通勤者

ネプ ヒステリカ

通勤者

 夕方のラッシュは、朝に比べたたら少しましだが、それで、も混雑していた。

 ホームを少し先に行くためにも、いっぱいの人のあいだをすり抜けていかなくてはならなかった。

 馴れることのできない、日々の営みは他にある。

 馴れることの出来ないことは……。

 考えていたら、電車が入ってきた。

 列車と、ホームの隙間から、ムッとする熱気が立ち上り、鉄の焼ける匂いがした。

 汗が出る。

 真夏に背広は苦行だ。

 ドアから押し出されてくる人の隙間をねらって乗り込む。

 満員電車は、冷房が効いているから、首から上は少し涼しい。下は、触れているまわりの体温が熱い。

 つり革を持って、人と少しでも隙間を作ろうと、身体をひねったが、よけい密着した。

 近くの女性に痴漢と間違われないようにと、つり革を持っていない方の手を不自然なほど上げた。

 次の駅で前に座っていた人が立った。

 後ろから、そこに押されたようにして座った。

 他人との密着から解放されて少しホッとした。

 ドアが閉まり、電車が走り出した。

 揺れが、心地よかった。

 ふと。

 外が暗くなっていた。

 居眠りをしたのか。

 眠った感覚は、ないのに……。

 ここは……。

 車内を見回したら誰も居なくなっていた。

 しまった。乗り過ごした。

 慌てて立ち上がって窓の外を見た。

 真っ暗で、家らしきものもは、なにも見えない。

 真っ暗な中を電車は走っていた。

 車窓からなにも見えない。

 焦ってイライラした。

 どのくらい走ったのだろう。

 車内アナウンスのないまま、列車は静かに止まった。

 都会の近くにあるとは思えない、古ぼけた田舎の駅だった。

 ドアが開き、ホームに出ても、ここがどこなのか、わからなかった。

 だれも電車から降りてこない。

 見回しても、駅名の表示が、どこにもなかった。

 木造の、古ぼけたホームに灯っている、明日にでも切れそうな、蛍光灯の光だけで、シンとしていた。

 駅舎の方に歩いていると、乗ってきた電車が、反対方向に折り返していった。

 ホームの先で、線路が切れているから、終着駅であることは間違いない。 

 駅舎に向かった。

 どこも古く、さびれていた。

 無人駅で自動改札はなかった。

 いまどき、こんなところがあるのか……。

 帰りの改札でエラーが出るかも知れないと、思った。

 そのまま、改札を出て、駅舎に入った。

 殺風景だ。

 自動改札もない駅だから券売機もなかった。

 駅員の姿も見えない。

 駅に良くある柱の丸い時計は、止まっていた。

 壁に一枚のポスターも貼っていない。

 切符を買う窓口は、閉じられていた。

 ここはどこだろうと、思いながら駅舎を出た。

 外は、真っ暗で、駅前のわずかな広場だけ、弱い灯りで照らされていた。

 広場の横に駅と繋がっている建物があった。

 駅の事務所だろうか。

 窓に灯りが灯っていたので、近づいたら人の話し声が聞こえた。

 駅構内からしか入れないのかもしれない。

 声をかけたが、にぎやかに話していて気が付かないのか、反応がなかった。

 一回りしても、窓らしきものはあっても、入り口は、なかった。

 中の人たちは、どこから入ったのだろう。

 広場から先真っ暗で、闇の先の道路は、どこにも明かりは無く、不気味で先に行く気がしなかった。

 ここは、どこだ。

 駅舎に戻って木のベンチに腰掛けた。

 携帯電話を取り出して、位置情報を確かめようとした。

 嫌な予感のとおり、充電が切れたように画面は真っ暗だった。

 腕時計も止まっていた。

 まんじりともせず、駅のベンチに座っていた。

 萩原朔太郎の猫町という短編小説を思い出した。あんな感じで、異世界に迷い込んだのだろうか。

 水木しげるさんの作品、幽霊電車、たぶん知っている人はいないだろう、池上遼一さんの白い液体とか……。

 どれも、内容は、よく憶えていないが、異世界に迷い込む不気味な作品だ。

 異世界に迷い込んだのか……。いや、迷い込んでしまったのか。

 どうしたら元の世界に戻れるのだろう。

 朝まで、朝まで待とう。

 灯りの灯っていた横の建物から、ドッと笑う声が聞こえた。

 アレは、人の声ではない。

 人でないものどもが、笑っている。

 なにを話し、なにを笑っているのか。

 逃げたいと思っても、暗闇に駆け出す勇気はない。

 どうすれば良いのか、いろいろな想念が頭を駆け回った。

 混乱した頭がしびれたように眠い。

 木のベンチは、硬くて痛い。

 眠れるはずがない。

 こんなところで眠ったら、たいへんだ。

 怖い。

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通勤者 ネプ ヒステリカ @hysterica

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