして監督は
「君キス上手いねー。何人も遊んできたんだ?」
「ま、まあ」
「安心して。ここ使わないから。」と言った。
そのころ孝也は、物陰に隠れ、人がはけたのを確認し、また別の物陰に移りながら、家へと向かっていた。だが、家に待ち伏せされている可能性もあるので、そこの対策は考えなければならない。孝也は女優と和也がキスをしているところを目撃した。いつもなら何も思わないが、この時ばかりは吐き気を催した。自分もこんなことをやらされるのかと。そうなると絶対に捕まるわけにはいかなかった。向こうは孝也が契約していると信じて疑わない。今まで、逆ナン系のAVは見たことあったが、どうせやらせだろと思ってあまり、最後まで見たことはなかった。だが、これはやらせでも何でもなく、本来なら打ち合わせ通りのものが、上手くいかなくなっているのだ。女優側が逃げているのは聞いたことがあるが、男優が逃げているのは聞いたことがないだろう。
男は何があっても、逃げてはならないし、ましてや、女の子を傷つけるための逃げは、言語道断だと父親に言われたことがある。女を悲しませるな。自分を犠牲にしてでも守り切れ。女は体が弱い。だから率先して男が守れと。母親も母さんも女だけど、傷つかないわけじゃないのよ。疲れる時は疲れるし、仕事だって、男の用にはいかないけど、やりたい気持ちはあるのよ。でも、あなたは私たちなんかより元気だからしっかりしなさい。さあ、みあちゃんにごめんなさいするのよ。と
そのころは素直に謝ったが、今その時に戻ったら、そんなものは犬にでも食わせておけ!といいたい。何が傷つけちゃだめだ。勝手に傷ついてるのはそっちだろうが。しかも傷ついてるのはお前じゃなくて、俺だっつーんだよと孝也は怒りに燃えていた。これまで、弟に何を言われようと、女の子に何を言われようと決して何も怒らなかったが、今日と言う今日はガツンと言ってやる!!
そして、孝也は全速力で家まで走った。正直体力はもうない。家まで数キロも離れてないので、通勤も徒歩圏内で行ける距離なので、自分のアパートまでひた走った。入口は一つしかない。夜明けまで時間をつぶすこともできたが、それでは腹の虫は収まらない。逃げ切ることだけが俺にとっては最適解だった。幸い、家の前には誰も伏せてないようだった。
「やったあ。逃げ切った。」早速、和也に電話を掛けた。
「兄貴!!今どこ?え、家?ああよかった。じゃあそこで始めることができるね。」
「え?」
「だって、俺の言うこと聞いてくれたんだろ?会社の後、家でやってから、ホテルで1夜を明かすんだって。まあ何でいったん家にはいんのか分かんねえけど。そういうことだから。」
そう言って、鍵が開いた。家は完全に包囲されている。俺はカメラを向けられたまま、唇を奪われたのだった。
女から逃げろ パンチ太郎 @panchitaro
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