最終話 卒業祝い

突然、魔族の少年が血反吐を吐いた。死ぬの? いや、私が殺した? 


なんか嫌な感じがする。この魔族はお師匠様に両親を殺されたというし、育ての親も先生に封印されている。


こんな時、先生ならどうする。先生はエリケハーネンと名乗った魔族を殺しはしなかった。


戦争も終わったんだし、助けましょう。


確か、魔族に白魔法は毒だと聞いたわ。私の魔力を与えれば、もしや。


私は魔族の少年の額に手を当てた。そして、魔力を注ぎ込む。思った通り魔族の少年は見る間に血色を取り戻し、半身も、手も足も再生し出した。


さすがに助けるといってもあまり元気にしちゃ駄目ね。手足が復活したところで手を止めた。目覚める前に退散しましょう。私は飛んだ。上空で改めて自分が穿った穴を見る。まるで巨大な槍を刺したよう。


一年も魔法を使ってなかったのになんで?


理由を知りたい。先生に会わなければ。


高速で先生の元に向かった。





ナブピークに先生は居なかった。トレイルのルートに沿って飛ぶ。人影は見つけられなかった。新たに作ったコテージにも先生の姿はない。居るとしたら、もう私の寝起きしていたコテージしかない。


けど、そこにも先生の姿はなかった。ただ、テーブルに一つ、封筒があった。私はそれを手に取った。私の名前が書いてある。私宛だ。私は封を開け、中にあった折り畳まれた紙を広げる。





『クローディア・エッジワ―スへ


君がこの手紙を手に取っているってことは強くなっていることを自覚したのだろ。それで理由を知りにここに来た。


あるいは、もしかして、この手紙は誰かの手によって君にもたらされたのかもしれない。いずれにせよ、俺としては卒業祝いを兼ねて夕食でもして、君にここに記したことを直接伝えたかった。それだけは心残りだ。


さて、君が強くなったってことだな。それについては俺がどういう人間か話さなければなるまい。


俺は転生する時、神に会った。手違いで俺を殺してしまったんで、魔力を与えてくれるんだとよ。俺はマジかと思ったよ。良い方ではないぜ。悪い方にだ。


だって考えてもみろ。俺の世界では異世界は魔法が使えて当たり前ってことになっている。俺の知識ではこういう場合、人外か王子か賢者の孫とかに生まれ変わってくるはずなんだ。あるいは、誰も持っていない奇抜な力、スキルを与えられるとかな。


それがただ単に魔力ときた。生まれて来た時は残念だったが、成長するにつれ色々と気付かされることがあった。一つはこの世界では男は魔力を使えない。使えるのは闘気のみでそれも後天性。強くなるには努力と経験値、とりわけ人間力が必要となる。まさしく、人のみが獲得できる力だ。


対して魔力は女性のみ。それも特定の血筋に限られる。だが、見ての通り俺は男。それだけでない。俺のファイヤーボールはもっと上の、“火彗星”ほどの威力があった。


それはなぜかと考えた。俺が元居た世界とこの世界の違い。この世界の人間は、女性と血筋に限られるが、気軽に精霊と交信し、簡単に魔法を使う。前世では魔法なんてなかった。俺たちがこの一年間やって来たことだ。前世では皆、それを普通にやっている。


自然を肌で感じ、眼で見て、匂いを嗅ぎ、自然の恵みを味わう。


君たちはそれを全く感じていない。精霊と気軽に交信出来るばかりに、地に足を付けていない。自然そのものが魔法なんだ。魔法を強くするためには、その自然と一体にならなければならない。


魚を釣れれば帰ってもいいと俺は言っただろ。魚を釣ろうとすれば自然に溶け込まなければならない。魔法を使っているうちは、魚は怖がって寄り付きもしない。


君らは魔法を気軽に使うことで自然の力を得たと過信し、無意識に自然の摂理から自らを隔絶させている。それを俺が解消させた。簡単なことだ。魔法を使わなければいい。


自然の恵みを味わう。風を肌に感じる。若葉の香りを嗅ぐ。自然の風景に心揺さぶられる。これが君の強くなった理由だ。上っ面だけだった魔法に中身が加わったということ。もう僕に教えることは何もない。


この一年、本当に楽しかったよ。感謝をする。これは嘘いつわりのない本当の、俺の気持ちだ。君が生徒で俺は本当に良かった。俺はこれから旅に出る。せっかくこの世界に転生して来たんだ。この世界を出来る限り目に焼き付けようと思う。だから、もう俺はここへは戻らない。


これは決めていたことだ。君の親父さんには何から何まで世話になった。俺を死んだことにしてくれたり、この場所を提供してくれたり、旅のための大金まで用意してくれた。まぁ、条件付きだったがなぁ。おかげでいい思い出も出来た。


魔法は魔族やモンスターたちにも扱える。この世界の生命の発生に起因していると俺は考えている。おそらく全ての種族は一つの生命から枝分かれしたのであろう。


人間で、男なのに魔力を持つ俺はこの世界では異物に他ならない。神の目的が遂行された今となっては、いてはならない存在なんだ。


俺が去り、もし、君が悲しんでくれているとしたら、すまない。俺は旅の空から、ずっと君の幸運を祈っている。


P.S. 卒業祝いと言っちゃぁなんだが、“組紐”という物を同封しておく。前世では簡単に手に入れられる代物で珍しくも何ともない。ただの刺繍糸を編んだものだ。魔力も込められちゃぁいないが、一組一組大切に、君を思って編んだ。


ダニー・ケージこと、谷 慶治』





封筒の中に“組紐”があった。それは赤や青や緑の糸が複雑に編み込まれた紐で、手のひらほどの長さだった。


先生………。


ポタリと一滴ひとしずく、それが“組紐”を持つ手を打った。するとせきを切ったように涙があふれ出す。 “組紐”を握りしめると外に飛び出した。青い空とバックランド山脈の山々が涙で滲んで霞んでいる。


「せんせぇー」


ありがとうございました。私は先生と共に過ごした時間を忘れません。そして、この想いをずっと忘れない。





《 了 》


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さようなら、勇者先生 【全10話】 悟房 勢 @so6itscd

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